第二球、人生こそドラマだ

 野球はドラマティックだ。


 それは、どんなに優れた映画よりも、また、どんなに人を感動させる音楽よりもだ。作り物〔フェイク〕には創り出せないドラマが、そこにある。無論、ソレは俺様の持論でしかない。が、ソレでも俺にとっては野球こそが人生なんだ。


 人生という熱いドラマを演じてんだ。俺様こそな。


 カカカ。


「ねぇ、草野。一つだけ聞いてもいい? 本当にアンタには打てない球はないの」


 あのあと、それこそ全力で割愛するほどのイキオイで俺様が満塁ホームランを打って逆転サヨナラ勝利となった。無論、俺達のチームが裏の攻撃だったからこそ出来た芸当だ。しかしながら、それも、また神が定めた人生〔ドラマ〕だぜ?


 神に愛されし男、それこそが、草野球様なんだぜ?


「カカカ」


 俺は両手で両端を持って肩に水平に乗せていたバットの左手だけを静かに離す。


 そのあと、グッと右手を下に動かし、力を加える。


 同時に眼鏡女郎の左側を歩いていた俺は、かがむ。


 バットは、ちょうど竹かなんかで出来たししおどし〔……ああ、ししおどしってのは、あの水が溜まると重さで先が下に落ちてカコーンなんて音が鳴る日本庭園なんかに良くあるアレだな〕のようバットの右端がぐぅんっと下がる。ククク。


 バットの左端は、これまたぐぅんという豪快な音が出そうなイキオイで上がる。


 カカカ。


「ア、アホ。変態。あり得ない。あり得ないだわよ」


 カカカ。


 黒のスパッツ、ちょっと汗ばんでテカるスパッツ。


 うむっ。


 無論、上に上がったバットの先端が、眼鏡女郎の愛らしい赤のスカートを、まくり上げたのだ。もちろん眼鏡女郎も必死で抵抗してスカートの裾を抑える。真っ赤な頬が可愛いぜ、なんて、今、言ったら、間違いなく、ぶっ飛ばされるな。


 とか思っていたらな。無言でも、ぶっ飛ばされた。


 ドッカンと、一発、ホームランだな。それこそだ。


「ど変態」


 なんて俺様を讃える言の葉をソッと、そばに添え。


 カカカ。


 男はつらいぜ。寅さんじゃないぞ。まぐれ雲だぜ?


 ぷりぷりと頬を膨らせエサを蓄えているリスのような顔をして続ける眼鏡女郎。


「だから、そんな子供みたいな事ばっかりしてないで、あたしの話を聞いてよ。草野、アンタ、本当に打てない球はないの? アンタに打てない球はないの?」


 二度も聞くな。そんなに聞きたいのか。俺のドラマを。……それこそ人生をな。


 カカカ。


 いいぜ?


「俺に打てない球はねぇ!」


 と眼鏡女郎の鼻先に俺の超絶リーゼントの先っぽとバットの先端をかすらせる。


「ふふふ」


 と嫌らしく笑う眼鏡女郎。


 リーゼント、くさっ、とか悪態をつきつつ、バットと一緒に、邪魔と、どける。


「そんなアンタに呂慕英雄〔ろぼ・ひでお〕、この名前を忘れられなくさせてあげる。草野。アンタにも打てない球は在る。それを証明したいの。いいかしら?」


 ハンッ!


 とか言い出しそうにも胸を張り、アゴを突き出し、上から見下ろす困り眉の眼鏡女郎。もちろん右足を一歩踏み出して左足を真横九十度に開いてのモデル立ち。雰囲気も高圧的で見下している感満載な態度を隠しもせずに威圧してくる。


 なんだ。


 なんだ。


 なんだよ、突然。淫乱女教師、現われるの巻かよ?


 その言動と泰然自若とも言える態度はよ。ああん?


 そんな態度に出られたら俺だって黙っちゃいない。


「呂慕英雄だって? その昔、メジャーで活躍した竜巻野郎みたいな名前だな。そうか。他には、機械・イジロウだとか、あっぽうな翔平とかがいるのか?」


「なによ、あっぽうな翔平って。大谷じゃないの? あ、もしかしてジャイアン」


「そうだ。ジャイアンツじゃないジャイアントだ。大谷・ジャイアント馬場だな」


「まあ、確かにジャイアント馬場もジャイアンツのピッチャーだったけどさ。もう本当にどうでもいい。まあ、そんな事より、打てない球がそこに在るのよ?」


 どう? 興味惹かれない?


 と赤ぶち眼鏡を光らせる。


「カカカ」


 ビシッと、再び、眼鏡女郎の鼻先へとバットの先端を突きつけた。


「だから言ってんだろう。俺のドラマは打てない球はねぇなんだよ」


 ぐうっ。


 と声にもならない音を立てて眼鏡女郎がたじろぐ。


 カカカ。


「だからこそ、打てない球が在る事自体が、ドラマを作るんだぜ。おもしれぇよ」


 面白すぎだ。笑いが止まらん。いいぜ。分かった。


 その呂慕英雄とかいうギャグの住人を連れてきな。もちろん、俺様が、それこそ昭和のレトロギャグ漫画のようにぎゃふんと言わせてやんぜ。そのあとで眼鏡女郎を、ひん剥いて、わんわん、泣かせてやんぜ。黒のスパッツも脱がすぞ。当然。


「はいはい。レトロ感はだるいから止めて。分かったわ。連れてきてあげる。アンタにも打てない球は在るって証明してあげる。明日を楽しみにしてなさい」


 ふふん。


 と眼鏡女郎は柏手を打ってから背を向け、右手を挙げてからヒラヒラとさせた。


 無論、俺は無言。リーゼントで天を撞いて、天に唾を吐き、それを応えとした。


 カカカ。


 俺に打てない球などねぇ。


 それを証明してやんぜと。

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