1-12:侍女教育、始まる!
■カイナ
■19歳 セイヤの奴隷
「では本格的な侍女教育を始めましょうか」
食堂の席に並んで座るあたし達五人。目の前に立つのは侍女長のエメリーさんだ。
姿勢もビシッと、雰囲気も今までより重く感じる。まるで闇の気配を纏っているような……いやそんなわけはないが侍女長としての威厳に満ちている。
「さて、貴女方はご主人様に買われた奴隷。それと同時に侍女であり、共に戦う仲間であると聞いていると思います。関係性は複雑に思えるかもしれませんが、ご主人様の意を酌み、ご主人様の為に動くという事に変わりはありません」
なるほど、そう考えればいいのか。結局は奴隷だろうが侍女だろうが『ご主人様の為』というのは変わらないと。
「では『意を酌む』とはどうすればいいか。まずはメイドと侍女の違いについてお話ししなければなりません」
「えっ、同じじゃないんですか?」
「そこが皆、最初に
「ご主人様が怒る、んですか? 怒るイメージが全くないんですけど……」
「私とイブキが最初にご主人様と出会い、最初に注意された部分がそこです。恥ずかしながら私もメイドと侍女の違いを分かっていませんでしたので」
ご主人様が怒るのも、エメリーさんが怒られるのも想像つかないんだが……。
しかしご主人様が元いらした世界の考え方でもあるようで、ここで共に暮らす以上、その考え方を知り、合わせていく必要があると。
で、その違いとは何か――端的に言えば”愛”らしい。
愛情と言うとなんかその、アレだが、つまりは思いやりとか気遣いとかそうした心配りを求められていると。職業どうこうではなく主人に対してそうした心配りが出来るのが『侍女』なのだと。ほおー。
そして”愛情”という言葉が出たからか、クェスが恥ずかし気に質問する。
「あ、あの、その……夜伽とかは……」
あっ、そうだ! あたしたちは奴隷なんだ! いや奴隷が夜伽しなきゃいけないって事はないって聞くけど、ご主人様に呼ばれりゃ行くしかないんじゃないか!?
「貴女たちの侍女教育が終わってから説明しようと思っていましたが――まず教育不十分な状態では夜伽をさせるわけにはいきません。そして教育終了後であっても貴女たちが望まない限り、ご主人様は夜伽に呼ぶ事はいたしません」
「えっと、つまり、私たちの意思次第という事ですか?」
「ご主人様は嫌がる侍女を抱く趣味はないと仰います。侍女とは”愛”を持つべき者ですが、それが”敬愛”から”情愛”に変われば夜伽も考えます」
はぁ~、ご主人様くらい強くて金を持ってれば無理矢理侍女を抱くくらい出来そうだけどな。
それをしないってのは元いらした世界の考え方なのか。いずれにせよあたし達が今夜にでも呼ばれるとか、そういう事はなさそうだ。
じゃあ夜伽するメンバーも限られているのかと思えば、未成年のティナちゃん、ドルチェさん、パティさん、成人ではマルちゃん、それ以外の面々は夜伽しているそうだ。
ほぼ全部じゃん! えっ、みんなご主人様に”情愛”を持ってるって事!?
って言うかマルちゃん未成年じゃないの!? 千八九六歳!? なにそれ!!!
「話を戻しますが、侍女とはご主人様を思いやり、ご主人様に尽くす者。別世界の常識であってもそのお考えを理解し、実践しなければなりません。それが侍女としての義務です」
『はい』
「その為に必要な事は多々あります。立ち振る舞い、礼儀、家事などそれはこれから一つずつ教えていきますが、まずは衛生管理から始めていきましょう」
『えいせいかんり?』
「ご主人様は大変お綺麗好きです。少し歩いて靴が汚れればすぐに<洗浄>するくらい。それはこの世界の常識とは少し違いますよね? 悪い言い方をすれば神経質な潔癖症と言えるかもしれません」
それは一緒に南東区に行った時にも思った。何気なく<洗浄>してたし、あたしたちの寝間着や使ったタオルなんかも、毎回<洗浄>するよう言われている。
身体や髪の洗い方だってそうだし、そもそもお風呂に毎日入る事自体が異常だ。
しかしそれは元いらした世界での知識が原因であるらしい。
そこからエメリーさんによる衛生管理講習が始まったわけだが、これが非常に難解。
目に見えないウィルスというもの、病気とは何か、人体の仕組みなどなど。分かりやすく図に書いたりして説明してくれているが、すごく難しい事を勉強している気がする。
ご主人様の元いらした世界では常識的な考えだそうで、誰でも知っているような知識らしいが……。
魔法とかスキルとかないって言ってませんでした? よくそんな小さいの見えますね?
「全てを理解する必要はありません。しかしそれがご主人様の中での常識であり、我々侍女はその意を酌み、同じように実践する必要があるという事です」
「なるほど」
「ですから毎日お風呂に入るのも、外から帰ってきたら手洗いうがいするのも、お屋敷を綺麗に掃除するのも全てはご主人様と我々の健康を
はあー、なるほどなー。
優秀な
まぁそれがここのルールだと言われれば従わざるを得ないんだけど。
「さて、座学続きですと疲れるでしょうから別の事をしましょうか」
『はい!』
「では立って下さい。この姿勢の取り方から始めましょう。侍女としての基本ですから」
おお、いよいよこのビシッとした姿勢を教わるのか。
座って勉強し続けるってのはあたし苦手だから正直助かる。コーネリアもケニもだと思うけど。
早速並んで立って、エメリーさんのポーズを見よう見真似でやってみる。
「踵を合わせて。お尻を上げ、胸を張ります。カイナ、顔は真正面です、見上げずに。それでは睨んでいますよ。肩の力を抜いて両手はおへそを隠すように。右手が上です。そう、その状態で留めます。カイナ顎を引きなさい」
「うぎぎ……」
「マ、マルちゃんが背中つりそうって言ったのが分かりますね……」
「コーネリアは綺麗ですね。非常に真っすぐで美しい。力みはありますが」
「ハッ! ありがとうございます!」
コーネリアは騎士バカだからなー。普段から形だけはビシッとしてる。それが功を奏しているようだ。
私は……うぎぎ……猫背だとは言われていたからなぁ。これはツライ。
「その状態で挨拶の練習です。続いて下さい。おかえりなさいませご主人様」
『おかえりなさいませご主人様!』
「叫ばない。自然に見えるよう心掛けましょう。はいもう一度」
『おかえりなさいませご主人様』
「背中を曲げるのではなく腰から曲げるのです。背筋は伸ばしたまま」
確かに座学は嫌だって言ったけど……これはこれで厳しいものがある。
姿勢を綺麗にすれば侍女っぽく見えるし美しいとも思う。先輩のを見てても綺麗だと思うし。
それに戦闘に活かせて強くなるとも聞いた。それがホントか分からないが。
とは言えこれは……普通に戦闘訓練とかしたいなぁ……。
その後、姿勢を保ったまま歩く練習、走る練習、おじぎをする練習などを繰り返す。
途中からずっと頭の上にはショートソードが乗った状態でだ。落とさずに動けと。
出来るかい! いやエメリーさんとか普通にやってるけど! 途中で様子見に来たティナちゃんとか普通にやってるけど!
どうすりゃ出来るんだ! あたしには全く分からねえ!
侍女教育は数日に渡って行われた。
座学では衛生管理に関する補足や、ご主人様にも聞いた【黒屋敷】の経歴の細かい所、そして侍女としての心得、カオテッドで暮らす上での予備知識などなど。
中でも<カスタム>に関するレベルやステータスの詳細説明に関しては時間をとって教えてもらった。
やはりご主人様の能力を理解せずしてここでの侍女は務まらないと、そういう事らしい。
座学以外でも毎日のように姿勢の矯正と歩法――と、あえてあたしは言うが――を訓練したし、掃除を始めとする家事仕事も習う。
正直掃除とかしてた方があたしは楽だ。座学は頭使うし、侍女の姿勢を続けるのは疲れる。
とは言え掃除一つとっても適当に出来ないから大変ではあるんだが。
と、そんなこんなで三日が過ぎ、あたしたちの侍女服が出来上がったとの事でわざわざお店の人が持って来てくれた。
執事みたいな
あたしも自分用の侍女服を着て、着心地を確かめる。尻尾穴とか、動きやすさとか。
うん、ヒイノさんに借りてた予備服よりも何となく動きやすい気がする。
侍女服をもらって嬉しがるのはあたしらしくないと思うが、あたし専用、オーダーメイドの装備品と思うと高ぶるもんだ。
他のみんなも嬉しそう。ご主人様にありがとうって言わないとな。予備服貸してくれた先輩たちにも。
「今夜にでもご主人様に<カスタム>してもらいましょう。このままではただの『タイラントクイーンの侍女服』止まりですから」
「それでも十分過ぎると思いますけど……」
「装備も揃いましたので侍女教育と並行してそろそろ戦闘訓練を行いましょうか」
『おおっ!?』
やっとか! やっと戦闘訓練! これを楽しみにあたしは頑張って来たようなもんだ!
ジイナさんとユアさんの武器は出来上がってたのにお預けされてたからな!
よおし! 気合い入れてやるぞー!
……翌日、そんな気分が急降下し凹まされる事を、この時のあたしは知らない。
……調子に乗るのはやめとけって話だよ。
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