11話 耳の匂い


 魔力持ちとは、王族や貴族が生まれながらに持っているもので基本的に遺伝する。そして年齢と共に魔力は増加し、15歳から20歳を迎えたあたりで成長が止まる。

 もちろん、魔力が多ければそれだけ強力な魔法を、より多くの回数使うことが出来る。その用途は多く、争いから生活の一助まで幅広い使い道がある。


 基本的に魔法は『呪文』『刻印』『魔道具』よって発動できる。現在も多くの研究職の人が新しい魔法の開発に勤しんでいるが、その原理は解明できていない。

 この力を各国は勢力を上げて探究しているのだという。



 呪文魔法は、声に魔力を混ぜ、特定の呪文を唱えることで、魔法が発動する。

 適当に唱えるだけでは発動しないだけでなく、十分な訓練をしなければ思いもよらない結果になることもある。

 だが、魔力があり、呪文が唱えられれば、どこでも使うことが出来るという利点がある。



 刻印魔法は、魔力を流しやすい素材をもとに魔法陣を描き、刻印全体に魔力が行き渡ることで、魔法が発動する。

 呪文のように覚える必要がなく、魔力さえ行き渡れば安全に発動できるため安定性が高い。しかし、手元に刻印がない場合魔法を使うことが出来ない。

 そして、魔法が複雑になる程に刻印が大きくなるので持ち運べる大きさだと使える魔法の種類が限られる。



 魔道具は、刻印に近いが、魔道具と呼ばれる道具に魔力を流すことで魔法が発動する。

 刻印との違いは、魔力が魔石で代用できる点にある。これにより魔力持ち以外でも使うことが出来る。

 ダンジョンや遺跡などから発掘されることが多く、未だにその仕組みは判明していない。大きさや性能がバラバラで効果も様々、値段も発動する魔法によって青天井。

 一部ではコレクターが高値で取引しており、ダンジョンで一攫千金を目指す花形なのだという。



 ここまで魔法の概要を説明するとトムじいさんは、一息ついた。

 そして私に問いかける。



「リタちゃんはどんな魔法を使えるのかね。見たところ刻印の類はもっていないようだ。呪文か魔道具のどちらかだと思っているんだが、呪文は教師が教えなければ独学でどうにかなる物ではない。しかしまだ10歳に満たないリタちゃんは教師に教わる機会がないんだ。魔道具に関しては、賊をどうにかできるような物は値段もそうだが、希少な物だ。持っているとは考えにくい」



 トムじいさんは優しい雰囲気のままだが、見つめる瞳は真剣だった。

 私はその表情から真面目に答える質問だと理解し、表面上は表情を取り繕った。


(ど、どうしようっイトラ! 私魔法使えません…って言いにくいよっ)


(そうね。それに、この爺さん、魔法が使えないって言っても信じてくれないでしょうね。魔法に関しての知識もそれなりにあるみたいだし、面倒ね。まぁ、あなたの好きにしたらいいんじゃない?)


(好きにするって、どうすればいい?)


(正直に、体の中に私がいることを話して、無駄だと思うけど理解してもらうか。私の力を、あなたが使ったことにして、この爺さんに説明するか。好きな方を選びなさい。もし私の事を説明しないなら、近いうちにあなたに聖術を教えてあげる)


(ええっ、それって選択肢ないんじゃない…?)


(そうでもないわ、好きな方を選択するのはあなた。私はその結果に口出しはしないわ)


(ん―…えっと、イトラはトムじいさんに存在を知られたくない理由はあるの?)


(いいえ? ただ単純に、この爺さんが気に入らないだけ)


 そう言いくるめると、イトラは黙ってしまう。仕方がないので、彼女の事は話さずに私が魔法を使って話すことに決めた。

 ただ真剣な目をしたトムじいさんに、私の嘘が通用するとは思えなかった。だから嘘は言わず、本当の事だけを。


「……私は、呪文もまだ教わっていなくて、魔道具? も持っていません。ただ、お父さんが矢で射抜かれて、お母さんや私も捕まってしまった時……最後まで必死になって助かろうとしたら、追手の人はみんな死んでいました。あれがどんな魔法なのかは私にはわかりません」


 親切にしてくれるトムじいさんに嘘をついていることに、しだいにかなしくなり泣いてしまった。

 そして、すこしの涙が呼び水となり、あの時の光景を思い出し止まらなくなる。


 そんな表情を見たトムじいさんの目からは真剣さが消え、いつもの好々爺に戻った。そして正面から私をそっと抱き留め頭を撫でてくれた。


「……申し訳ないことを聞いてしまった。昨日大変な目に合ったばかりだというのに配慮が足りていなかった。既に独学で何らかの魔法を使えるようになっていたものだと勘違いしていたんだ。もし独学で魔法を使っていたなら、その危険性を説明する必要があったんだ」


「……はい、だいじょうぶです」


「怖い思いをさせてしまった、本当にすまない。そして、ありがとう…つらいのによく話してくれた…よくがんばったんだね…僕は君たちが無事でいることが一番うれしいよ」


 心の底から心配してくれる声で。

 優しく撫でられ続ける頭の感触、残っていた昨日からの疲れ。泣いているうちに私の意識は途絶えた。





 目が覚めた時、お母さんの顔が見えた。

 場所は、トムじいさんのお店。でも工房ではなくて売り場だった。

 木製の長椅子にお母さんが座り、その足に頭を乗せ仰向けで横になっていた。


「あ、リタ。起きたのね、おはよう」


 リタを膝枕していたお母さんは、穏やかな笑顔で見下ろしていた。


「もうすぐ夕方よ、今日から宿でお手伝いするんだからシャキッとしなさいね?」

「うん、トムじいさんは?」


 店には他に誰の気配もなかった。


「何やら用事が出来たらしくて、店番を任せてさっき出かけて行ったわ。それに眠ったリタを抱えて、とっても謝っていたわよ。詳しくは聞いていないけど、不用意に昨日のことを思い出させてしまったと言っていたけど。大丈夫?」


「ん…。大丈夫。ほかのお客さんは?」


「うーん、今日1日で3人しか来ていないみたい。それも雑貨を少し買っていっただけだったわ」


 このお店は本当に利益が出ていないことがひしひしと伝わってくる。


「今日は、トムじいさんが帰ってきたら店終い、終わりにするって言っていたわ。リタは先に帰って宿のお手伝い頑張ってね。私は帰りに買い物をして夕食を作っておくから」


「わかった。お母さん気を付けてね? 人通りが少ない場所に近づいたりしないように」


 お互いに気を付けあうようにお話をして、起き上がる。

 わたしにはイトラが居る、けど、お母さんには守ってくれる存在は居ないのだ。


「わかってるわよ、リタも気を付けてね」

「うん、お母さんも本当に気を付けて帰って来てね?」


 最後に念を押すように言って、夕日が照らす町へ出る。






 そのまま何事もなく宿屋に到着した。

 まだ早かったのか食堂は空いておらず、ミレーヌさんとフィルが椅子に座って談笑している。


「こんにちは~、リタです。お手伝いに来ました~」

「リタちゃんか、早かったね。もう手伝ってくれるのかい?」

「あ——! お姉ちゃん、お帰りなさい! 全然気が付かなかった!」


 ミレーヌさんは顔を上げ、自然とあいさつする。

 フィルは立ち上がり、こちらに向かってテトテトと駆け足で向かってきた。そして目の前で止まり、私の深く被ったフードに向かって背伸びをして、匂いを嗅ぐかのように顔を近づけてきた。


 フィルはこの行動が好きみたいで、初めは動揺してけれど、距離が近い子なのだと認識した。

 教科書にもこの挨拶は載っていないので、フィル特有の挨拶なのだと思う。


 距離が近くなると自然とモコモコした犬耳が目前で揺れ、その姿に心がくすぐられる。


 ———ぎゅっと。


 フィルを抱きしめて、頭部の犬耳に顔をうずめた。

 それからその匂いを肺一杯に吸い込んだ。


 いい匂いと、吸うほどに感じる幸福感に包まれる。フィルは、細いのにとても柔らかくて。毛の触り心地はサラサラして、子犬のようだった。


「きゃあ! たーべーらーれーる~!」


 しかし、バタバタと動くフィルを抱きしめ続ける力がなく、あっけなく終わってしまった。思わず悲しげな声が漏れたけど、離れていくフィルは楽し気に笑って気づかない。

 その光景を見ていたミレーヌさんが微笑みながら立ちあがる。

 どうやら私たちを待ってくれたみたいだった。


「リタちゃん、厨房で働く用の服を用意したから、ついてきておくれ」

「はいっ」


 失意をねじ伏せ明るく挨拶する。何事も初めが肝心だと本に書いてあった。





 ミレーヌさんについていくと、そこは休憩室のような部屋だった。

 私は白い長袖の服と頭巾などを手渡された。丈が長く、一見するとワンピースのように見える。飾り気はないけど、綿で作られており、非常に燃えにくい服だった。


「リタちゃんの服を汚したら勿体ないから、この服を着て厨房に入ってね。仕事が終わったらこの籠に入れておいて、洗濯するから。それで、明日からは新しい服をこの籠に入れておくから、それを着ておくれ」


 自分用かと思ってしまう程にピッタリなサイズの服は、おそらくフィルの予備の物を渡してくれたのだろう。お礼を言ってそのまま着替えることにする。

 厨房への直通の扉があるので、客の目に触れることはない。

 すぐに着替え、ミレーヌさんからもらった髪留めで髪を後ろで1つに纏める。


 厨房では、既にダルフさんが調理を始めていた。

 明るく挨拶しよう、初めが肝心なのだから。


「よ、よろしくおねがいします!」






 私の仕事は、事前の仕込みと掃除。営業中は、皿洗いと盛り付け、配膳など頼まれたことを順番にこなす事。

 皿洗いの水は井戸の汲み置きの水から必要な分をすくって使う。


 実際に厨房で働いてみると、ダルフさんの手際の良さと、気遣いを感じた。

 今までたった1人で10人前以上の料理を作っていたのだ。同時に複数の料理をつくり、焦がすこともなく仕上げる腕前には純粋に尊敬する。

 私も、盛り付けや洗い物を丁寧に行い、できる限りのことは出来たつもり。合間合間にダルフさんからアドバイスを受け、試し効率化を目指す。

 ダルフさんは見た目がかなり怖いと思っていたが、面倒見はよく。忙しい中でも決して雑な振る舞いをしない。

 私の中でダルフさんの印象が大きく変わった。この人はすごい料理人だ。



 こうして営業終了まで時間があっという間に過ぎた。

 今日は普段と比べても忙しかったらしく、手伝ってくれて助かったとダルフさんにお礼を言われた。


 そして賄いも出た。

 それは余った野菜やお肉をまとめて炒めた豪快な料理だった。

 ミレーヌさん達3人分とわたし達2人分を均等に分けて、今日の余り物のパンもいくつか持って行くといい、と包んでくれた。



 休憩室で着替えてからその料理をもって部屋に戻る。

 部屋では、お母さんが夕ご飯を並べて食べないで待っていてくれた。


「おかえり、リタ。初めてのお仕事どうだった? うまく出来た?」

「うん! 大変なこともあるけど、とっても楽しかったよ、それと賄いも貰えた」


貰った賄いをテーブルに並べる。

 まだ湯気が昇る暖かい炒め物は、節約した夕ご飯と比べて味がしっかり付いていて食事が一気に華やかになった。

 まだこの町に来て2日、慣れない事ばかり。だけど、この温かい食事を見ていると、ふと思う。

 お父さんが死んでから、ずっと寂しかったけど、今はこの食事にも幸せを感じる。こんな日常にもいずれは慣れていくのだと。


 そして、今までの生活は、いくつもの幸運が積み重なって叶っていたのだ、としみじみ思う。これからは誰も無くさないように、後悔しないように…。





===



 食事が終わり、明日の身支度をしてベッドに横になる。

 既に明かりを消した室内は薄暗くてお母さんの寝息しか聞こえない。そんな室内で夢想する。


(イトラ……私強くなりたい。もう私の家族が、傷つかないように…)


(そう。せいぜい頑張りなさい、私はあなたが生きているなら、あとはどうでもいいわ。……まぁ、あなたの事だけは守ってあげる)


(ありがとう、イトラ。やっぱり守ってくれるんだね)


(………………)



 私の決意が、イトラに届いたのかもしれない。

 らしくもなく私の事だけは守ると口を滑らせた彼女にそう思った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る