冤罪で処刑されたので復讐します。好きで聖女になったわけじゃない

かずき りり

第1話

「マリー! お前のような偽聖女との婚約を破棄し、私は本物の聖女である、デザイア公爵家のローズ嬢と婚約する!」


 王城で、聖女に対する感謝の意を示した舞踏会が行われている最中、私の婚約者であるエリオット王太子殿下は、声高らかに宣言した。

 この場には国中の貴族、つまり中には国の中枢を担う大臣達も居るし、神殿関係者である大神官達も居るのだ。

 しかし、その人達は殿下の宣言に対して狼狽える事もなければ、止めに入る事もしない。つまり、この舞台は仕組まれていたのだろう。


 ――望んで聖女になったわけではないのに。


 ギュッと拳を握りしめた。

 聖女の神託が下ったと言われ、平民であった私は問答無用で神殿へ連れていかれた。そこでは平民上がりの聖女として朝から晩まで働き詰めの毎日。

 国への祈りは勿論の事、掃除から洗濯など自分の事は勿論、挙句の果てには神官達の分まで全て。……どんな使用人扱いだと言うのだろう。

 そして質素を掲げている神殿だが、私への料理は残り物も良いところだった。

 ただでさえ肉なんて贅沢なものは出ないのに、貰えるのは何日か前に残ったカビの生えたパンと、残った野菜屑の入ったスープを薄められたもの。神官達は普通の食事をしているというのにだ。

 ……ちなみに、畑の世話も私がやらされている。自給自足と神殿がうたっているからだ。

 王太子殿下との婚約だって、望んでいたわけではない。

 民と寄り添う為に、聖女は王家に嫁ぐものだとして、勝手に結ばれたのだ。そこに私の意思なんて全くないし、好意なんて皆無だ。

 民から王家への忠誠心や、王族の威厳の為だろう。聖女を無理矢理、国に縛り付けているとしか思えない。


 ――そう、私はただ利用されてきただけだ。

 ――家族を人質に。


 何度も脱走を試みた。逃げ出そうともがいたし、必死に訴えもした。

 けれど、聖女を輩出した家だからという理由で家族に援助をしていると言われれば、耐えるしかない。今日食べるパンを買うのでさえ苦労していたのだから。援助があれば、少しは楽に暮らせるだろう家族を思って、ずっと耐え忍んでいただけなのだから。

 でも、それももう終わりだ。本物の聖女が現れたと言うのであれば、私はもう自由の筈だ。


「婚約破棄、受け入れます」

「待て!」


 まだ何かあると言うのだろうか。

 せいぜい国から追放されるだけだろうと思い、喜々とした気持ちを噛みしめながら会場を出ようと振り返った私に、王太子殿下は声をあげた。


「偽聖女を騙った罪、許されると思うな!」


 は?

 言っている意味が分からず、脳が一瞬思考停止をしている間に、私は近衛騎士達に囲まれる。

 問答無用で地面に叩きつけられ、力任せに両腕を背中に回され、まるで人権のない罪人のように引きずられて会場を出される。

 クスクスと笑う貴族や神官達の声と、高笑いする王太子殿下の声を耳に残しながら。






 誰も聖女だなんて騙っていない。

 神託で選ばれたとか勝手な事を言って、無理やり家族と引き離して神殿へ連れて来たのは大神官達じゃないか。

 私は聖女になんてなりたいと思った事なんてない。家族と苦楽を共にしながらも、毎日笑顔で暮らしたかっただけだ。

 暗くて湿気の多い牢屋に閉じ込められた私は、時間が経つにつれて頭の中が整理できてきた。そんな時、カツンカツンと足音がこちらへ向かってくるのに気が付いた。


「無様なもんだな」


 やってきたのは王太子殿下で、私の情けない姿を見たかったのか。かび臭いのを耐えるようにハンカチで鼻を抑えながらも、その目は楽しそうだ。


「私は聖女を騙っておりません。神託が下ったと言われ、神殿へ連れてこられたのです」


 無実を証明する為にも、しっかり説明をと思い、頭を下げた状態で言葉を紡いでいく。


「本物の聖女様が別にいらっしゃるというのなら、それを受け入れます。私は自分が聖女である事を望んでもいません。家族と共に国を出て行きます」


 自由になりたい。

 今からでも良い、自由に暮らしたい。

 その思いだけを切望して、王太子殿下の言葉を待っていれば、いきなり高笑いが耳についた。

 何がおかしいのだろう。王太子殿下はハンカチで鼻を抑えるのも忘れ、顔を上げて大口を開いて笑っている。


「お願いします!出してください。国に迷惑などかけぬよう、家族共々出ていきますので!」

「もう死んでいる」

「え?」


 笑いながら言う言葉が、よく聞こえなかった。否、ただ脳が理解するのを拒んだのだろう。

 そんな私の様子すら面白いと言った風に笑う王太子殿下は、私の脳に刻む込むように、力強く反復した。


「だ、か、ら! お前の家族はもう居ない! とっくに死んだ!」


 ――嘘だ。


 そんな言葉も紡げなくて、ただパクパクと口を動かした。

 脳が、追い付かない。

 嘘だ。信じない。そんな現実なんてない。

 言われた言葉を否定するかのように首を振れば、その様子を見た王太子殿下は更に笑う。

 何がそんなに面白いの! そう怒鳴りたくても、声も出ない。


「お前の家族に援助なんて、最初からしていないさ! そんな無駄金、払うわけないだろう!」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。


 ――家族の為に、耐えた。

 ――家族の為に、頑張った。

 ――今日食べるパンにも困らないように。


 でなければ、とっくに私は逃げ出していたのに。

 家族の元へ帰っていたというのに。

 例え途中で獣に襲われようと、今の生活よりはマシだと。聖女である事を全面的に放棄して出て行ったというのに。


「あ……あぁ……あぁあああああ!!」

「あはははははは!!」


 私の絶望の叫びと比例するかのように、笑い声をあげる王太子殿下。

 一筋の涙を零しながら、私はその悪魔のような存在を睨みつけた。


「クズが死んだのに涙を流すとか! 流石聖女サマだなぁ」


 馬鹿にしているのか。

 家族が死んだと聞かされて、平然としていられるわけがない。挙句、私を騙していたとも分かったのだから。


「家族が死んだのは、お前のせいなのにな?」

「……どういう事ですか」


 私は、家族の為に聖女として生きていた。

 必至に下働きのような生活をしていただけだ。まともな食事も与えられない状態で。

 それで何故私のせいだと言うのだろう。

 ポカンとした私を馬鹿にしたような目で見下しながら、王太子殿下は口を開いた。


「偽聖女を輩出した家族に、誰が物を売る? 最低限必要な食べ物どころか、水すらもな!」


 頭の中が真っ白になる。

 血の気が引いたように、手足の先まで冷えていくのが分かり、背筋にブルリと寒気が走った。


「草を食って、泥水をすすっていたが、結局は病気になり餓死したそうだ!」

「な……んで」


 何とか絞り出した言葉。


「平民達は馬鹿だからなぁ。偽聖女の家族を庇って巻き込まれたくなかったんだろ。誰も助ける奴は居なかったそうだ」


 嘘よ。嘘。

 だって、隣の家に住んでるおばさんも、前の家にいたおじいさんも、皆優しくて……。

 村ではいつも、皆が一丸となって生活していたのに。


 ――そうだ、嘘だ。


「嘘よ。偽聖女だなんて噂、そんな辺境の村に、私より先に伝わる筈がないもの」


 言い聞かせるように呟けば、王太子殿下はお腹を抱えて、更に笑い出した。

 何で、この人はこんなに笑えるの。

 どうして、そこまで楽しいの。

 どこが面白いと感じられるの。

 ある意味で狂気めいた行動に、私は気味の悪さまで覚える。


「ほんっと、馬鹿だな」


 散々笑った後、一息ついて呼吸を整えた王太子殿下は、吐き捨てるように言った。


「神殿に籠るしか能のないお前が、ただ広がっていく噂を知らなかっただけだ。世間知らずもここまで来ると、罪だな」


 ――あ。


 そうだ。

 私は朝から晩までずっと働きづめで、神殿の外に出る時間なんて到底とれない。それこそ国関係でどうしようも出来ない事だけだ。

 更には、私が情報を知る手段としてあるのは、神官達との会話だけでしかない。と言っても、関わる事すらほぼなくて、口を開けば罵られるだけだったわけだけど。

 つまり、誰かから言われなければ、知らない。

 内にこもった、一人だけの、小さな世界で生きていたのだ。


「あ……あぁ……」


 そして、家族に援助しているというのも嘘だったのならば、家族が笑顔で元気に暮らしているという報告も嘘だったのだろう。


 ――私は、馬鹿だ。


 今更ながらに後悔しても遅い。

 そんなのは分かっているけれど、襲い来る絶望に心が壊れそうだ。

 そんな私に王太子殿下は、追い打ちをかけるような言葉を放った。


「死体は森の中へ打ち捨てた。獣に食われて跡形もないだろう」

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