第60話 不公平
「交易都市の周辺地図と、現在分かっている街の状況。確認済みの魔物の種類と分布。あと市街地の地図……これは出来れば詳細なものが欲しいです」
モリアスの要望をガルシアが使用人に告げると
「わたくし共の考えではクラリスさんの歌を主力に正面突破を考えていましたが、そのままでよろしくて?」
王妃の案について、モリアスが暫く目を閉じて考えを巡らせ、そして短く、いいえと否定の言葉を口にした。
「交易都市は砂漠の中心にある為、砂嵐対策の高い壁と
「諜報部隊員から入ったいくつかの報告は、この資料にまとめてある。砂漠らしく虫型の魔物が多いみたいじゃな。奴らは殺虫剤を撒けば、死なないまでも弱体化するからバリスタの矢に除虫木の木片でも付けるかの」
ガルシアがモリアスに資料を手渡すと、一通り目を通すモリアスを横目にロランが口を開く。
「
「あー、そりゃそうじゃの。砂漠戦の面倒な部分じゃわい。なら、馬も駄目じゃな」
ガルシアが溜め息混じりにそう言ってソファに腰掛ける。
「いえ、攻城兵器のいくつかは持っていきましょう。交易路のうち、主要な道はある程度踏み固められています。途中迄は普通に引いていけますよ」
「いや、駄目だろ。街の近くは砂が深くなる、新しい砂が風で流れてくるからな。車輪を取られて動かせなくなるのが関の山だよ」
モリアスの無謀とも言える提案にロランが異議を唱えた。
「安全にクラリスを壁の上へ運ぶ為に
「心得た」
「あと、攻城櫓をここに設置しておいていただきたいのです。えっと、地図でいうとこの辺り」
「砂漠の手前じゃな、了解じゃ。攻城兵器の中では軽い部類じゃから二日もあれば運べるかの、どうする?すぐ運んでおくか?」
ガルシアの問いにモリアスがお願いしますと答えて頷く。
「交易都市の奪還は八日後が最適だと思います。朝から昼にかけて砂漠を渡り、夕方から日を跨ぐ前までに街中の魔物を一掃します」
「わっかんなーい!モリアスさん、ちょっとは説明してよね!櫓を運ぶ方法も、砂漠を半日で渡る方法も、ぜーんぜん分かんないよ!普通なら砂漠を歩けば交易都市まで二日はかかるんだよ?なのにでっかいハシゴを引っ張って、夕方になるまでに目的地に着くとか訳がわからないわよ。あと何で八日も先なの?」
モリアスの説明不足にアーリアが不満を漏らすが、当のモリアスはどこ吹く風である。
「ん、そうだな、ヒントは砂漠の気候かな。あとはその時になってからのお楽しみだ。私はこれから仕込みをしに行ってくるよ、まずは筆頭宮廷魔導士のところで古代神の力の使い方を聞いてくる。八日後なのは保険みたいなものさ、こっちは気にしなくていい。ガルシア様、明日また報告に
「席を外しておったら王妃に頼む」
それでは、と告げてモリアスは王の執務室を後にした。その足で筆頭魔導士のもとへと急ぐ。ラフィンの力の使い方の手掛かりが得られるかもしれない。もしその力を自在に引き出せたなら、ラフィンを擁するクラリスは、望めば一国の王にさえなれることになる。今回の叙爵についても、苦も無く条件を達成できるとモリアスは確信する。
重厚な扉の前で足を止め、ノックの後に名乗りをあげたモリアスに、扉の内からどうぞと入室の許可がおりる。
「失礼いたします。第一歩兵大隊所属、モリアス一等指揮兵です」
「そう畏まらないでください。来月にはあなたの方が上官になるんです。今畏まられてしまうと来月から貴方とどんな態度で付き合えばいいか分からなくなります。私の身にもなって下さい」
そう言って優しげに微笑む筆頭宮廷魔導士は、全体的に淡い色合いを彷彿とさせる人物像をしている。柔らかな茶色の髪に銀縁の眼鏡。その奥には切れ長の二重の目が覗く。すらりとした高身長と長い足。そして肩書きを考えれば頭脳はこの国において随一なのは疑いようも無い。居丈高な部分も見えず、腰も低いとなれば一言で言って出来過ぎである。
「初めまして、ですね。筆頭宮廷魔導士のアーベルジュと申します。以後お見知り置きを」
「モリアスと申します。今後どのような官職が与えられたとしても、これまでのアーベルジュ殿の実績や経験に敬意を払わない理由にはなりません。今日は少しご教授頂きたい事があって参りました。今、お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
そう言ってモリアスはアーベルジュの返答を待つ。その間、モリアスは考える。
神の
やはり神は信用ならない。ロランを見ていつもそう思っていた。いや、ロランはまだいい、トータルで残念な部分が見た目の良さを帳消しにしている。しかし、目の前のこれはどうだ。整った容姿にずば抜けた頭脳、柔らかい物腰に落ち着いた雰囲気。高身長に長い足。
「もちろんです。執務も一息ついた所だったので。どうぞお掛けください、紅茶でよろしいですか」
そう言ってソファへ座るよう促すアーベルジュの背後の机には、まだ山のように書類が積まれている。なるべく手短にまとめられるようにしようと心に決めて、モリアスはソファに腰をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます