第50話 小天狗堂の彩光2-⑸


「飛田さん、今お忙しいですか?」


 編集部にふらりと姿を現した天馬は、烏天狗のおとぎ話を採用したものかどうかで悩んでいる流介に向かって囁くように言った。


「忙しいというか……思うようにまとまらなくてね」


「では、気分を変えるついでに安奈の店に来てもらえませんか。会って欲しい人がいるのです」


「会って欲しい?僕にかい」


「ええ。飛田さんにです」


「参ったな。執筆もそろそろ大詰めなんだが」


「こっちの用事も大詰めですよ。……では、先に行って待っていますよ」


 天馬は用件のみを一方的に告げると、慌ただしく流介の元から去って行った。


 細かい仕事を片付けた流介が酒屋に赴くと安奈と天馬、そして見たことのない男性がそつのない笑みを浮かべて流介を出迎えた。


「はじめまして。私は松風町で乾物商を営んでいる茅部かやべと申します。主に昆布や烏賊、鮭、鱈、氷下魚こまいなどを扱っております」


「はじめまして。『匣館新聞』で読物記事を書いている飛田と申します」


「この方はうちの取り引き先で、烏賊いかを納めて下さっている方です、飛田さん」


 安奈のよくわからない紹介に、流介は目を白黒させた。


「烏賊を?酒屋に?」


「はい。『匣の館』の裏料理で『烏賊徳利いかどっくり』という物をお出ししているんです」


「烏賊徳利?」


「熱くした酒を徳利型にした烏賊に入れて呑むのです。烏賊には酒が染み、酒の染みた烏賊は炙れば肴になるというわけです」


「その乾物屋さんが、なぜ僕に……」


「実は私、中島町の『郷田七兵衛商店』によく酒を買いに行くのですが、七兵衛さんのお子さんの事で気になる話を小耳に挟んだので、記者さんにも聞いてもらおうと思いまして」


「気になる話?」


「はい。実はしばらく塞いでいた上のお嬢さんがこの頃、気の病に取りつかれたのか「烏天狗が迎えに来る」と言いだしたそうなんです」


「烏天狗が?」


「それでご主人もすっかり困ってしまい、あちこち医師や薬屋を訪ね歩いているそうです」


「ううむ、これは写真の件が尾を引いているのに違いない。助言できることがあれば訪ねて行くところだが……」


 流介が途方に暮れていると、突然天馬が「飛田さん、もう一度中島町に行きましょう」と切り出した。


「えっ、馬車でかい?」


「今度は海路で行きましょう」


「海路で?」


「湾の西側――つまり弁天側の港から東のともえ側に湾を横切って行くのです。これなら僕の「家」でもあっという間です」


「まさか『幻洋館』でかい?」


「ええ。何度も行き来していますから、おしゃべりしながらでも充分、行けます。湾を横切る間に、これまでにわかっていることを整理しましょう」


 天馬はそう言うと、いつもの不敵な笑みを浮かべた。


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