ナンヤロナ……〜第二話〜「吐き気」

「何やろな~一昨日から吐き気が止まらん…」

 本日は晴天で、他のビルよりもあべのハルカスが君臨しているように見える最上階の社員食堂で、藤井は同期の高橋にそうボヤく。

「なに?食あたりか?」

「ちゃうと思う。食あたりになりそうなもん食うてへんもん」

 藤井は、あべのハルカスへ視線を移す。

「そうか…風邪ちゃうの?胃腸炎ってやつ」

「ハハハ。まさか〜そこまで大事おおごとではないわ~」

 とんかつ定食を食べている高橋を見て、胃の物が逆流してきそうになる。

「ちょっと、トイレ」

 藤井は立ち上がり、おぼつかない足取りで向かう。

「あら〜絶対胃腸炎やって〜食べられへんのに食堂来てもうて…」

 高橋は独り言を言いながら、藤井の背中が小さくなるまで見続けた。

 トイレに行ったまま帰って来なかった。


 休憩時間が終わり、高橋は藤井のディスクに駆け寄った。

「全部出たんか?」

 と問うた。

「それがな…えづくだけなんやて~まあ、ゼリーしか食うとらんからな~」

 首を大きく回して、肩を上下させている。

「あ…また吐き気してきた」

「そんなに首回すからやんけ。アハハ」

 高橋が爆笑すると、課長が鋭い目つきで二人を睨みつけた。

「ちょっと…トイレ…」

 藤井が席を立つ。

「アホやな~あいつ。自分で自分の首絞めてるやん」

「あいつ…意外と背が高いな〜」

 遠くを見る様な眼差しで『吐き気』に苦しんでいる同期を見つめるのであった。


「あの〜藤井さん具合悪いんですか?」

 そこそこの美人である後輩社員の石川が、高橋を見上げながらそう言った。藤井とはディスクが隣同士だ。 

「なんか、あいつ一昨日から吐き気するんやって」 

「ひぃぃぃ〜!!」

 両側にある髪の毛を上に引っ張りながら、椅子ごと遠ざかった。

「ど、どうした石川!」

 課長が驚きながら、前のめりになっている。

「ご、ご、ごめんなさい…だ、だ、大丈夫です…」

 髪の毛を整えながら席に着く。

「どうしたん?悲鳴なんか上げて」

 高橋は石川と同じ視線になる格好で呟く。

「じ、実は、わ、私、『嘔吐恐怖症』でして……ウィキペディアで検索したらどんな病気か分かります……藤井さんは、胃腸炎でしょうか?」

「俺に聞かれても分からん…吐き気がするってゆうだけで……」

 石川に告げられた聞いたこともない「病気」に物憂げな表情で応えた。


 藤井が帰って来るなり、石川は自分のバッグからマスクを二枚程取り出し、密着させる。そして、藤井から遠ざかる様に仕事をし始めた。ブラインドタッチが上手い石川だが、肩に力が入りゆっくりと文書を打ち始めている。それを見た高橋は、藤井を室外へと呼んだ。


「おまえ……はよう病院行った方がええぞ!」

「何や急に……」

 高橋に言われて、藤井は目を見開く。

「おまえのお気に入りのな、石川さんな……嘔吐……」

「何や、はよ言えや〜」

「ごめん、え〜っと、嘔吐恐怖症って病気やねんて」

「はぁ!?何やその病気?」

 さらに目を見開く藤井。

「ウィキペディアで調べたら分かるらしい。え〜と…『嘔吐恐怖症』」

 高橋は携帯を取り出し、検索マイクを使って調べて見ると、機械的な声と共に病気の情報が画面に浮かび上がる。

「ほ〜パニック障害の一種やて……」

「ん?パニック障害聞いた事あるな~」

 藤井は、仰向いて言い放つ。

「なんか、吐くのが怖いとか、人が吐くのを見ると恐怖に陥るとか、書いてあんで」

 二人は室内を見やると、石川と目があった。石川は、慌てふためいている。

「なぁ?石川さんの顔……青白いぞ…」

 高橋は、藤井の表情に目をやる。

「分かった!明日、病院行ってくるわ~」

 室内に戻った二人は、それぞれの席に着く。

 石川は、明らかに藤井から距離をおいている。そんな態度の彼女にショックを受けていた。すぐさま、課長に明日付けの早退届を出しにいく。吐き気がなければ、彼女は元通り笑顔を取り戻してくれれば良いなと切に願う。


 自宅近くのクリニックへ行く最中も、吐き気がしていた。

「ホントに何やろな~この吐き気……」

 ため息と共に呟く。

 クリニックに着いた藤井は問診表を書き入れ、順番を待つ。


「藤井様〜こちらへどうぞ〜」

「はい!」

 即答し、診察室に入った。

 

「え〜と、吐き気が止まらないという事ですね~」

 四角い眼鏡をかけた医師が問いかける。

「はい。風邪とかではないと思います。下痢をする事もありませんので…」

「なるほど……でも、季節性の胃腸炎の可能性があるかもしれないので調べて見ますね」

 医師が、眼鏡のブリッジを押し上げる仕草をした。藤井は如何にも「医者らしいな」と思う。


 


「え〜診断結果なんですが……」

 難しい顔をしている医師に、

「どうしたんですか?どこか悪い所でも…」

と藤井が神妙に応える。

「想像妊娠ですね」

「はい!?」

「想像妊娠と考える他ないんですよ……」

 真面目に物申す医師に向かって

「まさか!?……アハハハ!アハハハ!」

 藤井は、大爆笑した。

「さっき、待合のテレビで見ましたわ!アハハハ!」

 先程、『サザン花』のM1グランプリ優勝ネタである『男の想像妊娠』を見たばかりであったとさ。


終わり

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