2-12:王都アクアマリンにただいま!
■セイヤ・シンマ
■23歳 転生者
シーサーペントは十三体で打ち止めらしい。とりあえず【水竜の島】の周りは。
戦ってみた感想としては、四階層の滝つぼに居た【大炎蛇】の、一段か二段下って感じかな。
大きさもそうだし、動きや防御にしても総合的に劣ると言わざるを得ない。
ラピスが「私がタイマンしても勝てる」と言っていたのは正しかったな。
まぁ水中のラピスはツェンにも勝てそうに思えるほどの動きだったから、地上戦での評価はまた違うのかもしれないが。
侍女たちは迷宮での戦いと違って色々と不便に感じながらも安定して戦っていたようだ。
船上だから船を守らないといけないし、あまり揺らしちゃいけないし、死体がそのまま残るから素材の為にはあまり損傷させてもいけないと。
派手な攻撃は控えつつ、それでも適宜倒していかないと船がヤバイという事で、頭と身体をよく使っていたらしい。
ともかく運動不足気味の侍女連中にとっては良いアトラクションになった事だろう。
やはり俺たちにとっては観光スポットで間違いない。再認する。
さて、そんな観光スポットのメインアトラクション――つまりは水竜なのだが、ネネに<気配感知>で調べさせた結果、どうやら本当に存在するらしい事が分かった。一安心だ。
なぜネネが分かったのか。逆になぜラピスの<水中感知>では分からなかったのか。
答えは『水竜が水中に居ないから』と、ただそれだけである。
【水竜の島】は海面にいくつも飛び出た鋭い岩山で構成されている。
中心にある一際大きい岩山に丸くくり抜かれたような洞穴があり、そこは入り江のようになっていた。
その内部、『岸』と呼べそうな部分が水竜の寝床らしい。お目当てはそこに居ると。
黒船はトゲトゲした岩山を回避しつつ、中心の岩山へと進む。
洞穴部分からも船が入れられそうだと安堵したのも束の間、すぐにその姿が視認出来た。
岸部分は水竜に占領されている状態であり、どうやら俺たちが岸に上陸して戦うわけにはいかなそうだ。やはり船上での戦いになる。
「
『はいっ!』
「後衛陣は船の守りを第一にな! まず全員一発は遠距離攻撃を当てる事! 手段がなければ投石でも何でも構わん!」
『はいっ!』
「足場が悪い中で長期戦をするつもりはない! 全員の攻撃が終わったら俺が一気に行くからな!」
『はいっ!』『えぇぇぇ』
俺がメインで倒すと宣言すると一部の侍女からブーイングが出た。エメリーに怒られているが。
さすがにサフィアや近衛兵の人たちも居るのに悠長に戦ってはいられない。
船にヘイトを向けさせるわけにもいかないし、<空跳>で近づける俺が接近戦するしかないだろう。
まぁあとでドラゴンステーキを食べさせてやるから勘弁してくれ。
「ギュオオオオ!!!」
水竜もこちらに気付いたらしく、警戒の咆哮をあげた。
そりゃシーサーペントも近づかなさそうな自分の寝床に訳の分からん船が侵入してきたんだ。怒るに決まってる。
そんな水竜なのだが、俺の想像していた見た目とはかなり違った。
【氷晶竜】のような『龍』っぽいのを想像していたんだ。シーサーペントの成長したバージョンみたいな。
ツェンの【水竜咬進撃】でもそんな形状してたしな。
ところがそこに居た水竜はブレシオサウルスっぽい。
手足がヒレになった首長竜だな。まぁこれが水竜かと言われればその通りなんだが、リヴァイアサン的なヤツが出て来ると思ってたので少々拍子抜けした。
まぁそんな事を考えていても仕方ない。
とりあえず素材の為に犠牲になってくれ。
あっ、あと海王国の安全の為にもね。
■トリトーン・アクアマリン
■485歳 アクアマロウ海王国国王
「お父様っ! ただいま戻りましたっ!」
サフィアが元気いっぱいの笑顔で駆け寄って来た。
どうもセイヤ殿の侍女たちと触れ合ってから子供っぽくなったようにも感じる。
それだけ王都に留め、王女としての自覚を持たせていたという事でもあるので心苦しくもあるが、それだけにサフィアと仲良くしてくれた侍女の方々には感謝だ。
サフィアにとっても親しい友人という存在は大きい。
そんな事を考えつつ【水竜の島】から戻って来たセイヤ殿たちを出迎えたわけだが、まず始めに「無事に帰って来てくれて良かった」という安堵が勝った。
計画を聞かされた段階からセイヤ殿たちには余裕の表情が見えたし、その強さというものは伝聞ながら知っているつもりではあった。
かと言って海王国では近寄る事も禁止されている危険地帯【水竜の島】に行くというのだから心配しないわけがない。
まぁ帰って来た時の様子を見るに無用な心配だったのだろうが。
船の損傷もなければ服も綺麗なまま。セイヤ殿たちの表情も非常に余裕があり怪我人が出た様子さえない。
……怪我人が出てもシャムシャエル司教殿たちが居たか。結局は何も問題ないのだろう。
そもそも帰って来るまで四日しか経っていない。
普通に船で行けば【水竜の島】まで三日は掛かるはず。
何をどうやれば辿り着き帰って来られるのかも分からないが、本当に【水竜の島】に行ったのだろうか。
いや、途中で引き返してきたと言うのであればそれはそれで胸をなで下ろすのだが。
普通にお出掛けから帰って来た様子のセイヤ殿と侍女たち。
初めての外出となったサフィアはさっき言ったような様子だ。我が子ながら眩しい。
しかしサフィアの後ろにつく近衛の三名の顔色を見るに、実際に【水竜の島】に行ったのだろうと想像できる。
近衛の中でも指折りの三名を選んだつもりだ。経験も実力も誰よりある。
シーサーペントが王都へ迫った時の防衛にも出たし、獣帝国の帝都に行った時も一緒に玉座の間へと乗り込んだ者たちだ。
だと言うのにこの世の終わりのような顔をしていた。三人ともだ。
何かが起こったのは間違いない。この後報告を聞くのが怖くなる。
サフィアの様子に頬を緩めながらセイヤ殿も近くまで来た。
「ただいま戻りました。サフィアを連れまわしてすみません」
「いえ、サフィアもこの通り喜んでいる様子。得がたい経験をさせて頂いたようで感謝いたします」
「セイヤ様、ありがとうございましたっ!」
横に並ぶサフィアがお礼をすると、セイヤ殿は頭をポンポンと撫でた。どうやら道中でも仲良くさせてもらっていたらしい。
「で、本当に【水竜の島】に行かれたのですか?」
「ええ。あ、そうだ。お土産でシーサーペントを一匹お渡ししたいんですけど、どこに出しますかね?」
「ええっ!? シ、シーサーペント一匹ですか!? まるまる持って帰って来たと!?」
船に巻き付いて破壊するようなシーサーペントの巨体をまるごと持ち帰るなど、普通は出来ない。
大型の魔物の場合、大抵は死体を海底で解体し、分割して運ぶものだ。
まさか船で引っ張って来たと言うのか……?
「いえ、シーサーペントは全部で十三匹ですね」
「はあっ!?」
「あと水竜も居ますけど」
「ちょっ!?」
大混乱に陥ったわけだが、ラピス・サフィア・近衛兵の説明も交えつつよくよく聞けば、どうやらセイヤ殿は規格外に大容量のマジックバッグを持っているらしい。
そこに狩った魔物をあらかた入れて持ち帰って来たらしいのだが、道中の魔物――ホワイトシャークなども居たそうだが――に加え、【水竜の島】に巣食っていたシーサーペント十三体もの群れと、水竜も狩ったらしく、それら全てをそのままマジックバッグに入れているらしい。
つまりシーサーペント一体を『お土産』と言ったのは、本当にそのままの意味なのだ。
『戦利品としてお見せしますよ』という事ではなく『一匹くらいあげますよ』という……。
……と言うか、それだけの魔物が居る事にも驚くし、それを倒したのも、持ち帰って来たのも、それだけ熟してたった四日で帰還している事も、何一つ理解出来ない。
セイヤ殿の話を頭を抱えつつ聞くはめになった。苦笑いさえ出来ん。
とりあえず『お土産』のシーサーペントに関しては保管庫で受け取り、手早く解体した後に、肉は夕食で出される事となった。非常に美味だったと言っておこう。
セイヤ殿たちには王城の部屋で休んでもらい、サフィアも疲れているかと思えばまだまだ友人と遊びたいらしいので好きにさせた。
その間に近衛兵からちゃんとした報告を聞く。
セイヤ殿からの話ではこちらが混乱するだけだし、サフィアは楽しそうに話すだけだし、全く詳細が読めん。ラピスは論外。
「まず【水竜の島】に行くまでで驚きの連続なのですが……」
と、話し始めた近衛兵は非常に疲れた顔をしている。
まぁ聞いているこっちも同じような表情になっていってるわけだが。
異常に速い船の速度、【黒屋敷】の面々の様子、サフィアの様子。
何よりラピスが単独で先導しつつ、魔物を対処しつつ泳ぐ様は、海王国に居た頃のあいつとは比較にならないと。
元よりそこいらの騎士より腕前があったのは知っている。
そしてセイヤ殿の下へと行きさらに強くなったとも聞いたし、大迷宮に潜り竜を倒したとも聞いた。聖戦で魔族の大群とも戦ったのも知っている。
しかしそれらはセイヤ殿を始めとする周りの方々の支えがあっての事だと――実際それもあるのだろうが――ラピス個人がいきなりとんでもなく成長したと聞いても半信半疑だった部分がある。
ところが近衛兵の話では行きがけの駄賃とばかりにホワイトシャークを単独討伐し、【水竜の島】に近づいた所で襲って来たシーサーペントの群れに対しても、ラピスは単独で一体を仕留めたと言う。
まぁそのシーサーペントの群れに対する【黒屋敷】の戦い方にしても、報告で聞く限りでは常軌を逸しているのだが。
飛べる人員が釣り針を刺し、それを人力で引き寄せ、怒涛の魔法攻撃で次々に倒すと。
肝心のセイヤ殿に至っては空を駆け回り、一撃でシーサーペントを倒しつつ、消すように規格外のマジックバッグに収納していくと。
セイヤ殿自身も人知を超えた力を持っているが、同じように【黒屋敷】の侍女の方々も想像を超えた力を持っている。それが報告の結論。
その中にラピスが入っている事で余計に混乱するのだが、喜ばしい事には間違いないのだろう。多分。
「まさしく御伽話の勇者様なのだと思います。一万年前の勇者様もセイヤ様と同じような力を持っていらしたのでは、と」
「ええ。邪なる神を打ち倒したというのも頷けます。少なくとも聖戦で数千体の魔族や王級
「水竜を鎧袖一触ですよ? 初めて間近で竜というものを見ましたが、あんなの国軍が総出で戦っても絶対に勝てません。それをいとも容易く……」
近衛の報告はだんだんと報告らしからぬものになっていく。
まるで酒場でグラスを傾けながら喋り込んでいるようだ。まぁ気持ちは分かるが。
ともかくセイヤ殿たちは【水竜の島】に巣食う水竜とシーサーペントを完全に排除し、無事に帰還したと。彼らは楽しそうで満足気だったと。もうそれだけで十分だ。少なくとも勇者であるセイヤ殿に嫌な思いをさせず、海王国としても危険地帯が一つ消えたのだからな。
しかし近衛たちには新たに危惧すべき事が出来たらしい。
「サフィア様が楽しんでいらしたのは喜ばしいのですが、侍女の方々に感化されすぎと言いますか……」
「シーサーペントの群れも水竜も、目の前に迫っているのに全く恐れないのです。全幅の信頼を寄せているのだと思いますが……」
「仲の良いサリュ殿やネネ殿がサフィア様のお傍でその戦いぶりを説明してたのですが、いかんせん楽観的すぎます。あんなに落ち着いて接せられれば危機感を持てという方が難しいかと……」
どうやら王都・王城に留め過ぎた故に魔物に対する恐ろしさを実感出来ていなかったようだ。
ラピスが自由すぎたからと対照的に育ててしまったが故の弊害だな。
しかし国の歴史や治安維持についても学んでいるので魔物の怖さも分かっているものだと思っていたが……目の前でそれを体験させてこなかったから実感として残らなかったか。
このままでは仮に今後シーサーペントが王都に迫ろうと「倒せて当然」と思ってしまう。
実際には死者も出るだろうし、迎撃するのが精一杯になるだろう。国軍だけで対処した場合。
それを最初から理解しているのと、していないのでは大違いだ。為政者としては危惧して当然。確かにこれは由々しき事態だな。
しかしその対処にしても難しい。
セイヤ殿たちが特別なのだという事は分かっていようが、「普通はこれくらいだよ」というのを理解出来ずにいる。
サフィア自身に戦う術を持たせるか、討伐演習などに同行させるか……ともかく何等かの対処をせねばな。
今も本人は侍女の方々と遊んでいると思うが……これでまた感化させるのかもなぁ……。
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