第13話 畏怖城の残光2-⑷


「団員が消えた?二人も?」


 大三坂の下にある交番で花夢曲芸団のその後について尋ねた流介は、兵吉からの思いもよらぬ新情報に背筋がざわつくのを覚えた。


「その二人というのは?」


「綱渡り芸をしていた猿渡龍男と、正しくは団員ではないらしいですが曲芸の合間に舞を披露していた江島小梢という女性です」


「ああ、やっぱり……」


「やはり、というと?」


「実はその、綱渡りをしていた方の人が『言の葉堂』で佐井さんが持ちこんだ古地図について聞き回っていたらしいんです」


「なんと……するとその男が下手人である可能性がぐっと高まりますね。小梢という娘の方は?よもやその娘が綱渡りの男と二人で共謀して熊使いを殺したとも思えませんが」


「いや……小梢さんに関しては特に怪しい話は聞いていません」


「そうですか……とはいえ、二人の人間が同時に消えるというのはかなり気になりますが」


 兵吉は語尾を濁すと険しい顔で口を結んだ。怪しいとはいえ、ただ休んでいるというだけであらぬ疑いをかけていてはまともな捜査にならない。


「で、二人は現在、どうしているのですか?」


「それが、二人とも家に戻っていないようなのです。猿渡さんの方はもともと、どこに住んでいるのかよくわからないこともあり戻って来るのを待つほかはないのですが、江島さんは働いている末広町の『白藤』という文具店のご主人によると「十日ほど」暇をください」と言って休んでいるみたいなのです」


「十日も……それは長いですね」


「お店はここからすぐのところにあります。猿渡さんの方は少々、謎が多いこともあり行方は追わない方が無難でしょう。『白藤』に行って江島さんが事件とは関係なさそうな感触を得られれば首尾は上々なのではないでしょうか」


「ううん、兵吉さんにそう言われちゃなあ。わかりました、その文具店を訪ねてみます」


 流介は暗号はひとまずお預けだな、と思いつつ兵吉に一礼して交番を辞した。


                 ※



「このあたりだと思うんだが、もうちょっと先かなあ」


 青柳町にあるという小梢が働く文具店『白藤』を訪ねてきた流介は、それらしい店構えの建物が見つからずぼやきを口にした。


「さて、もう一、二町行ってみるか引き返すか……おや?」


 流介の目がとらえたのは、少し先の角に停まっている馬車とその傍らに立っている二つの影だった。


 ――あの人は!


 二つの影のうち一方は背の高い褐色の肌の男性で、もう一方は色白の見覚えある若い女性――江島小梢だった。


 ――とにかく、話しかけなければ。


 流介が歩調を速めようとしたその瞬間、小梢が気後れする素振りを見せつつ馬車に乗り込むのが見えた。まずい、このままでは行かれてしまう。


 流介がここからでも呼びかけようかと口を開きかけた直後、男性が御者を促し馬車が勢いよく走り出すのが見えた。


 ――ああ。


 馬車は流介とすれ違うと、土埃を上げてどこかへ走り去って行った。


 ――行ってしまった……これでは到底、追いつけない。


 佐井の死と猿渡の行方に関して何か知っているのなら、何としてでも聞くべきだった。


 流介は思わず歯ぎしりすると、もう小梢がいないことがはっきりしている『白藤』を求めて再び歩き始めた。


               ※


「小梢ちゃん?確かに十日ほど休みが欲しいとは言われたけど……身内の方ですか」


 交番から一町ほどの場所にある文具店『白藤』の主は流介のぶしつけな問いにそう答えると、訝しげに眉を寄せた。


「あ、別に怪しい物ではありません。実は私『匣館新聞』の記者でして」


「新聞記者?」


「はい。先日、花夢曲芸団の見世物興業を見に行きまして、そこで小梢さんが踊っている所を見たのです。その同じ日に曲芸団の団員が不幸な事故に遭うという出来事がありまして、団員さんやお巡りさんから話を聞いて回っているのです」


「ああなるほど、彼女が急に姿を消したので怪しんでいる人たちがいるというのですね?」


「そういうわけではありませんが……」


「あの子は事件に関係するような子ではありません。宮司さんが養父の方から預かった子で、神楽の名人でもあります。真面目で働き者のいい娘です」


「ええ、ええ。私はただ、よからぬことに巻き込まれたら気の毒だなあとお節介癖が出たものですから」


 流介は暗号のことを伏せ、踊り子の身を案じる善人を装った。


「心配いりませんよ。あの子が十日で帰ってくるというのですから、きっとその通りになるはずです」


「はあ……」


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