異邦人

(げっ……外国人⁈)


 公太は顔をしかめ、明らかに困った表情で身構えた。



 ――昨今の外国人旅行者を増やそうとする流れは、ココの様な寂れた地方都市にも波及しているらしく、街を歩く外国人の姿を見かける事は多くなった。


 この近辺には、壮大なオーシャンビューを望める岬や、波が長年に渡って削った奇岩の類が並ぶ海岸線があり、それがまるでファンタジー世界の様相だと評判で、外国人観光客も増えている。


 それに――その様相は今、公太が見ていたアニメの制作秘話として、ココの様相を参考にしたという監督のインタビュー記事がアニメ誌に載ったらしく、所謂『聖地』として、国内からの観光客も増えそうという見込みだ。



「あ~……どんと、すぴぃく、インぐりっしゅぅ…」


 ――と、公太はこめかみを引き攣らせながら、カタコトにも当たらない酷い発音の英語で、そのフードを被ったブロンド女性の尋ねにそう答えた。


「――アッ!、ニッホンゴ、ワカリマス……ダイジョブ、シャベレマス」


 彼女は公太の酷い返答に、身振り手振りを交えながら、口元を緩ませてそう応じた。


「アノォ……あにめ、ミテル――オスキ、デスカ?」


 彼女は公太のスマホの画面に目をやり、一時停止となってアップのまま静止している、彼女と同じブロンドの髪色であるエルフ女性の魔法使いを指差した。



(ああ~っ、『日本凄い』系番組にありがちな、アニオタ外国人かぁ……)



 公太は納得した表情に変え、一度軽く頷いて……


「――ハイ、ソウデスヨ?」


 ――と、彼女のカタコトが伝染した体でそう答えた。



 ハイテク万歳な現代の世にとって、例の記事が世界へまで拡がるのなど容易い事だ。


 きっと、あの記事を知って、聖地巡礼を決め込んだアニオタ外国人旅行者なのだろうと、公太は合点していた。



「……ッ!」


 彼女は軽く手を叩くと、また頬を緩めて嬉しそうな口元を覗かせると、公太の右隣に遠慮無く座って、被っていたフードを少しかき上げた。



「――っ⁉」



 公太は、その彼女の積極的行動と同時に、見えた彼女の耳の形を見て驚いた。



 それは――その彼女の耳は、先ほどまで画面上で動いていた、エルフ女性の魔法使いと寸分違わない、三角状の耳だったからだ。


 同時に、少しではあるが見えた彼女の顔も、透き通る様な白い肌が印象的な、ハリウッド女優さながらの美形である事にも驚いては居た。



「あ~……コスプレ?、凄くリアルだね」


 公太はそれが、特殊メイクの類の凝った造りのモノだと思い……


(――恐いぐらいの気合の入れようだな、どうせ聖地にまで行くなら、赴く恰好もこだわってかい……)


 ――と、顎に手を置いて彼女の様子をまじまじと見据えた。


「エッ⁈、アァ、ハイ……」


 公太の反応に、彼女は何故か残念そうに答えると、その彼女が座った公太の右側の脚に着けられた補助装具と、左側に立てかけられた杖を見やり……


「――アノ、シツレイ、イイマス……アシ、テ、ウゴカナイ?」


 ――と、公太の障害を察してか、辛そうな表情でそう尋ねて来た。


「ああ……そう、脳――解る?」


 公太が自分の頭を指で突き、その理由を端的に述べると、彼女は辛そうな表情のまま、強く二度頷く。


「アノォ…ワタシ、アナタ――モット、シャベリタイ……イッショ、イイ?」


 彼女はそう言うと、彼の両手を手に取り、顎でエレベーターの扉を指した。


「クルマ、アリマス――イキマショウ」




(――って言われて、何となく一緒に駐車場までは来たけど……)


 ――と、エレベーターから降りた公太は、先を歩く彼女の背を見やりながら、少し後悔をしていた。


 見知らぬ外国人の言葉を疑いもなく信じ、着いて来てしまった自分の浅はかさと同時に――信じた理由の大半を占めていたのは、微かに見えた彼女のハリウッド級の美貌に魅せられたからという、ある種の助平根性に呆れたのモノだ。


(――まだ、少なからずそんな気持ちを持ってるんだねぇ……こんなカラダなクセに。


 万が一……んにゃ、億がイチでこの美人と『どうにか』なったとしたって、こんな片麻痺のカラダじゃ、”ナニ”も出来ねぇってのにさぁ……)


 公太は軽く苦笑いを覗かせながら、フードと繋がっている大きめのパーカー越しの背から見ても、抜群のスタイルを覗かせている彼女の肢体を見据える。


(……気合入れてコスって来たのは良いけど、流石にそのままで駅前を歩くのはヤバいから、急遽パーカーを買ったんだろうな。


 コレ、商店街の洋品店でざっと5年前から未だに終わらない、在庫処分閉店セールのワゴンで見たヤツだぞ……きっと。


 外人相手にボロい商売しやがって……日本を貶めてんじゃねぇよ、あそこのオバちゃん)


 ――と、公太はその魅惑の肢体から話題を逸らすつもりで、彼女の服装とその経緯の推察を始めた。


(――まっ、まあ、日本よりも海外の方が、ボランティア精神が根深いって言うしぃ……だから、善意で車で送ってくれるってんだろう…


 けっ!、決して俺はっ!、『別の』ボランティアを期待してたワケじゃないぞっ!?)


 公太が大きく首を横に振り、話題を転じても未だ拭えない助平根性と戦っていると――


「アノ……」


 彼女は、車が止まってはいない、角のスペースの上に立ち止まり、くるりと身を翻した。


「――ゴメンナサイ、クルマ、ウソ……デズ」


 ――と、辛そうに涙混じりの声で言った。

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