#17 儀式
それから。夜も更けてきた頃、周囲の人々がざわざわと動き始めた。
客人だけでなく、稼ぎ時だと屋台を並べていた村人たちもが店を畳んで人の波に乗って行く。
「おい、そろそろ“儀式”が始まるぞ」
そんな村人の声が聞こえてきた。
そういえば、と思い出す。シグレから聞いた話では、祭りではある儀式が行われるのだと言う。
生命や長寿のご利益が有るのだとかで、他所から大勢の人が来るほどのメインイベントだ。
大方の屋台も店仕舞いしてしまった。大方楽しみ尽くしたし、このまま帰っても構わないが――、
「どうする? 俺たちも行ってみる?」
「はい。そうですね。その……まだ終わりにするには、惜しいですから」
ナキはそう言って柔らかく微笑み、俺の服の裾を指の先で摘まむ様に握った。
そのまま俺たちも周囲の人の流れに乗って、儀式の場へと向かった。
儀式の舞台は、神社の社のような出で立ちの大きな神殿だ。
この村で生活していて、遠目から視界に入れた事は在っても、まだ一度も立ち入った事の無い場所だ。
普段は聖域であるからという理由で許可の無い者が近づこうとしたら咎められてしまう。
しかし、それも今日だけは特別だ。
祭りの日は神殿の前に儀式の舞台が作られていて、他所からの客人も含めて大勢がこの場に集まっている。
人混みではぐれない様にとナキの手を引きつつ、それなりに儀式の舞台上が見える位置まで来た。
木造の神殿の前には藁で出来たシートが敷かれていて、そこに“土産物”として持ち込まれたであろう数々の品が備えられている。
そんな作られた儀式場に、真っ白な装束に身を包んだ男女のペア――“番”が三組程と、その前に同じく真っ白な装束の司祭と思われる布で顔を隠した男が立っていた。
「何が始まるんでしょうか?」
「舞の奉納とか、そういうのが有るらしいですよ」
「へえ。楽しみですね」
神殿の中の神の御前――つまり、ヨコシマ様というこの村で崇められている神の御前で行われるという“子を成す儀式”の方は伏せておいた。
それは少々際どい話題で、俺の口からナキには言い辛い。
やがて、メインイベントが始まった。
太鼓の音と共に、正座する三組の“番”を前にして、司祭が
それに合わせて、舞台上では華やかな着物を纏った女性が舞い踊る。
番たちは目を瞑り頭を垂れ、手を組み合わせて拝み続ける。
確かに他所から人が集まって来るのも頷ける程の舞を魅せてくれた。
そう魅入っていると、時期に舞の奉納は終わり、番たちが動き始めた。
近くで儀式の様子を見ていた人の声が聞こえて来る。
「おお! 番がヨコシマ様の元へと向かわれた!」
「ありがたや、ありがたや……」
そう言って、手を合わせて拝み始めた。
村人たちにとって番として選ばれ子を成す儀式に参加するという事はとても光栄な事なのだろうが、その様子がなんとも主教染みていて興が削がれる気がして、俺は舞台の方へと意識を戻した。
一組ずつ、白い装束に身を包んだ男女の番前へと出る。皆一様に裸足のままだ。
水を被って身体を清める。
土産物の山の中から果物を一つ手に取って、それを齧る。
そして、神殿の中へと入って行く。
それを三組がそれぞれ、一様に繰り返して行く様だった。
そんな儀式が二組目に入った頃。
ふと、俺の肩に重みがかかった。
見れば、ナキがもたれ掛かって来ていた。
「ナキさん?」
時間も遅いし眠くなってきたのだろうか。
しかしナキは夜行性なのでそういう訳ではないだろうが――と、様子を見て見れば、少し顔が赤い。
そして、息が荒い。――様子が、おかしい。
「ナキさん!? 大丈夫ですか!?」
明らかに体調が悪そうだ。
「すみません。少し、気分が優れなくて……」
「気付けなくてすみません。人混みに酔ったんでしょうか? 取り敢えず、ここを離れましょうか」
「はい。すみません……」
弱々しく答えるナキに肩を貸しながら、俺は村の外れまで連れて行った。
祭囃子も遠のいて行き、やがて風が木々を揺らす音と鳥の鳴き声だけが聞こえる静かな場所まで来た。
「ナキさん、気分はどうですか?」
「はい。離れれば、少し楽になってきました。どうにも、あの場は相性が良くないみたいです」
「人に酔ったんですかね? ナキさんずっと海で一人だったので、あまり慣れていないでしょうし。気が利かなくてすみません」
「いえ。そうではなくて、ですね――」
と、ナキは口ごもる。
体調が悪い原因は人混みの所為では無い。――では、何だろうか? 食べ過ぎたか?
確かにナキの細い身体には一度に物を詰めれば苦しくもなるかも知れない。
しかしそんな俺の想像を他所に、口ごもっていたナキは、やがて意を決した様に言葉を続けた。
「――タテシマ様が、怖がっていたのです」
タテシマ様が、ナキの内に住む神様が怖がっていたのだ。
だから、あの場とは相性が良くない。
そう言った。
「ああ。ヨコシマ様――別の神様の神殿だから、って事なんですかね」
「そうなんでしょうか。まるで、出会ったばかりの頃のタテシマ様みたいで、とても怯えていて、わたしも胸が締め付けられる様で――」
それで、気分が悪くなった。
気づけば、あの神殿から離れたおかげか、ナキの顔色も少しばかり良くなった様で、息も整っている。
良かった、ひとまずは大丈夫そうだ。
「ともかく、もう帰りましょうか。祭りも充分楽しみましたし」
「そうですね。お菓子もお魚も、美味しかったです」
俺が手を差し伸べれば、ナキはまだ少し辛そうにしながらも少し頬を緩めて、その手の上に小さな白い手を乗せた。
――その時だった。
静かな村外れだというのに、声が聞こえてきた。
声――それは、歌声だ。
村はずれの林に囲まれた空間に、歌声が響き渡る。
その声には聞き覚えが有り、同時に歌にも聞き覚えが有った。
「この歌は――」
ナキの唄う歌と、同じ歌だった。
歌の聞こえて来る方を見れば、林の奥にぼんやりと灯りが見える。
夜闇の中で、気づかなかったが、俺はこの場所を知っていた。
村はずれにぽつんと在る、その場所を。
ナキはふらりと、その歌に誘われる様に灯りに向かって歩を進めていった。
「ナキさん!」
俺も後を追う。
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