#007.Stupid Girl

 鉢にいたカクポンタスは声とも表せないような奇妙な音を立てて、僕の足を締め付けている。

その痛みに反射的に足を振り、引き離そうとする。が、さらに枝が伸び、締め付けてくる。

かなり強い力だ。

「がぁっ...!」右の脹脛がちぎれた感覚があった。

 傍にいるメビウスに助けを求めると、彼は鼻息でそれを吹き飛ばした。そんな彼への苛立ちを示すほどの余裕はなく、すぐに意識を足に戻す。

 暖かい滝が音もなく足を伝っている。痛みに顔をゆがめながらも、思い切って絡みつく枝を手で引き剝がした。

 

 だが、枝には待ち構えたかのように小さな棘が付いていた。さらにその棘は指に刺さって枝から外れ、さらに奥に食い込んだ。そして楔のように僕の指を、痛みのあまり曲げられなくした。

 顔を上げると先ほどのカクポンタスが飛び上がり、階段への道をふさぐように立ちふさがった。

(動くのか。知能もあるようだ...足をやられたのはマズイな)


 「ちなみにその子は《デビーJr.》って名でなァ...責任感と正義感が強くてこいつらのリーダーなんだぜェ...知能も一番高い。たぶん。植物だからよく知んないけどォ~~」メビウスはまたあの椅子に座り、こちらを見る。


 デビーJr.は棘付きの枝をしまい、こぶし大ほどの真っ白な花を咲かせた。その花はほとんどユリのようで、、きっと愛でただろう。

 「ヤローーードモォォォォォ!!!カリノジカンダァァァァ!!」耳を塞ぎたくなるようなその声は、あまりに無機質で、音と言った方が適切な気がした。

 ゴトン。と次々に音がして、振り返ると十近くある鉢が割れて植わっていたカクポンタスたちが動き出していた。

「ハイチニツケェェェ!!」その音で一斉に散らばり、それぞれが位置につくと、ピクリとも動かなくなった。まるで狩りをする狼のようだ。とハイメは思った。自らが獲物であるにも拘わらず。


 メビウスは楽しそうに座っている。わが子の活躍を喜ぶ父親のようだ。だがハイメはメビウスの小さく動く口を見逃さなかった。

「《クリス》はそっち...《パッチ》と《ネイサン》はあっちかなァ...」

 よく聞こえなかったため近づこうと足を引きずり移動した途端、今度は長い根が伸びてきて、腕と首に絡みつき、締め上げた。

(馬鹿なことを...迂闊に動いてんじゃないぞ...)

「ゴホっ!ま、また...」咄嗟に首と根の間に手を入れたおかげで、辛うじて呼吸はできた。しかしながら先ほどのように少しずつその力は増している。


(しかし、。あとはコイツだな...)


 メビウスはハイメのその滑稽な姿に、笑いをこらえきれないでいた。口許を覆った手から、口角が覗いている。

 その瞬間、締め付けていた根が緩んだ。その隙に、ハイメはメビウスにこう言った。

「ここ...二階だよね...メビウス...」

一瞬にして、メビウスから笑みが消えた。

「何が言いたい?」カクポンタスたちにも警戒の色が広がる。すぐにでもハイメを仕留めにかかれそうだ。だがそうしないのは、ただカクポンタスたちが、からであった。

「でも...根で首が苦しくて...言えないかもなぁ~...」足の痛みがかなりの焦燥と恐怖をもたらし、ハイメの心も締め付けていた。

 しかしメビウスは冷静に

「もう緩めてある。おまえさんの時間稼ぎ、ってんなら付き合う気はさらさらないぜ」

「せっかちだね..じゃあもういいよ...やっちゃって..一思いにさ...」ハイメは諦めたようにそう言った。

「分かった、その前に..」メビウスが何やら指示のようなものを出すと、再び根がハイメを床に押し付けた。そしてメビウスがハイメの懐に手を伸ばした。

「これだろ?蝋燭...おまえさんのことはちょっとだけ見直したよ。ちょっとだけな。だがザンネンだったなァ..火はカクポンタスの弱点じゃない...」と言い、蝋燭を吹き消した。だがハイメの希望の火は、まだ消えていなかった。

「...この『建物』は...どうなんだい..?」這いつくばりながらも声を振り絞った。

「なに...ッ」

 メビウスが階段に目をやると、そこにはすでに二人の背丈ほどもある火がその勢いを増していた。根が緩んだ。次こそは、とハイメはその根から抜け出し、勇気だけで無理やり立ち上がった。

「最初に鉢を蹴り飛ばしたとき..もう一つ蹴ってたんだよ..あの水分の抜けきったパン...味は悪くなかったけど、火力はもっと悪くなかった...葡萄酒もたっぷり吸いこんでくれた...」

 ハイメは誇らしげに話し始めたが、終えるころにはその自信もいくらか収まってしまっていた。

 メビウスの返事はなく、ただドビーJr.が指令を出した。

「《J・F》!rrr《ラミィ》ィィ!トツゲキィィィ!!!」指令を出された二つのカクポンタスは、火に飛び込んだ。そしてその身に蓄えた大量の水分を、余すことなく放出した。

「言ったろ..?火は弱点じゃないってな。」消火が完了したのを見て、またも冷静にそう告げた。

 そして燃え尽きたハイメをいとも簡単に根が押さえつけた。


「ま、ずい...息が..っ」根は先ほどとは比べ物にならないほどハイメの首を強く締め上げ、命そのものを圧迫している。

 「イイゾッ!ヨクヤッタ、《クリス》!タダユダンハスルナッ!イマイチド!キヲヒキシメロォォォ!!!」 

「っっっかはッ!」クリスの根が完全にハイメの呼吸を止めた。

 ハイメの口許には泡が溜まり、その目は今にも裏返ってしまいそうだ。

 

するとそれを見た一つの植物が、ハイメに襲い掛かった。

「マテッッ!《ホーキンソン》ッ!!ハヤマルナァァ!!!」ドビーJr.が慌てて止めに入る。


 ホーキンソンの耳にその音が入ったかは不明...耳があれば、だが...だがもし、耳があったのなら、ホーキンソンはその忠告を聞くべきだった。

 それでも同じ結果にはなっただろうが。


 とにかく、ホーキンソンは飛び込んだ。栄養の欲しさ故に。その知能の低さ故に。


「そうか、《ホーキンソン》っていうのか。お前の『名』は...」

その瞬間、ホーキンソンは枯れた。

水分を失い、植物からすれば見るも無残な姿になり、そのまま着地した。

「なに?」メビウスの動揺はカクポンタスたちにも伝播した。

「それから、この根は《クリス》、お前のだ...違うか?」

クリスも枯れた。

「...正解だな。」


メビウスも立ち上がる。椅子は何とか倒れることなく半分ほど回り、しっかりと足をつけた。


「おまえェ...いや、貴様アッ!何をした!!なんだその力はッ!!そんなもの尋問の時にはッ、いや、やはりのか...!あの夜に何があったッ!」

「そうか、やはりすでに始まっていたか...尋問は...お前の贈り物ギフトで、だろ?いろいろできるみたいだな...ずっと見させてもらったよ。メビウス、その『名前』もどうせ偽物だろ?」

「先に質問をしたのはこのオレだ!答えてもらおうか。」メビウスの表情は引き締まっている。

「おっと、図星か?だがやはりお前は...一味違うようだな。『あの連中』よりずっといい...」

「答えてもらおうか。」メビウスの意志は固い。

「わ~~~かったよ...あの夜のことだろ?って言ってもコイツほとんど寝てたからな...ただ、あの魔法族を殺したのは俺じゃない。それはくらいは分かるだろ?」

「“A”は?」

「威圧的だな...ヤになるね、久しぶりに話す人間がこんなおカタい輩だと。」

メビウスは黙って睨んでいる。

「はあ...そうだよ、俺が殺した。でも“A”だけだ。死体みりゃ分かるだろ」 

メビウスは頭を掻き、再び椅子に座り、足を組んだ。

「どうした?俺を牢にでも入れるんじゃないのか?」少し挑発するように言う。

「できねェよそんなこと...証拠もないからなァ..オレはあんたのその言葉が聞けてもう十分だ。」

「お前、やっぱり変わってるな。おっとそうだ、コイツを殺すのは自由だが..一つ言うことがあった。『泉』が危ない。」

信じるのも自由だがな。と付け加えた。


 メビウスが驚いて目を見張る。

「なぜ『泉』のことを...?」

「今この状況ならその力で無理やり聞けるだろ?お前のはそういう能力だ..違うか?」

「状況はもう変わってるんだよ...あんたはもう《ハイメ》じゃない。いや、元々か?

いつからだ?」メビウスの警戒は少しづつ興味に変化していた。

(カクポンタスも止まった...やはりこいつのギフトか...おっと残念、時間切れだ。)


 「さァな?」そう言って、ハイメは

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