第56話 新人魔女と本当の師匠(8)

 リッカは絶望的な気持ちになった。


「お、おはようございます。お母様」


 リッカはぎこちない笑みを浮かべて母親に挨拶をした。母親はリッカの顔を見るなり、泣きそうな顔で彼女を抱きしめた。


 てっきり叱られるものだと思っていたのだが、彼女の予想に反して、母はリッカを抱き締めたまま、よかったと何度も呟く。


「お母様……?」


 戸惑うリッカに母は言った。


「朝からどこにも姿が見えないから、心配していたのよ。何も言わずにどこへ行っていたの?」


 その言葉を聞いた途端、リッカの目頭が熱くなる。自分はこんなにも愛されていたのかと、改めて実感した。


 母の温もりを感じていると、突然背後から咳払いが聞こえた。リゼの存在を思い出したリッカは慌てて母から体を離した。


 リゼはリッカの母親に向かい、丁寧に頭を下げた。


 突然現れたリゼに、彼女は驚いたような表情を浮かべている。そんな母にリッカはリゼを紹介した。


「お母様、こちらネージュ・マグノリア様。私がお世話になっている工房主様なの」


 リッカの母は、ネージュと聞いて、慌てふためく。


「ネージュって……あなた、大賢者様にお世話になっていたの!?」


 驚くのも無理はない。リッカだって未だに信じられないのだから。


 だが、リゼは至極真面目な顔で首肯する。それから、リッカの母に謝罪を述べた。自分がリッカを巻き込んでしまったこと、そして、無断で深夜に呼び出したことを詫びる。


「御息女を深夜に呼び出したこと、誠に申し訳ございませんでした」


 リゼの説明を聞いて、リッカの母は納得したのか、リゼに頭を下げる。


「とんでもございません。ネージュ様。この子がご迷惑をお掛けしていませんか?」


 リゼは静かに首を振る。リッカの母はほっとしたように胸を撫で下ろした。


「そうですか。それならば良かったです。どうかこれからもこの子をよろしくお願い致します。あいにく、夫は今、仕事に出ていて不在なのですが、間もなく帰宅すると思います。是非我が家でお待ち下さいませ」


 リッカの母はリゼに家に上がって待つよう勧めたが、リゼはそれを断った。


「待たせている者がおりますので、これで失礼いたします」


 リゼは礼儀正しく頭を下げると、リッカに向き直る。


「魔力を使いすぎているはずだ。今日はゆっくり休め」


 それだけ言うと、リゼは再び魔馬を宝石から出すと颯爽と飛び乗り、あっという間に空へと舞い上がる。


 みるみる小さくなるリゼの背中を、リッカと母は、ぽかんと見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る