寄り道
――その後、一行を歓待する宴が催され、クレルム村には2日間ほど滞在し……
「――では、
領主と成られる、新たなサラギナーニア様を、万端にお迎えする準備はお任せくださいっ!」
――と、この滞在期間でどうにか打ち解け、緊張も和らいだヤネスが見送る中、次の巡行先である、"ドワネの国"へと歩を向けた。
旅程は順調に進み、5日程を要してホビルの里とドワネの国の国境を越えた日の夜、チュンファが……
「――ねぇ、明日からしばらく、アタシとコータさんは別行動させて欲しいんだけど……」
――と、夕食の最中に突然、皆の前で何気なくそう告げた。
「――ゴホッ⁉、チュッ!、チュンファ⁈、一体どういう……」
チュンファの申し出に、ミレーヌは何事かを察して驚き、夕食のスープに咽ながら問い返す。
「ミレーヌちゃん……何か早合点してねぇか?
俺がチュンファと、どっかにシケ込む気だとかを想像してたら、それは流石に無い―――何せ、現世だったら犯罪だぜ?、チュンファはまだ17なんだし」
「そうそう、"貴女とアルムじゃあるまいし"、みんなに隠れてイチャイチャするなんて話じゃあないよ」
コータとチュンファは冷めた表情で、何やら赤面気味のミレーヌに向けてそう言う。
「―――ゴホッ!?、ゴホォッ!!」
その時、アルムも飲み込んだスープに咽ていた事には、あえては触れずにおく。
「……っ!、そっ、それでは何ゆえ別行動を?
ドワネの皆さんは、我らと新たなサラギナーニアの来訪を心待ちに……」
ミレーヌは怪訝とした表情で、口の周りを拭いながらチュンファに意図を問うた。
「ほら、コータさんに、他の転移者と会わせるって言ったでしょ?
だけど、アタシたちが乗って来た旅客機が不時着したトコって、山の中腹だから……」
「―――確かに、皆でこの馬車に乗って―――というのは、ちと難しいですな」
チュンファが事情を並べて語り始めると、ランデルが食後のデザートとして用意した、ホビルの里特産だという果物を配膳しながら、そう言って話の腰を折った。
「なるほど……だから、二人だけで向かうから、別行動を申し出たというワケか」
アルムは果物の皮を剥き、それを頬張りながら納得気にそう応じた。
「まあ、魔力を介して半身を操るのにもだいぶ慣れてきたしね。
一丁、異世界での登山と洒落込むのも悪くはねぇかと……」
コータは右半身を撫でながら、ミレーヌの顔色を伺う体でそう言う。
「―――でしたら、私も行きます。
ドワネの皆さんを待たせるのは心苦しいですから、私の飛行魔法を用いてちゃっちゃと向かいましょう」
ミレーヌは小さく頷き、納得した様子でそう二人に告げた。
「えっ……?、でも、飛行魔法で誰かや何かを連れ立って飛べる質量は、ミレーヌぐらいの魔力の持ち主でも、自分と人一人ぐらいが限界って……だから、馬車を引いての長旅を選んでるワケだしさ」
「あら?、私が連れて飛ぶのは、チュンファだけで良いはずでしょ?」
―――と、チュンファの懸念にミレーヌは、含み笑いをコータに向けるという、意味深な態度を示した。
「―――そうです、そうです、とっても上手ですよ♪」
翌朝―――ココは、今日の出発の準備が進む、一行の野営地上空である。
その明け方の空の上で、楽しそうに微笑んでいるのは、魔力の波動で身体中を包み、飛行魔法を使っているミレーヌと―――同様に、波動で身体を覆い、ぎこちない様子で上空を旋回している、コータの姿であった。
「……考えたモノだね。
確かに、今のコータ殿なら、飛行魔法を操るなど造作も無いほどの魔力を身に抱えているモノな」
アルムは、その飛行魔法の練習模様を、少し曇った表情を浮かべながら、ミレーヌの描いた発想に同意を示す。
「何だか、歩き始めた赤ん坊みてぇで、ちょっと恥ずかしいが……」
右半身に、魔神の文様を浮かび上がらせた状態のコータが、そう愚痴を溢すと、ミレーヌは更に楽し気にニヤッと笑い……
「ふふ♪、魔法の扱いに関しては、コータさんはまだまだ赤ん坊そのものですよ♪」
―――と、言葉どおりに赤子を愛でる様な眼差しを彼に向けた。
「さて、それだけ飛べるなら、もう充分でしょう。
後は、チュンファを連れた私を追って飛んでくれれば」
ミレーヌはコータにそう告げ、スゥっと急降下を見せて、アルムと同様に練習模様を眺めていたチュンファの肩に手を置く。
「――ではアルム様、行って参ります」
ミレーヌは上品に写る貴族的な作法を交え、アルムに出立の意思を示した。
「ああ、よしなに頼むよ。
チュンファもコータ殿も、郷里を同じくする者となら積もる話があるだろうから、急かさなくて構わない――ドワネの都、グーデルバインに着くには、あと三日ほどかかる旅程だから、それまでに合流してくれれば充分だよ」
「はい、心得ています……ではコータさん、チュンファ、飛びますよっ!」
――ビュゥゥゥゥッ!
ミレーヌとコータは、身を包む波動の残糸を残しながら、朝モヤの中に朝日が滲む空へと飛び去った。
「――さて、数日間はヒュマドの男3人だけの、華の無い旅路となりそうだね」
アルムは、波動の軌跡を目で追いながら、場に居るランデルとジャンセンの顔に向けて目配せし、そんな名残り惜しさを醸す愚痴を紡いだ。
「おお……確かに、こりゃあ現世の旅客機そのものだぜ」
コータたちが1時間ほど飛んだ先に現れたのは、結構な標高を誇る秀峰。
その中腹には、胴体着陸の体で横たわり、その鋼の羽根を拡げている旅客機の姿があり、尾翼の部分には、何やら航空会社の名前らしきアラビア語がハッキリと描かれていた。
「えっと……”エクリプス航空”だったっけ?」
「うん――シンガポール発、香港行き、エクリプス航空374便……
――と、尾翼の文字の意味を思い起そうと、おぼろげに覚えていたテレビからの情報を口にしたコータに、チュンファは表情を強張らせながら、彼の言葉を認める体でそう答えた。
「その顔――てぇ事は、ご両親とかは……?」
「……まぁでも、今は言わないでおくよ。
当時子供だったアタシより、詳しい事は下に降りてから、大人だった皆に聞いた方が解り易いだろうから」
コータが辛そうに触れた新たな問いに対し、チュンファはそう言って口を噤むと、苦い笑顔を浮かべて旅客機の姿からふいと目を逸らした。
――
――――
――――――
「お~~~~~いっ!、みっんなぁぁぁ~~~~っ!!!」
陸に降りると、チュンファはこれまでの様な爛漫な表情へと戻し、旅客機の側にチラホラと見えた人影に向け、大きく手を振って見せる。
転移者のほとんどは既に、散り尻となってこのクートフィリアにて暮して居るそうなのだが、一部の者は、この旅客機の残骸と言って良いシロモノを、家として改修し、ドワネの民と交わりながら暮らしていた。
「⁉、ややっ!!?、あれはまさかぁっ⁉」
――と、その人影の一つから、喜びの声がやまびことなって木霊し、その人影……いや、一人の黒髪の男が作業の手を止め、手を振るチュンファに向けて駆け出す様が見えた。
「お~~~~~いっ!、帰って来たよぉ~~~~っ!!!!」
――チュンファも、その動きに合わせる様に駆け出し、喜びが滲む声音をやまびこと化す。
「――げっ!」
……しかし、段々と近付くやまびこの主の顔を視認したチュンファは、唐突に顔色を変え、明らかに顔をしかめた。
「――オォ~~ッ!、マイ、スゥイート、シスタァ~~~~~!!!」
――対して、黒髪の男は、明らかに"ナニ"を狙っているのかが解る、唇を尖らせた様で……そんな、言語の精霊も困惑する程に、エセ感丸出しな英語を喚きながら、ドンドンと足を速めた。
「――カムバック、ホォ~……」
「……とぉぅっ!」
――ドゴォッ!
――二人が最接近した瞬間に繰り広げられたのは、見事なカウンターで男のみぞおちを捉える、チュンファの正拳突きが決まる様子だった!
「――ぐほぉっ⁉」
「……帰って来て早々、"ナニを"してくれようとしてんのよぉっ⁉、こぉんのキモオタおっさんはぁぁぁっ!」
正拳突きを喰らい、もんどり打って悶絶している黒髪男に、チュンファは激昂して彼を罵る。
「まったくぅ……コータさんとは大違い!
同い年で、同じ日本人だっていうのにさぁ……」
チュンファは、こめかみを片手で押さえ、情けなさそうにそう呟く。
「あっ、あのチュンファちゃん?、こっ、この人って、まさか……」
「ええ――この方が、私にニホンゴを教えてくれて、依り代探しのアドバイスもくれた、シンジ様です」
表情を引き攣らせて尋ねているコータの問いに答えたのは、まだ怒っているチュンファではなく、共に並んで歩いて来たミレーヌの方だった。
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