8店目「襲撃者をも食らう!異世界料理の力強さを垣間見る 後編」

しばらくするとアインツが村長の家から戻ってきた。

これで正式に角ウサギの討伐依頼を受注することになったのだ。

村長曰く、しばらく前より領主に惨状を伝えてはいるが、まともに取り扱ってはくれないようだ。

どうやら襲撃しているのが角ウサギということが原因だろう。

角ウサギは魔獣の中でもランクが低い。

そのため、この案件が後回しにされている。


襲撃は毎日ほぼ一定の時刻に行われるらしい。

日の入り前の薄暗くなる直前だ。

やつらの来る時間には村人はみな家にこもり、角ウサギ達が去るのを祈りながら待っている。

待ちきれず飛び出した村人たちは、瞬時に角ウサギたちの角の餌食となったのだ。

もうこれ以上の犠牲者を出してはならない。


僕らは時間までいくつもの罠を準備し、住民たちには決して外に出ないように村長に伝えてもらった。

綿密な作戦を練りながら、僕らは角ウサギたちの襲撃に備えた。

襲撃が来るであろう時間にはまだまだ時間があるにも関わらず、全員が緊張の面持ちをしている。

必要なこと以外、誰も話そうとはしない。

体だけでなく、心までも戦闘態勢をとっているのだ。



グー。


ピリピリとした雰囲気の中、突如僕のお腹がなり響く。


呆気に取られる一同だったが、ミトラは笑いをこらえられなかったようだ。


「アハハハハ!ミツル、あなたこんな時もお腹を鳴らすなんて!」


ミトラは、お腹を抱えて笑っている。

恐らくミトラもこの緊張した雰囲気に耐えられなかったのだろう。

無邪気に笑う姿は、年相応の幼さを感じる。


「ぷっ、旦那らしいな。まだ時間もあるし、どこかで腹ごしらえでもするか?」

「確かにそれもいいだろう」


アインツもセリナも苦笑しながら答える。


「それならいい店を知っている」


先日入念に下調べした僕は、もちろん食堂についての調査も怠っていない。

ほとんど村人のみが利用する、この村唯一の食堂があるのだ。

ただ、こんな状況の中営業しているかはわからない。

でも、行くだけの価値はあるだろう。


「さすがトラ顔紳士ね。食べるところのチェックは忘れないわね」


ミトラが嫌味まじりに言うも、その目は期待に満ちている。


「では、そこに行くとしよう」


全員がお店に行くことに合意し、僕たちは村の中心部へと向かった。




お店は村長の家から10分ほど歩いたところ、丁度村の中央部に位置していた。

ほとんど民家と同じ造りで、【家庭料理 ミネ】とお店の名前の書いた看板がかかっている。

このお店も同様に角ウサギの襲撃を受けており、店のあちこちに穴が穿たれている。


ギィッ。

ドアを開け、中に入る。

お宮にはシャンデリアやランプなどは無いものの、窓が数多くあるためか意外なほど明るい。


カウンター席が四席に、テーブル席が二台。

こじんまりとした小さなお店だ。


お客さんどころか店主の姿も見えない。

やはり営業はしてないのだろうか?


「いらっしゃいませ」


僕たちが店に入る音を聞きつけたのか、女性店主らしき人が店の奥から現れた。

50歳前後くらいだろうか、割烹着にも煮たエプロンを着た彼女は店主というより女将のようだ。


「店主、この店は開いているのか?


アインツが彼女に尋ねる。


「はい、営業中です。お客さんたちは冒険者の方ですよね?なんでもうさぎを追っ払ってくれるのだとか」


女将にも話は伝わっているようだ。

それほどこの村の人は僕らに期待しているのだろう。


「今こんな状況なので、材料はあり合わせのものしか無いですがよろしいでしょうか?」

「それは構わない、無理を言って申し訳ない」

「いえ、それなら大丈夫です。料理が出来次第お出ししますので、カウンター席にお願いします」


僕らはカウンター席に座ると、フォークやナイフ、スプーンを用意してくれる。

女将は僕らの目の前で調理を始めた。

いわゆるオープンキッチン方式だ。

料理と女将との会話も楽しめるというスタイルのようだ。


「お客さんはこの村の人が中心なの?」


ミトラは調理中の女将に質問する。


「こんな村ですから、外部からの観光客はほとんど来ないです。独り身の男性が多い村なんで、こういうお店も大事なんですよ」


包丁で具材を切りながら、女将は答える。

カウンター越しに見える女将の包丁さばきは見事なものだ。

丁寧に素早く具材を切り分けていく。


「はい、まずはこちらをどうぞ。きのこのビネガー和えです」


白磁の陶器にきのこを薄く切ったものや、アスパラガスに似た野菜が綺麗に盛り付けられてある。

うっすらと香る酸味が、僕の食欲を掻き立てる。


うん、旨い。

きのこのくにゅっとした食感と、野菜のコリっとした食感の対比が面白い。

かかっているタレも、さわやかな酸味だけでなくゴマの風味と甘味を感じる。


「こちらもどうぞ。天竺豆と根菜のスープです」


ティーカップくらいの大きさの底の深い陶器に、ドロっとしたとろみのスープがたっぷりと注がれている。


天竺豆というのはこの辺りで育てられている、大豆のような見た目の豆類のようだ。

貴重な栄養分であるため、様々な料理にも使われるらしい。


ズズッ。

このスープも旨い。

豆のスープは日本でも食べることが多かったのだが、やはりベースとなっている出汁が違う。

魚介とも獣の出汁とは違う、独特の香ばしさと深い香りを感じる。


「それは隠し味にクロウラーの幼虫を使っているんです」


クロウラーとは大きく育つと体長1m以上になる芋虫型の魔獣だ。

昆虫類の中でも、特にその身の美味しさが特徴的であるようだ。


「クロウラーの幼虫をしっかり乾燥させた後、それを粉末状になるまで砕いて使用します。そうするとクロウラーのエキスがスープにしっかりと溶け込みます」


あっ、うん。

美味しいけど、姿を想像してしまうとちょっと……。


「はい、出来ました。角ウサギの足のローストです」


お皿の上に盛りつけられたのは、チキンレッグを彷彿させる大きなウサギの足の骨付き肉。

ある程度火を入れた状態で保存しておくようなので、お店で出すときはさっと火を通すだけで良いとのことだ。


そもそも自分たちを襲撃してくる魔獣を食べるなど、この世界の人々の力強さには驚かされる。


数日間特製のタレに漬けこんでいたため、火を通すと香ばしくオリエンタルな香りがお店中に広がる。

きつね色の焼き色とてかてかの照りが僕のよだれを誘う。。

皮は見るからにパリッパリ。

これはかなり期待しても良いだろう。


早速足を手に取り、豪快に頬張る。

パリッと心地よい皮の食感の後に、じゅわっと飛び出る大量の肉汁。

脂の甘味とコクが得も言われぬ快感を与えてくれる。

肉の味自体は鶏のモモ肉に似ている。

鶏よりも脂身が少ないためか、濃厚な味わいの割には重くはない。

これならもう一本くらいは楽に食べられるだろう。


最後にお茶を飲んで一息。

戦いを前に心身共にリラックスできたようだ。

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