第2話:農業チート

 水の木。

 水が出るのか、水を含んだ実が生るのかは分からない。

 むしろ水なんてまったく関係ないかもしれない。

 でも水が出ると信じて、いや信じたくて成長させた。


 木というよりは太い蔓が数本、縄のように巻き付いたような植物だ。

 だけど実はついていない。

 幹を切ったら水が出るだろうか。

 切る――道具がない。


 うあぁぁ、もうダメだ。

 せっかく、せっかく希望が見えたってのに。


 いや、そうだ。別に水でなくてもいいんだよ。

 野菜。野菜の木だ。

 水分の多い野菜でも実ってくれれば――。


「こ、れ……"成長促、しん"」


 芽吹いた種を砂に植える。それからまた成長させて、今度は見た目普通の木に成長した。

 いや、訂正。

 全然普通じゃない!


「なん、だ、これ。一本の木に、野菜が……」


 太い枝の一本一本に、それぞれ違う野菜が垂れ下がるようにして実っていた。

 野菜。野菜、やさい、ヤサイ。


「あ、あったっ」


 力を振り絞って木によじ登る。

 太い木は幸い、背丈はそう高くはない。それに小枝のおかげで足を掛ける場所もある。

 伸ばして掴んだのは、真っ赤な実のトマト。


 そのままかぶりついて、


「くうぅぅ、生き返るぅ」


 瑞々しい!

 あ、キュウリもあるじゃないか!

 カリッカチと歯ごたえもあって、それでいて水分も補給出来る。

 最高だ。


 木のおかげで日陰も出来た。

 ただこの木、それぞれの野菜の葉が少しあるだけで、木自体の葉はなく十分な日陰とは言えない。

 太陽が真上に来たら日陰もなくなるだろう。


「ツリーハウス……ハウスってことは家か?」


 種はどれも一〇粒ずつ入っている。一つぐらいお試しで使っても大丈夫だろう。


「"成長促進"――お、おぉ」


 成長する! めちゃくちゃ大きくなる!

 縦というより、横に。

 どんどん太くなっていく木には、野菜の木と違ってもさもさと葉が茂っている。

 おかげで充分な日陰が出来た。


「扉がある……中に入れる、のか?」


 木に掴まりながら立ち上がって開けてみると、中は空洞になっていてまさに部屋って感じだ。

 何もない部屋。だけど涼しい。


「そうだ」


 まずは体力をしっかり回復させなきゃな。

 実っているのはトマトとキュウリ、それからじゃがいも、人参、カブもある。

 人参とカブは逆さまに実ってて、ちょっと笑えた。


 全部を収穫する体力はなさそうだ。

 生でも食べられるトマトとキュウリを優先して収穫し、あとは一つ二つ採ってツリーハウスの中へ。


「はぁ、涼しい」


 キュウリうめぇ。


「インベントリ・オープン」


 改めて見ると、いろんな種入ってるなぁ。

 まぁ逆に言うと、種しか入ってない。

 農業チートスキルだし、そんなもんだよな。


「はぁ、これからどうするかなぁ」


 キュウリを齧りながら、呆然と天井を見た。

 なんか天井が波打って見える。

 いや違う。


 俺の目が回ってんだ!?


 うぁ……眠気……半端、な……。






「うあぁっ!? ゆ、夢?」


 クラブを終えて教室に戻ったら洞窟で、スキル鑑定とか捨てられて砂漠に飛ばされたとか、そんなバカなことが――


「あった……」


 見慣れない天井。何もない部屋。

 扉を開ければそこは、砂漠。


「夢じゃない」


 膝から崩れ落ちた。


 白み始めた空が、なんか虚しさを倍増させている。

 朝、か。かなり長いこと眠っていたみたいだな。

 

「スキルを使うと、マジックポイント的なものが減るんだろうな」


 回数なのか、それとも成長させた時間・・なのか。

 野菜は数カ月単位だろうけど、ツリーハウスは年単位だろうしなぁ。


 起き上がると、とりあえず腰が痛い。

 床に直接寝てたしな。

 ただ眩暈はしないようだ。


 昨日の野菜の木を見ると、残していた野菜が早くも変色していた。

 この木、種は実るのかな?

 昨日のこともあるし、ちょっと心配だけどやらない訳にもいかない。


 種が出来るまで成長しろと考えながら、野菜の木にスキルを使う。


「あー……なるほど。個々の野菜で種が出来るのか」


 木、ではなく野菜の方にそれぞれ種が実った。

 キュウリとトマトは変色し、中の種を採れってことだろう。

 砂の上に落として、そのまま放置しておこう。

 日中丸一日置いておけば、乾燥するだろうし。

 

「うぅ、さむ。中でトマトでも食おう」


 砂漠は日中暑く、太陽が沈めば寒い。知識としては知っていても、実際体験するとマジで寒いな。

 冬服でよかった。

 これ夏服だったら耐えられなかっただろ……ん?


 ツリーハウスに戻ろうと踵を返すと、向こうの植物――水の木に実が生ってる!?


「あれって瓢箪かっ」


 砂を蹴って駆ける。

 やっぱり瓢箪だ。三〇センチほどのサイズの瓢箪が一つ。それより一回り小さいのが二つ実ってる。

 

 水の木……この実の中にまさか?


 揺らしてみると、ちゃぷんと音がする。


「入ってる!」


 掴んで瓢箪を回転させた。

 ぷつんっと、ヘタのところから取れる。


「へぇ、ヘタが蓋のようになってるんだな」


 コルクの栓みたいだ。

 ぽんっと抜いて、中身を少し出してみた。


 水だ。どこからどう見ても水だ。

 水……水……。


「み、みずうぅぅーっ!」


 瓢箪に口を付けてぐびぐびと喉を鳴らせる。

 あ、思わず飲んでしまったけど、大丈夫だろうか……。

 いや、今更か。


 無味無臭。

 さっき出した時も完全な透明だった。

 大丈夫だいじょうぶ。


「っぷはぁー、生き返るぅ」


 野菜の水分もいいけど、やっぱり水で渇きを潤す方がいい。


「よし。これも収穫してっと」


 瓢箪をひとつ収穫して、インベントリに入れてみる。

 お、水の入った瓢箪(小)って表示された。

 飲みかけの奴は(中)と出る。


 あとはトマトとキュウリを入れて、


「さぁ、町を探すか」


 ここを拠点にして周囲の探索をしよう。

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