第6話『残虐兵器撲滅少女ティアドロップ⑥』

目を覚ました時、俺たちはまだ牢獄の中にいた。隣でリリアも目を擦りながら起き上がる。そこに、ソフィアが2人分の食料を持ってきてくれた。彼女の顔を見るのは、先ほどの騒動以来だ。


「お二人とも、お腹は空いていますか?」


 名をソフィアと呼ばれていた彼女は穏やかに微笑みながら、食料を差し出してくれた。


「うわぁー! ありがとう!」


 リリアが礼儀正しくお礼を言うと、俺も「ありがとう」と声をかけた。


 食料を受け取り、俺たちは腰を落ち着けて食べ始める。ソフィアは少し遠慮がちに、でもどこか嬉しそうに見えた。


「先ほどはすいませんでした。私、あの後で色々と考えたんです。」


 ソフィアは話し始めた。


「この町では、私だけがかくまっていただく形で皆さんと一緒に暮らしています。私の両親も、そんな共存を願っていました。でも、外の世界はまだまだ複雑なようで…」


 ソフィアは少し悲しげに言葉を継いだ。


「私の両親は、魔族であることを隠して人々を助けてきました。だけど、本当に大切なのは、何者であるかではなく、どう生きるかだと教えてくれました。」


 リリアが優しく言葉を挟む。


「ソフィアさん、あなたの両親は素晴らしい方たちだったんですね。」


「はい、ありがとうございます。」


 ソフィアは微笑んだ。


「だから、私もこの町で、皆が安心して暮らせるように、微力ながら努力していきたいんです。」


「ねえ、シャル。私たちの旅の目的、今ソフィアさんに少し話してみない?」


 リリアの提案に俺は頷いた。ソフィアがこんなにも温かく迎えてくれたのだから、俺たちのしていることを彼女にも知ってもらうべきだった。


「ソフィア、実は俺たちは『楽園』という組織の一員なんだ。」


 俺はそう切り出した。


「この国中で、魔族が人間によって迫害され、奴隷として売買されている現状を変えたい。だから、俺たちは旅をして、魔族を保護し、奴隷商会を潰そうとしているんだ。」


 ソフィアは驚いた表情を浮かべながらも、俺たちの話にじっと耳を傾けた。


「私たちがこの道を選んだのは、ただ単に魔族を助けたいからじゃない。」


 リリアが続ける。


「数百年前、人間と魔族は戦争をしていた。その時代、人間は残虐兵器を作り出した。それらは魔族を徹底的に攻撃するようプログラムされていたんだけど、やがて暴走してしまい、人間も魔族も巻き込む大災害になった。」


「だが、その危機が人間と魔族の間に協力のきっかけを作った。」


俺が言葉を拾う。


「その時、初めて人間と魔族が互いに手を取り合ったんだ。だから俺たちは、その精神を忘れずに、もう一度人間と魔族が共存できる世界を作りたいと思っているんだ。」


 食べ終わる頃、ソフィアはふと俺たちを見て言った。


「私、お二人が魔族と人間の関係を良くしようとしていること。そんな大切なことをしている人たちを、私も何かの形で支えたいと思っています。」


 リリアと俺は、ソフィアの言葉に心から感謝した。


 こうして、予期せぬ場所で新たな友情が芽生えていくのを感じながら、俺たちはまた、これからの旅に思いを馳せた。


「ソフィア、ありがとう。君の言葉、忘れないよ。」


 俺が言うと、リリアも頷き、


「私たちも、この町がもっと素敵な場所になるように、少しでも貢献できたらいいね」


 と微笑んだ。


「とりあえずは街の人たちの誤解を解きましょう! 女将さんに言えば、明日の朝食はきっとグレードアップしたモノが食べられますよ!」


「ああ、まずは、そこからだな。」


「じゃあ、今開けますね」


「鍵を持っているのか?」


「いいえ、力ずくで!」


 グニャ


 ソフィアの力強い一言に続き、彼女の手が鉄の檻に触れた瞬間、空気が張り詰めた。俺は思わず息を呑んだ。


 通常、鍵がなければ開けられないはずの檻が、まるで粘土のよう折り曲げられた。


 彼女の手によって歪められていく。その光景は、まさに現実離れしていた。リリアの驚嘆の声が、その非日常感をより一層強調した。


「すごーい!」


「さあ、街へ戻りましょう」


 この町、いやこの世界が、もっと理解と共感に満ちた場所になるように、俺たちにできることをしていきたい。


 だが……


 外に出た瞬間、目の前の光景に俺たちの足が凍りついた。遠く街から上がる黒い煙。それは、まるで俺の過去の悪夢が現実になったかのようだった。


 昔、俺の故郷も似たような光景で滅ぼされた。残虐兵器によって。その時の無力感と、逃げ遅れた人々への後悔が、心の奥底から湧き上がってきた。


「俺が…もし街にいたら…もっと何かできたかもしれない。こんなことには…」


 俺の声は、自分でも認めがたいほどに震え、ボソボソとしか出なかった。


 それは、自分自身への懺悔だった。無力だった自分、そして過去を変えられなかった自分への。


 そんな時、リリアがそっと俺の肩に手を置いた。その手は小さくても、その温もりは確かで、力強かった。


「シャル、一人じゃないよ。私たちがいる。今は前を向いて、できることをしよう、一緒に。」


 リリアの言葉は、俺の心に灯をともした。


 彼女の言葉はいつも、俺を正気に戻してくれる。そしてソフィアも、決意を新たにした俺たちを見て、力強くうなずいた。


 彼女の目には、俺たちと共に立ち向かう覚悟があった。


 俺たちは急いで煙に覆われた街へと戻ることにした。


 何が起きているのかはまだわからない。


 しかし、俺たちができる限りのことをするために、今は急ぐしかなかった。


 俺たちの足取りは速く、しかし重かった。それでも、リリアの存在が、俺に勇気を与えてくれた。

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