第11話
わたしたちは、空を旅していた。
前の日からね、嵐が来ていて、だいぶ荒れた天気だった。飛行機は欠航になったり遅延したり。空港は大混雑で、あちらこちらから文句を言う声や、ため息が聞こえた。
国際線だと、さまざまな言語が飛び交うのだろうから、そこまで気にならないのかなぁ。いや、語気というものがあるからね、変わらないのかもしれないね。
マイナスの声で満ちたロビーというものは、そこにいる人を疲れされる。居るだけで滅入るよ。それで、早く乗せてくれよと思って、いっそうにイライラが募ってしまう。
わたしたちが乗った飛行機も、だいぶ遅延していてね。ようやく乗れる、となった時には、そこかしこで小さな拍手が鳴ったくらいだよ。ほら、大っぴらに喜ぶとさ、飛べない人に申し訳ないからって、小さな。
わたしたちは、安堵の吐息を空港に残し、飛び立った。
飛行機ってさ、雲の上を飛ぶでしょう?
だから、飛び立ったわたしたちは、空から嵐を見た。まぁ、雨がザーザー降っているとかさ、風がビュービュー吹いているところが見えるわけではないよ? あくまで、嵐雲を見た、という話。嵐の近くにいるとなると、多少なりとも影響があるのやら、ガタンと揺れたり、ふわりとしたり。それはそれはスリリングなフライトだった。
しばらくすると、突然、一瞬、変な感じになったんだ。これは、ユズならわかってくれると思うけれど、時が止まったみたいな感じ。みんな、自分だけが感じたのだと思った。「変な感じがしたんだけど」って、そこかしこで話し出した。いくらうるさい機内でも、近くにいる人の会話が全く聞こえないわけじゃないでしょう? 自分だけじゃない。あっちの人も、こっちの人も……。そして飛行機全体で謎を共有していると気づき、緊張が走った。
飛行機は、目的地に着いた。不思議な現象が起こった機材だ。皆は早く降りたいと思っていた。逃げ出したかったんだ。その金属の箱から。
けれど、なかなか降りられなかった。
その理由は、降りた空港が目的地であり、目的地ではなかったからだ。
キャビンアテンダントはプロだった。異変があれど、自分たちの声音で客が不安になることがないようにだろう、不自然な揺らぎのない声で、〝確実に前から順に降りる〟よう指示した。
飛行機に限らないけれど、移動手段となるものってさ、なんとなく前から順って感じではあるけど、たいてい急いでいる人から降りて、ゆっくり降りたい人は後からって感じでしょう? でも、この時は、それは許されなかった。確実に順序よく降りることを要求された。それでも、多少の前後はあったのだろうけどね。まるで修学旅行生みたいに、ずらずらと降りることになったんだ。
不満を持ってる人はいたよ? いたけど、「ご協力を」って声音はそのまま強い眼差しで言われたら、空気が抜けた風船みたいになった。何か起きてるって、察したんだろうね。
降りて、空港に入った。
そこは、どこか違和感がある場所だった。来たことが、見たことがある空港内であることは間違いない。けれど、あちこちに掲示されている文字は、どれも読めなかった。
やっぱり、例えるなら修学旅行かな。集合場所で点呼をとる時みたいにさ、ズラーって並ばされた。流石にさ、訳がわからなさすぎてイライラしてくるんだよね。どんなドッキリだよ。もうドキッとしたから、おしまいでいいんですけど? ってなる。
「いい加減にしてくれないか」と叫んだ男がいた。と、無数の足音が響いた。
重たい足音だ。ブーツの音。
平和な国で暮らしていたら、普段聞くことがない音がした。カチャって音。映画やドラマでなら聞いたことがある音。
男は「ソーリー、ソーリー」と言いながら両手を上げた。
相手に言葉が伝わったかどうかはわからない。けれど、発砲されなかったのだから、意思は通じたのだと思う。
わたしたちが、すぐさま害をなすものではないと判断されたのやら、銃を持ったものたちが一歩下がった。空いたスペースには、大小さまざまなカメラを持った人がやってきて、こちらの意思などおかまいなしに、カシャカシャと写真を取り出した。フラッシュが光る。あの、空での一瞬を思い出すような、歪んだ時が流れていた。わたしたちは、嵐に飲まれたようだった。
カメラが居なくなると、視界にはまた銃。緊張の糸がずっと張ったままで、それがぷつんと切れるということはつまり、意識を手放すことと同義といっても過言ではない状況だった。
わたしたちは、海外映画で観るような、乗り慣れないバスに押し込められた。座席は倒れた人優先だった。
辿り着いたのは廃ホテルで、その周りを銃が取り囲んでいた。
しばらくそこで待機していると、親近感を覚える容姿の女がひとり、やってきた。その人は、そこで暮らしているが、生まれはわたしたちと同じ国らしく、わたしたちの言葉がわかると言うんだ。つまり、通訳としてホテルに来た、という訳だね。
その女は、マリーと名乗った。
彼女が言うには、わたしたちは地球外生命体か何かではないかと疑われていたということだった。
なぜそんなことになったかといえば、わたしたちが乗ってきた飛行機は、別の機体に寄生していて、着陸するなり分離したように見えたから。そして、こちらは異国の言葉を話すから。
「上陸できたことを幸せに思うことね。飛行機ごと丸焼きにされる可能性だってあったんだから」
マリーの言葉を聞くなり、そこかしこから嗚咽が聞こえた。
わたしたちはそのホテルで数日過ごした。外出は固く禁じられていた。銃口がわたしたちを見ている。強引に外へ出て殺されようとする人はいなかった。
ある日、「飛行機の準備ができたから荷物をまとめるように」とマリーに言われた。わたしたちは言われた通りにした。わたしのカバンの中にはメモ帳があった。ペンもあった。それを使って、「おせわになりました」と書いておいてきた。マリーにしか通じないだろうが、それでも。
地球外生命体かもしれない、得体の知れない生き物たちに、食べ物と過ごす場所をくれた人々に、感謝の気持ちを伝えずに去りたくないという、わたしのエゴだ。
わたしたちは飛行機に乗り込んで、飛び立った。今度こそ、目的地に降りた。
しかし、そこでもわたしたちは、異生物だった。
到着するなり、だだっ広い部屋に入れられた。そこには先客がいた。わたしたちと瓜二つの人々だ。
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