第4話:双子の姉妹

「こいつを仕留めるため、三日も追いかけてたのに」

「え、追いかけて」

「えへへ。でも途中まで追いかけられていたのは、私たちなのです」

「シェ、ルーシェ姉さんは余計な事言わな――姉さんっ」


 桃色の髪の子が、へなへなとその場に膝をつく。

 顔色が悪い。どこか怪我でも!?


「大丈夫かっ」

「ルーシェ、しっかりして」


 そう言うと、銀髪の方が恐竜の死体に駆け寄った。

 何をするのかと思ったら、腰にぶら下げた革袋の中に恐竜の……うっ、血か?

 血を入れているのか?


「そ、その血……」

「水がもうないのよっ。これを飲ませるしか――」

「ちょ、ちょちょちょ。待ったっ。水なら持ってるっ」


 この様子だと、脱水症状を起こしかけてるとか、むしろ起こしてるとかかな。

 あんなどろっどろの血なんか飲ませたって、渇きは癒せないだろう。

 むしろ腹を壊しそうだ。


 インベントリから瓢箪を取り出し、栓を抜く。

 それを銀髪の子に手渡した。


「水……なの?」

「うん。飲んで大丈夫。俺も飲んでるから」


 今のところお腹は壊していない。大丈夫だ。


「貴重な水なのに、なんで」

「なんでって、え? だって脱水症状を起こしているんだろう? だったら飲ませなきゃ」


 なんでって聞く方が理解出来ないよ。

 いや、違うな。

 俺はいつでも水を手に入れられる環境に育ってきた。

 そして今も、とりあえずではあるけど水は確保出来ている。


 彼女たちにとって水は、貴重過ぎるものなんだろう。

 生きていくために必要不可欠なものなんだし。


 なんの見返りもなく水を差し出す男なんて、警戒して当然だよな。 


「こうしよう。俺は砂漠で迷子になっているんだ。もし町まで案内してくれるなら、この水を全部譲るよ」

「砂漠で、まい、ご? いったいどこから来たのよ、あんた。見慣れない変な服を着ているし」

「それには長いようで短い話になってしまうんだけど……それよりどう?」


 ブレザーなんだけど、こっちの人の感覚だと変な服なのか……。


 彼女は少しだけ考えてから、無言で頷いた。

 瓢箪を受け取り、桃色の髪――お姉さんに中身を飲ませる。


「君も飲んでおきなよ。水は戻ればまだあるから」

「まだ!? え、戻るってあんた、迷子になっているんじゃ」

「あー、うん。町を探して歩き回って、これはヤバいなと思ったから休憩場所を作ったんだ。そこを拠点にして町を探そうと思って」

「そ、そう。水をそこに隠してあるのね」


 ん? 隠す?


「いや、隠してないけど」

「あんたバカなの!?」

「ケホケホッ」

「あぁ、ごめんルーシェ姉さんっ」


 あぁ、咽ちゃってるよ。


「と、盗られでもしたらどうするつもりっ」

「うぅーん……わざわざ砂漠のど真ん中まで、盗みに来る奴とかいるのかなぁ」

「私たちは砂漠のど真ん中にいるわよっ」


 ぽんっと手を叩く。


「なるほど」

「なるほどじゃないわっ」

「そうだ。そっちのお姉さん、涼しい所で休ませた方がいいだろう。その休憩所に日陰があるんだ。少し歩くけど、来ないか?」

「日陰……ん……そう、ね。ルーシェ、歩ける?」

「俺がおんぶしようか?」


 細身だし、たぶん出来ないことはないと思う。

 園芸クラブで十キロの肥料を三、四袋担いで倉庫と花壇を往復してたから多少、体力にも自信がある。


「へ、変なこと、しないでよ。もし変なことしようものなら、私が矢で脳天を射抜くからっ」

「し、しないって」


 の、脳天を射抜く……やだこわい。


 それにしても、こんな手足も細い子があんな大剣を……。

 銀髪の妹さんも、お姉ちゃんの大剣を軽々と持ち上げている。

 この二人が力持ちなのか、それともこの世界の人たちが平均して力持ちなのか……。


 しばらく歩いて目印の杉の木を見つけた。


「な、なんなのこれ!?」

「え、杉の木だよ。あぁ、砂漠じゃ生えてないか。目印に俺が植えたんだ」

「植えたですって!?」


 歩いて来た方角が分かるように、枝を折ってある。

 折れた枝を背にして再び歩き、次の杉の木を見つけて、さらに歩いて――


「あそこだよ。あの木の中で休めるから、もう少し頑張って」

「き、木の中で休む? どういうことなの」

「まぁ口で説明するより、見て貰った方が分かりやすいから」


 と、ツリーハウスのところまで歩いた。

 はぁ、さすがに疲れたな。


「中に入って。まずはお姉さんを休ませよう」

「すみま、せん、ですの」


 かなり弱っているみたいだな。

 体を冷やしてやった方がいいんだろうけど、氷なんてないしなぁ。

 鞄にタオルが入ってたはずだ。それを濡らして、体を拭いてやるぐらいしか出来ないか。


 瓢箪を一つ収穫して――お、今朝より大きくなってないか?

 成長が早いのはスキルの影響なのか、それとも水が溜まっていくから勝手に成長しているのか。

 まぁどっちでもいい。


 栓を抜いてタオルをしっかり濡らす。


「タオル濡らしてきたよ。これで体を拭いてあげて。俺は外に出てるから」

 

 外に出た俺は、砂の上に落としておいたキュウリとトマトを見に行った。

 いい具合に水分が飛んで、種が取り出しやすくなってるな。

 人参とカブの方も乾燥している。


 にしても……


「砂あっつ」


 裸足で歩いたら火傷しそうだ。


 ……お?


 これだけ熱いなら、もしかしてじゃがいもとか埋めてたら焼けるんじゃ!?

 収穫してあった大きめのじゃがいもをインベントリから取り出し、砂に埋めておく。

 蒸かし芋みたいになるのかな。


 そろそろ中に入っても大丈夫かな?

 俺も一休みしたいし。


 扉をノックしていたけど、返事がない。

 ただのしかば――まさか!?


 慌てて中へ入ると――


「そっか。彼女だって疲れてたよな」


 二人は寄り添って眠っていた。


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