海賊
「――火事っ!、貨物船で火事だぁぁぁぁぁっ!!!!
「消せぇっ!、早く消せぇぇぇっ!!!、荷に燃え移っちまうっ!!!!」
「かっ……海賊からの火矢だっ!、甲板に火が点いたぞぉ~~っ!!!」
――と、コチラはそんな怒号が船団の最中に飛び交う、百名に近い乗客を抱えた、客船の甲板上である。
火の手が上がった理由は、怒号の中にも混じっているとおりに海賊の襲撃――どうやら、火矢を射掛けて火災を発生させられたらしい。
「乗客の皆様っ!、落ち着いて船底への避難をっ!!!、火が点いた貨物船を放棄してやり過ごしますので、ご心配なさらずにっ!」
クートフィリアの洋上において、海賊の襲撃は日常茶飯事――船団を形成する場合、囮として一隻分、荷の一部を差し出したり、今回の様に放棄する事も想定した、やり過ごし用の貨物船を用意しておく必要がある程だ。
「うふふ♪、まさか珍しく襲われずに着いちゃうかもと思ってたら、やっぱりだったね♪」
「くそぉ~……魔神様の蹂躙で、海賊連中もしばらく大人しくしてなきゃならねぇはずだろうと思ってたのによぉ」
――などと、避難した船底で顔を寄せ合い、悲喜こもごもな雰囲気で会話をしているのは……なんと、ヤネスとニーナの二人。
そう、二人はこの客船に乗船していた。
この二人に限らず、この客船はコータの下へと派遣されるホビル族、ドワネ族の皆が全員乗船している、両種族が合同でチャーターした恰好の客船なのだ。
そんな二人が、こんな非常時と言える状況で、そんな緊張感に欠けた会話をしている姿が、如何に海賊の襲撃がこの世界では当たり前である事は、解かって頂けたと思う。
ちなみに二人は……
『ランジュルデ島に着くまでに、果たして海賊の襲撃は何度あるか?』
――という、船会社主催の賭け遊びに参加していて、ヤネスは
「ヤネスよぉ……おめぇ、これからコータ様の臣下として働こうっていうアタシたちは、その御威光を信じて『襲撃無し』に賭けるのが道理だと思わねぇのかぁ?」
――と、ニーナは悔しそうにそんな負け惜しみを吐露する。
「ふふんっ!、単に6倍っていう高い倍率に目が眩んだだけな事、知ってるんだからね?」
「ぐぬぬぬ……」
合流した矢先から、妙に意気投合した二人は、これから同じ者の下で働いて行く上で、互いに良い友人を得る事が出来そうだと感じていた。
「チュっ、チュンファたん……海賊の襲撃って、ホントに大丈夫なのかい?」
「大丈夫だって言ってるでしょ?、荷を差し出して済ませるモンだって、説明してあげたのに、しつこいなぁ」
――と、偶然にもというか、何かの宿命なのか、この客船にはチュンファと、シンジたち現世人たちの一行も乗り込んでいた。
チュンファが、早々にワールアークから発った理由――『急ぎの護衛案件』とは、ランジュルデ島に移住する事を決めた、シンジたち現世人の護衛だった。
移住希望の現世人たちは、島の対岸にある港町――ヤッセルへと集まる形を取り、チュンファが護衛を請け負ったのは、シンジたち転移現場組を中心とした、ドワネの国から発つ一隊で、彼らはガルハルトの計らいで、ドワネ族の一員として乗船していたのである。
「いざとなったら、アタシみたいに護衛として雇われてる人たち、戦える人たちも揃えてるんだから、心配は要らないよ。
別に海賊だからって、手足が伸びるゴム船長とかが居るワケじゃないんだろうから、アタシがちゃんと守ってあげるよ」
――と、チュンファはそんな戯れ言も交えて、シンジの不安を払おうとする。
「チュンファたん……浅いオタ発言は怪我の元だよ?、ネタがメジャー過ぎるし、それだったら逆に、そのゴム船長が居た方が良くね?、客船襲撃なんてしないだろうしさぁ?」
「うっ……わかったわよぉ~!、そんなに心配なら、ちょっと甲板の上を見て来てあげるから」
シンジの如何にもなツッコミに、ボキャブラリーの無さを突かれたチュンファは、観念して甲板への階段を上がった。
ガタッと甲板と船底を隔てている木製の蓋を押し開け、チュンファが頭頂部を外へと覗かせた――その時!
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!」
――と、斬撃が空を切る音の末に、何者かの悲鳴が潮風の中を奔った!
「――っ⁉」
その一連の音の意味を悟ったチュンファは、表情を強張らせて振り向き……
「
――つんざくような声で船底中に非常事態を告げ、彼女は蓋を蹴り破って甲板へと飛び出すっ!
「――おっ?、何か出て来たねぇ♪」
その斬撃の張本人――長剣の平を肩に担いだ、例の女船長……いや、女海賊は飛び出したチュンファの自由落下の様を見やり、ふてぶてしくほくそ笑んだ。
「アンタたちっ!、船員さんを斬りつけるってどーいう了見よぉ⁉、
荷は獲っても、人の命は獲らないのが、この世界の海賊の流儀でしょうがぁっ⁉」
チュンファは、自由落下の間に手甲を装着して、身構える体で女海賊以下、甲板の上に乱入して来たらしい連中へ向けて凄む。
「はっ!、何だい何だい、勇んで出て来たのは、可愛らしいお嬢ちゃんじゃないかい。
まっ、それがアタシら獲物だから喜ばしいけどさ♪」
女海賊は、したり顔でまたほくそ笑む。
「お嬢ちゃんっ!、無事かぁっ⁉」
そこに、チュンファの呼びかけに呼応した護衛勢が、船底から駆け上がって来た。
数で言えば10名ほどではあるが、屈強な体つきをしたドワネ族の兵士を中心に、彼らはチュンファを先頭に陣形を形成しだす。
「おやまぁ、お嬢ちゃんみたいなのを先頭にして、大の男が……って、手甲はめた黒髪のお嬢ちゃん……はっ⁉、まさか!」
ドワネ兵たちの不自然に見える動きを見て、女海賊はチュンファを見る瞳を見張った。
「そうだぁっ!、魔神封じに同行された異界人――チュンファ嬢とは、まさにこの娘の事だぁっ!!!
魔神様と渡り合ったその徒手空拳の冴え!、その身で味わいたくなければ、ただちにこの船から立ち去れぃっ!、海賊の仁義を忘れた蛮賊どもよっ!!」
ドワネ兵の一人が一歩前に出て、見栄でも切る体でそう叫ぶと、海賊の一部は少したじろぎ、チュンファは少し恥ずかしそうに表情を歪めた。
「……ふんっ」
――ユラァ、ビュンッ!!
「⁉」
――ガキンッ!
――今の間の光景は、正に刹那であった。
女海賊が捨て台詞の様に鼻を鳴らした瞬間――彼女が手にしている長剣の刃が揺らぎ、次の瞬間にその刃は、叫んだドワネ兵の首筋へと、閃光の如く奔っていたっ!
それを察したチュンファは、ドワネ兵の身を弾く様にその場へ割って入り、その斬撃を手甲で防いだのだった!
「――速っ⁈」
「へぇ……魔神封じの英雄ってのも、別に眉唾じゃあなさそうだねぇ♪」
チュンファは、女海賊の鋭い一撃に息を呑んで言葉に詰まり、女海賊も評判に違わないチュンファの実力を嬉しそうにそう評した。
「さあ、魔神封じの英雄様はアタシが抑えておいてやる!、アンタらはさっさと護衛の連中を黙らせて、獲物どもをかっさらって来なっ!」
女海賊はそう吐き捨てる様に言うと、チュンファの手甲との競り合いから離れ、舌なめずりを見せながら長剣を構え直す。
「了解だぁっ!、お頭!」
「みんな~っ!、来るよ!」
女海賊の言葉に呼応し、他の海賊連中がジリジリと距離を詰めると、チュンファは低く臨戦体勢を取り、周りの護衛衆を鼓舞する。
両勢はついに戦闘を開始!、一進一退、乱戦の模様となり、チュンファは女海賊の鋭い斬撃に、防戦を余儀なくされていく。
「――どーして、海賊が客船を狙うのよ?、コッチには金目のモノなんて、ほとんど積んでいないはずでしょ?」
更なる競り合いとなったトコロで、チュンファは女海賊の腹の中を探る言葉を放つ。
「はっ!、たんまりと乗ってるじゃないかい……アデナ・サラギナーニアに奉げられた”生贄”ってのがさぁ」
「……えっ?」
チュンファは女海賊の言わんとする事がイマイチ理解出来ず、訊き返す体で呆けた返事をする。
「――魔神の蹂躙で、多くの人口を失う結果となった今の
ましてや、サラギナーニアに送られるのは、各国の選りすぐりの人材だってんだ、相場の倍掛けの額で売れると踏んだのよ」
女海賊は得意気に、襲撃の動機を言い捨てる体で吐露し……
「――おまけに、好色揃いってハナシの異界人だから、色奴隷の類もごっそり乗ってんだろぉ~?、コッチも選りすぐりの上玉揃いだろうから、ソッチは3倍掛けでもイケそうだねぇ♪」
――と、下卑た笑顔で、中傷する様な目つきをチュンファに向けた。
「――ぐわぁ!」
その時――護衛勢の一人が負傷し、突破される体で陣形が乱れたっ!
「しまっ……!」
「へへ……お嬢ちゃんっ!、余所見する余裕あんのかいっ⁉」
チュンファはそのフォローに気が向くが、女海賊は鋭い攻め手でそれを許さないっ!
またもその時――唸りを上げる様な轟音と共に、ブワッと一陣の突風が甲板上を奔ったっ!
「くっ……!、うわぁっ!」
突破を謀った海賊の一人は、その突風に押し返される形で転倒する。
「なっ、ナニ、これぇっ⁉、誰かの魔法っ?!」
「何だいっ⁈、こりゃあっ!、そんな雲行きじゃあなかったし、何より、さっきまでは快晴……⁉」
戦っている二人の女も、この突風には驚いて休戦の恰好となって、一旦互いに距離を取る。
『――グワワァァァァァッッ!!!!!』
その瞬間、獣の唸り声の様なけたたましい音が空から響き、二人が何事かと上空を見上げると……
「――っ⁈、りゅっ、竜~っ⁉」
――急降下して来る、巨大なデュルゴの姿が迫って来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます