第6話:両手に花

「水はこのぐらいでいいか?」

「はい、十分すぎるほどありますっ」


 シェリルとルーシェに出会った翌々日。

 十分な水分補給と、栄養バランスはどうかしらないがしっかり食事をしたことで二人の体力も回復。

 今日、ついにここを発つ。


 にしても、眠い……だってまだ太陽も昇ってないからなぁ。

 けど仕方ないか。

 太陽が出れば気温が上昇して、熱中症で倒れる危険もあるんだから。


 まだ薄暗い砂漠を、俺たち三人は出発した。

 彼女らは星を見ながら方角を確かめているようだ。


 星、めちゃくちゃ綺麗だなぁ。


 しばらく歩くと太陽が昇り、途端に気温が上昇しはじめる。


 もうダメ……って手前で杉の木を植えて日陰を作った。


「はぁ……日陰があるだけで、こんなに違うんだなぁ」

「ユタカさんのおかげで、こうして涼めます。私たちのテントは、途中であのスピュラウスに襲われた時に置いてきてしまったので」

「そうだったんだ。ツリーハウスの種に十分な余裕があれば、都度成長させてもよかったんだけど」


 種は残り九個。二人が暮らす集落まで三日掛かるという。

 遠いからじゃない。

 砂漠じゃ足を取られて歩くのも遅くなるし、日中は暑すぎて歩けないからだ。


「でも本当にいいのですか? 私たちが暮らす集落には、二十人ほどしかいませんの」

「それは別に構わないよ。ひとりじゃないなら、それでいい。むしろよそ者の俺を受け入れて貰えるか、それが心配だけど」

「ま……それは……心配ないわよ。ね、ルーシェ」

「はい。ユタカさんには助けていただきましたから、私たちは大歓迎ですよ」


 元々は小さなオアシスのある村で暮らしていたそうだ。

 といっても二人のご両親が若い頃の話だけど。

 だが二五年ほど前からオアシスが枯れ始め、村人全員に水が行き渡らなくなってしまった。


「じゃあ、少しでも水のある場所を探して村を出たってこと?」

「はいです。半数以上の人たちが村を出て、小さな集落を作って暮らしているんですよ」

「他の集落との交流もあるわよ。まぁ隣の集落まで三日とか四日の距離だけど」


 はは。それじゃあ滅多に交流はないんだろうな。

 どんな所なんだろうなぁ。

 杉を見上げて新天地を夢見る。


「そうだ。日中は日陰でなんとかなるけど、夜はどうするか……やっぱりツリーハウスを」

「でも種が少ないのでしょう? 無理して使わせるわけにはいかないです。それよりこの木」


 ルーシェは杉の木を見上げた。

 しっかりと日陰を確保したかったから、結構成長させたなぁ。


「これ、薪に出来ませんか?」

「え、薪……あっ」


 そうだっ。木なんだから薪にすればいいじゃん。

 いらなくなって出発するときに伐り倒して……どうやって?

 斧なんてないぞ。


「木を伐るための道具が」

「それなら、これが」


 そう言ってルーシェは、自分の大剣を指さしてにっこり微笑んだ。

 ただの大剣じゃない。その刃の幅は、三〇センチ以上はありそうなぶっとい剣。


「じ、じゃあ、夕方の出発の時に」

「はいです」

「そ、それにしても、凄い剣だよね。ずいぶん重そうだけど」

「あ~、はい、どうぞ」


 はい、どうぞって言われても。

 そんな大きな剣……あ、あれ?


 受け取った大剣は、予想外に軽い。


「これは父から譲り受けたものなのです。剣には魔法が掛けられていて、持つ者にとって扱いやすい重さに変わるんですよ」

「重さが、変わる?」

「実際には重いんですよ」

「試しに砂の上に投げてみなさいよ」


 言われて剣を軽く投げてみた。

 するとどうだ。

 ぶぉふっという音と、凄い量の砂を巻き上げて落ちた。


「うわぁ、砂にめり込んでるよ」

「実際は私たちの体重ぐらいあると思いますよ」


 というルーシェに体重を聞いたりはしない。

 

 ここで夕方まで休憩をする。

 朝が早かったのもあって、意外なほどあっさり眠れた。






「このぐらいかな」

「いいんじゃない。このぐらい水分が飛んでれば、燃えやすいだろうし」

「シェリルのお墨付きを貰えたなら、大丈夫だな」

「べ、別に、お墨付きを出してあげた訳じゃないわよっ」


 彼女は頬を染め、慌ててそっぽを向いた。


 日陰用の杉の木は、寿命で倒木寸前になるまで追加で成長させた。

 そうすれば木の水分がとんで、燃えやすくなるんじゃないか――ってルーシェの案で。

 それに伐採もしやすくなったようだ。


 ルーシェが輪切りにした杉は俺のインベントリへ。

 そして歩き出す。


 太陽が沈めば気温が下がり始める。

 寒くなり過ぎれば体力が奪われるから、そうなる前に野営の準備だ。


 焚き火の準備をして、温かいスープを作る。

 具はキャベツと人参、タマネギ。たっぷり使ってお腹を満たせば、疲れもあって瞼が重くなる。


「交代で寝るわよ。野宿慣れしてないようだから、あんたは一番に寝て。見張りをするのは三番目よ」

「あ、うん。ごめん、先に休ませてもらって」

「いいんです。ユタカさん、どうぞお休みになって」


 眠い……眠りたいけど……寒い。

 焚き火があってもこの寒さだ。なかなか眠れない。

 いやむしろ寝たらヤバいんじゃないかって心配になる。


 そういや紙類を服の下に挟むと、寒さ対策になるって聞いたな。


 ノートを鞄から取り出そうと思って開けて思い出した。


「あ、これ使えるじゃん」


 鞄にあったのは、園芸クラブで使うから代理で買って来てくれと頼まれたもの。

 冬場に撒いた種が寒さで枯れないよう、土の上に被せる保温シートだ。


「なんですか、それ?」

「焚き火の明かりが反射して、ピカピカしてるわね」

「保温シートっていうんだ。焚き火を遠巻きに囲むように立てれば、その内側は暖かくなると思う」


 木の枝を砂に立てて、それに這わせるようにシートを伸ばす。

 思った通り。シートに焚き火の熱が反射して、その間の空間が暖かくなってる。


「どう?」

「ふわぁ、暖かいですぅ」

「ほんとだわ。暖かぁい」


 やっぱり二人も寒かったんじゃん。

 これなら眠れるな。


 砂の上に横になって目を閉じる。

 ふあぁ、ぽかぽかするなぁ。

 特に右腕とか――ん?

 左腕も、暖かい……。


 パチっと目を開けてそぉっと横目で左右を見る。

 

 ど、どういうこと?


 右にはルーシェが、俺の腕を抱え込むように眠っている。

 左には見張りのために起きているシェリルが、俺の腕にピッタリくっつくようにして座っている。


 両手に花……って、こういうことを言うのかな。


 あぁ。

 俺、眠れるかな……。


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