5-19:保護⇒勧誘⇒奴隷



■セイヤ・シンマ 基人族ヒューム 男

■24歳 転生者 SSSランク【黒屋敷】クラマス



「えっ、【黒の主】殿!? いやはやこんなに早くお戻りになられるとは!」


「すまんがもう一泊頼む」



 闇朧族ダルクネスの隠れ里から逃げるように走った俺たちは、その日の夕方、イーリスへと戻って来た。

 さすがにカオテッドに直帰はできないし、精神的に疲れたから休みたいというのもある。

 当然のように宿屋の店主さんに驚かれたが、まぁ普通に泊まらせてもらった。


 昨日と同じ最高級の部屋でくつろぎながら、ネネ・サリュと話した。



「ネネ、大丈夫か? 多少気はすんだか?」


「んー、潰してないからなんとも……でもありがとうございます、ご主人様、気を使ってくれて」



 少しはマシになっているようだが、ネネとしてはどうしても里を滅ぼしたいらしい。

 俺は何とも言えない。向こうからすれば俺たちを殺して当然で、それは暮らしに根付いた思想のようなものだ。簡単に覆せるようなものじゃない。

 だからと言って俺たちが簡単に許せるようなものではないんだが。少なくとも俺は「ネネの故郷を潰したくない」とは思う。


 今回の一件で「【黒屋敷】に手を出すのは危険だ」と思ってくれるならいいんだけどな。里長も一応は確約してくれたけど。

 でもネネのお父さんの様子とか見ていると少なからず恨みや怒りは買っていそうだし、里長の命に反して仕掛けてきたりとかもありそうな予感はしている。

「私はもう里を抜けたから里長の命を聞く道理がない!」とかいくらでも理由は付けられるし。



「まぁしばらくは警備強化だな。防犯魔道具の改良も考えないといけない。ムゥチムの作業も途中だし」


「ん」


「あと帰ったらあの四人のことも考えないとな……ダブラッツは多分エメリーがヤってくれてるだろうから闇奴隷の契約自体は……ああっ!!!」


「ど、どうしたんですか!?」


「<解呪ディカース>があるじゃん!」


「……ああっ! 確かに! その存在をすっかり忘れてました……」



 神聖魔法の高位状態異常回復魔法<解呪ディカース>。これなら奴隷契約そのものを解除できるはずだ。

 今までうちで闇奴隷って言うとエメリー、イブキ、ヒイノ、ティナがそれに当たるんだが、どれも俺の契約を上書きする形で契約しているんだよな。だからすっかり頭から抜けてた。

 どうも「闇奴隷=契約者を殺さなきゃ」って考えてしまう。



「ま、まぁ向こうにはシャムシャエルとかもいるし、きっと<解呪ディカース>してくれてるだろ」


「そ、そうですかね……」


「んー、エメリーがすでに侍女服着せてそうな気がする……」



 そう言われて何となくドルチェ加入の時のことを思い出していた。あの時も保護の名目で侍女化させてたなぁ……帰るのが少し怖くなってきたな。




■ムゥチム・ガノンド 白亜族チェルキー 女

■30歳 革職人



 身体もろくに動かない、喋ることもできない、感情も出せない。

 そんな恐怖が長く続くことはなかった。

 ぼんやりとした声を拾うに、私はどうやら作業中に連れ去られ、【黒屋敷】の面々に助け出されたらしい。


 しばらくすると急に意識がはっきりした。



「……ふあぁっ! あ、あ、こ、これは……」


「大丈夫ですか、ムゥチム」


「あ、貴女は確か侍女長の……」



 私は少しずつ話を聞いて気持ちを落ち着かせていたが、奥の部屋から鳴き声やら叫び声などが聞こえて来て驚いていた。

 どうやら私以外にも三人、同じように捕らえられていたようだ。

 しかも私みたいに今日捕らえられたというわけではなく、もっと長期間に渡って軟禁されていたらしい。


 怒り、悲しみ、色々な感情が湧き上がる。

 左手の甲には丸枠が描かれていて、そこから妙な違和感もあるし、何をどうしてもムカムカするような気持ち悪さがずっと残っていた。


 さらに話を聞けば、私たちを攫ったのはあのダブラッツ商会の会長さんだと言う。

 魔導王国では有名な大店だ。そんな人がこんな真似するなんて……正直ショックを受けた。私の作った商品が並んでいたのかもしれないのだから。



「とりあえず貴女方四人はうちのお屋敷で保護します。ほとぼりが冷めるまではゆっくりしていって下さい」


「あ、あの、侍女長さん、私は仕事の続きが……」


「気持ちは分かりますが中断です。また危険に晒すことになりますからね。解除キーのこともありますし」


「ああ、そうか……」


「おそらく近日中にご主人様がお戻りになるはずです。その結果でまたご相談しましょう」



 そういえば寝ている間に白い狼人族ウェルフィンの子にまさぐられていたわ。

 私が解除キーを奪われちゃったのね……それでこんな目に……なんとも情けない。


 侍女長さんは私たち四人と数名の侍女さんたちを連れて【黒屋敷】へと向かう。

 外に出るとすでに明け方だった。だと言うのに人だかりが出来ていて、侍女さんが衛兵に説明なんかをしている。

 私たちも衛兵に説明とかをしたほうがいいのかもしれないけど、とりあえずは屋敷で休むのを優先させるようだ。私はともかく他三人は見るからにガリガリだし怯えているし、たしかに休ませてあげたい。



 そうして大通りを歩き、第一防壁も侍女長さんが声をかけるだけで通過し、やがて【黒屋敷】へとやってきた。

 三人には侍女さんたちが常に話しかけていて、私もその中に加わっていた。

 同じ境遇……って言うと捕らえられていた期間が違いすぎるのだけど、同じ被害者には違いない。だから少しは打ち解けやすかったのだと思う。


 彼女たちは全員、生産系の職人で、あの店に出入りしたところを捕らえられたらしい。

 そして闇奴隷にされ、地下に閉じ込められ、約二年間も延々と闇魔道具を作らされていたようだ。

 聞くからに恐ろしい。同情しないわけがない。私は明るく振る舞ったつもりだけど正直聞いていて泣きそうだったわね。



 戸惑う三人を連れて戻って来た【黒屋敷】。三人とも驚いていた。

 当然ながら三人は【黒の主】も【黒屋敷】も知らないのだ。【天庸】事件も【カオテッドの聖戦】も知らない。

 その全てを歩きながら教えるのは困難で、侍女さんたちは少しずつ情報を与えていたように見えた。


 私たちはとりあえず食堂に通された。

 四人並びで座らされ「とりあえず少し食べましょう」と。三人がガリガリだからね。

 私は正直食欲もない。でも昨日の作業前に食べたきりだから少しは入るかな……と思っていたんだけど



「朝は簡単なものになってしまうけど、遠慮しないで食べてね。おかわりもあるから」



 と兎人族ラビの侍女さんに出されたのはとんでもなく豪華な朝食だ。

 何このパン! 白いんですけど! と、気付けば夢中になって食べていた。

 他の三人も多分同じ感じだろう。泣きながら食べていた。幸せに感じる気持ちは分かる。


 食べ終わると侍女長さんが続けて言う。



「まずは少し身綺麗にしましょうか。そうしてから少しお話しましょう」



 私はともかく三人は二年間の闇奴隷生活で見た目もボロボロだ。

 立派なお屋敷に不釣り合いというか、汚しちゃいけなそうなものばかりだし、だからちゃんと水で身体を拭いたりしたほうがいいのだろう……とその時までは思っていた。



「朝風呂というのも珍しいですが……ティナ、マル、ミーティア、ラピス、手伝ってくれますか?」


『はい』


「ミ、ミーティア様!?」「ラ、ラピス様!?」



 私は「あさぶろ?」となっていたのだが、蔦人族アイビィのチュルアという娘は日陰の樹人族エルブスに反応し、珊装族コーラーのメメウという娘は人魚族マーメルの侍女さんに反応した。


 どういうことかと聞けば、どうやらミーティアさんという人は樹界国の第二王女様で『神樹の巫女』とかいう神職の御方らしい。

 そしてラピスさんという人は海王国の第一王女様だと……えっ、王族が奴隷なの?

 たしかウェルシアさんも魔導王国の伯爵様だって聞いたし……本当に【黒屋敷】はどうなってるのよ。



 戸惑う私たちを無理矢理急かすように押されつつ、食堂の並びにある別の扉を開けた。

 そこで「とりあえず脱いで」「ミーティア様もデスか!?」「ラピス様、そんな!」などの一悶着もありさらに扉を開ければ……そこはお湯で出来た池のようなものが並んでいた。


 これお風呂!? それにしたって大きすぎでしょ!


 と、いちいち反応することすら許されず、侍女さんたちに言われるがまま頭を洗い、身体を洗う。

 私は仕事柄いつも身綺麗にしていたつもりだけど実は汚らしかったんだとここに来て思い知らされた。

 身体はつるつる。髪も尻尾もつるつる。そうしてお風呂に浸かればもう、数時間前の嫌な事を全て忘れるくらい幸せな気持ちになる。


 お風呂から出れば髪や尻尾を乾かし、歯の磨き方なども教わる。なるほど侍女さんたちはいつもこんなことしてるから綺麗なのね。

 ……どんだけ贅沢な暮らしをしてるのよ、とは思うけど口には出さない。



「他の侍女の予備服を用意しましたのでとりあえずそれを着て下さい。着ていた服はさすがに捨ててしまいましょう」


「あ、あの、私の服は……」


「ムゥチムさんの服も洗濯しておきましょう。ついでですから。今はその侍女服で我慢して下さい」



 三人の服を捨てるってのは分かったけど私もコレを着るのか……なんかちょっと抵抗がある。

 まぁ一時的に借りるってだけだからこれも経験かもしれないわね。

 侍女長さんは私たちを連れて再度食堂へ。ここで少しお話をするらしい。



「さて、色々とお話したいことはありますが、まずは今の状況から」



 そう話し始めた侍女長さんの言葉に私たちは真剣な表情で耳を傾ける。

 私たちを捕らえた主犯格であるダブラッツ商会長は死亡。衛兵の捜査もすでに入っており、ダブラッツ商会はおそらく潰れるだろうとのこと。

 闇魔道具製作に携わっていた三人が罪に問われることはなく、【黒屋敷】で保護している旨も伝えられているらしい。

 これには三人も少しホッとしたような顔をしていた。良かったわね。


 しかし博物館から展示物を奪い、私を攫った闇朧族ダルクネスの男は、すでに消息を絶っており、今は【黒の主】と侍女二名で捜索中。獣帝国にある闇朧族ダルクネスの隠れ里にまで行っているそうだ。


 とんでもないことになってるわね……下手したら一月程度かかるかもしれない。私のせいでもあるから申し訳なくなる。



「私の予想ですが二~三日で戻ると思います」


「ええっ!? そんなに早く!? 獣帝国の一番近い街までだってそれくらい掛かるわよ!?」


「足の速いメンバーだけで行きましたからね。ムゥチムさんが考えているより移動速度は断然早いのですよ」


「はぁ……」



 ともかく【黒の主】が帰って来るまでは屋敷の外に出したくはないし、私の作業も中断したままとなる。

 五首ヒュドラの蛇皮……すごく中途半端なところで止まっちゃってるから気掛かりなんだけど、仕方ないわよね。



「というのが現在の状況なのですが、まず左手のソレ・・から考えましょう」



 四人同時に左手の甲を見る。見たくもない丸枠だ。

 相変わらず気持ち悪いし、見るたびにもやもやする気分になる。



「闇奴隷の奴隷紋を消す方法はいくつかあります。奴隷商人による契約破棄、神聖魔法の高位魔法である<解呪ディカース>、どちらも普通ですと高額すぎてあまり一般的とは言えません」



 <解呪ディカース>なんてほぼ伝説級の魔法じゃなかったかしら。

 たしか神聖国の大司教か誰かに依頼しなきゃいけないとか……。



「しかし幸運なことに私たちの侍女の中に<解呪ディカース>が使える者がおります。これも保護の一環ですから無償で行使することもおそらくご主人様はお許しになるでしょう」


『ええっ!?』



 そ、その大司教クラスの侍女さんがいるってこと!? さっきの子じゃないわよね? じゃああの大きな天使族アンヘルの人が大司教様……?

 全くこのクランは……王族だの貴族だの大司教だの……。



「ただ――私としてはご主人様と正式契約なさることをお勧めします」



 え……? それは私たちに「【黒の主】の奴隷になれ」って言ってんの……?




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