第3話

「――手あたり次第!」


スマホで情報入手を試みたが、淑女の生い立ちや受賞歴ぐらいで娘さんの居場所には到底辿り着けそうもなかった。また、先ほどの話の中で有益そうな情報は、公園の裏手に住んでいるということぐらいだろう。それにしても、難しい苗字だった。觸澤ふれさわさん……画数で検索を思いついてよかった。

ということで、動きやすい服装に着替えた私は【彼】をリュックに入れてシティサイクルに跨りいざ出発。ついでに父に声を掛けてからとアーケード商店街に向かった。


「おとうさーーん! 急用できたから今日は手伝えないよー!!」


小さな喫茶店は閑古鳥。奥のキッチンスペースでは、フライパンが軽快に音を鳴らしていた。どうやら、つんとくるにおいからして、ドライカレーのようだった。


「おー、そこの洗い物だけ頼むわ!」


野太い声だけが飛んで来た。心の中で軽く舌打ちしつつもトーンを上げて返事する。


(觸澤文歌さん、どこにいるんだろう……)


リン――


頭の中で名前を連呼しながら腕まくりでカウンターの内側へ足を延ばすと、聴こえてきた。流し台にある洗い物の中の【彼女】。私は、直ぐに勤続年数トップの花柄ティーカップを手にした。


(知ってるの!? お願い視せて!!)


縋りつくとは、こういうことだろう。私は、【彼女】をおしいただいた。すると【彼女】は直ぐに応えてくれた。視えたものの中には、か細い女性の姿があった。異様に大きく映るサングラスは不健康の証のようだった。こけた頬に首から鎖骨まで皮一枚といっていいだろう。

その女性は、窓際で外を眺めていたのだが、質素なハンドバックからスマホを取り出すと名を告げて仕切りに小さく頭を下げ始めた。会話の内容は不鮮明だったが文歌さんで間違いない。


「おとうさん! サングラスの女の人きてたよね!? 細い人!!」


「ん? ああ、そうだな。一口も飲んでくれなかったなー」


キッチンスペースから出てきた父が立食で答える。口調からは、淹れ方にこだわった自慢の紅茶を飲んでもらえなかった恨み節が込められている。


「何時ごろ!?」


「1~2時間ぐらい前だったかなー。凪も食うか?」


「どっちの方に出てった!? なんか言ってなかった!?」


「いや、なにも。知り合いか? たしか駅の方だったような……?」


「ごめん! わたし行かなくちゃ!!」


「おい!? 洗い物!!」


「任せた!」


【彼女】を丁寧に戻した私は、心の中で感謝を伝えつつ足早に店を後にした。








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