第2話 N県市立丘野小学校 6年2組 教室内

大久保 徹



 学校帰りに少し探検に行ってみようと誘われた。


 なんでも、あの家だった。


 ぼくは、知っているから。あまり近寄らないようにしていた。


 窓際からのギラギラとした太陽は、ぼくの机に大きな影を生み出している。

 ぼくの友達でこの教室の中で、一番大きい男の子の影だった。


「なあ、ちょっと見てくるだけだよ」

「うん」

「いいだろ。そうだろ」

「うん。あまり気は乗らないけど。……いいよ」


 6-2の教室の喧騒が、急に静かになった気がした。

 

 ぼくは耳を摩った。 

 

 下校時間になると横断歩道を渡り、あのゴミ屋敷まで二人で歩いていく。大きな男の子は興奮している。なんでも、ゴミ屋敷だし。それは当然なんだ。


「ねえ、外から少し見るだけにしようよ」

「バカかお前。家の中を見るんだろ」

「えええええ」

「だって、見たいじゃん」


 付近はシンと静まり返っていて、学校の教室から何もかもが無音だった。

 まるで、ぼくだけが音の無い世界にいるみたいだ。


 きっと、心が不安でしぼんでいくからだろう。


 鼻に少しだけ悪臭が漂ってきた。

 元は良い人の普通の家だったけど、今ではゴミ屋敷だった。


 住んでいた人は昔は綺麗好きだったとか、収集家だったとか、三年前から色々と言われるようになっていた。


 ぼくも顔を知っている。

 岩見さんは、とても良い人だった……。


 そうだ。

 ぼくの頭を優しく撫でてくれたし。

 袋一杯のお菓子をくれたこともあった。

 

 三年前のあの皺だらけで柔らかい笑顔は今でも忘れていない。


「ここから入ってみよう」

「うん」

「もう誰もいないんだし」

「そうだね」


 ポリ袋の山をどかして家の中に入る。

 家の中は意外なほど綺麗だった。

 片付けられていて。それでいて、生活感がある。


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