1-9:五人娘、はじめてのお風呂



■コーネリア 熊人族クサマーン 女

■18歳 セイヤの奴隷



 昇天しそうな夕食は名残惜しくも終わった。

 我々は新人なのだからせめて後片付けくらいはしなければと思ったが、初日くらいはゆっくりしてくれとエメリー殿に言われた。

 お言葉に甘えるしかないのだが、それでもどこかもどかしく感じる。



 夕食が終われば後は風呂に入り、寝るだけ。あとは談話室サロンで喋ったりしているらしい。


 ちなみに最初にお風呂に入るのはご主人様という決まり。一番風呂というそうだ。ご主人様が出てから先輩メイドの方々が順々に入るという事だが、順番は特に決まっていないらしい。

 というか十人以上が一緒に入れる造りになっているそうで、入りたい時に入ればいいと言われた。



「今日は最初ですからお風呂の使い方自体を説明しないといけません。私と、そうですね……ティナとマル、リンネに頼みますか。一緒に入りましょう」


「はーい」「はーいでござる」「わかりましたネ!」



 という事で四人の先輩方――幼い子供が二人居るが――に教わりつつ風呂というものを体験させてもらう事になった。


 風呂という存在は知っている。

 自分たちは組合員だったので水で身体を拭くくらいだったが、貴族はお湯で拭くらしいし、風呂で『お湯浴び』をすると聞いた。

 大量の水を使い、わざわざ湯を沸かし、『お湯浴び』する……なんとも無駄な事だと思っていた。


 しかし今度は自分たちが行わなければいけないと言う。エメリー殿曰く、これは義務だと。

 そんな事をする意味が分からないとか納得しきれていない部分もあるが、これも務めだと言われれば従わざるを得ない。

 我々はご主人様に買われた奴隷なのだ。是非など問う権利はない。



 そうした気持ちを抱きつつ、九人で風呂場へと入る。

 まずは脱衣所で服を全て脱ぐ。棚には籠が並んでおり、そこに自分の服をまとめておくらしい。



「脱いだ服に関しては溜めこまずに<洗浄>するよう心掛けて下さい。一度着たものは必ず<洗浄>する。身綺麗にするのは侍女の基本です」



 エメリー殿はそう言う。

 土に汚れたわけでもないのに毎日<洗浄>しろと。

 確かに数日も着ていれば匂いが出る場合もあるが、それでも毎日<洗浄>が必要とは……どうも組合員の思考からすると過剰に感じる。

 まぁこれだけ綺麗なお屋敷で働くからこそ身綺麗にというのは分かるのだが。



「こちらのタオル、小さい方を一人一枚ずつ持って中へ入って下さい。大きい方は出た時に使います」



 綺麗でフカフカの布、タオルというらしいそれを受け取った。

 ともかく服を脱いで、浴場へと続く扉をガラガラと開けた。



『おおおおおおお』



 思わず口に出してしまう。五人ともだ。

 そこに広がっていたのは想像していた『お風呂』とは全く別物。

 池のような大きさのものが二つもある。

 足元が滑るので注意してと言われ恐る恐る入れば、右手の奥には木製の小屋のようなもの。

 左手には洗い場……キッチンで見た蛇口のようなものが並んでいた。



「お風呂に入る前にまずは洗いますよ。こちらへ」



 エメリー殿が先頭で洗い場へと向かう。

 一人ずつ小さな椅子に座り、その前には蛇口となぜか鏡まである。



「では頭の洗い方から。まず桶を蛇口の下にセットしまして、こちらの蛇口を――」



 本当に何も分からないので、エメリー殿は順を追って教えてくれる。

 自分は理解力のある方ではないので、隣に座るキャメロに教えてもらったり、ティナ殿、リンネ殿、マルティエル殿が見回りながら手伝ってくれたりしている。有り難い。



「獣人系種族の耳は洗うの大変なんだよー。お湯が入らないように洗うのはコツがあって――」


「ケニさん、翼はゴシゴシやっちゃダメでござる。と言うか根元とか一人じゃ無理なので――」


「カイナちゃんすごく雑ネ! それじゃ全然洗えてないネ! もっとこう――」



 頭を洗い、身体を洗い、顔を洗う。ただそれだけなのに非常に細かい。

 とりあえず言われるがまま洗ってみたが、ザバンとお湯で泡を流し、洗い終わった後にその意味が実感できた。


 肌はツルツル、髪はサラサラ、耳と尻尾はモフモフだ。

 自分の事ながら、これは本当に自分の身体なのかと疑ってしまうほど。

 なるほど、これが身綺麗にするという事なのかと納得した。



 それからいよいよお風呂に入る。洗ってから浸かるというのがルールらしい。なるほど、タオルも入れてはいけないと。



「あ~~~~、なんだこれ……こんな気持ちいいのかよ、お風呂って……」


「川に入るのとかと全然違いますね~~~」


「えっ、なんかここブワーッて出てますけど、これ何です?」


「ジェットバス? マッサージ効果?」



 初めてのお風呂を体験しつつ、すっかり癒されるというか気が抜ける心地よさだったわけだが、あまり長風呂するとのぼせて体調を崩すらしい。

 ほどほどにして上がる事にした。


 ちなみに木製の小屋はサウナ、蒸し風呂と呼ばれるものだそうで、少し覗かせてもらったが熱気が強すぎてすぐに出た。

 ご主人様はよく利用なさっているそうだが風呂初心者の我々には厳しい。



 脱衣所に戻ってからは大きなタオル――バスタオルというそうだ――での拭き方を習いつつ寝間着に着替える。

 髪の毛と尻尾の乾かし方や、風呂から出た後の肌の手入れの方法、歯の磨き方など、ここでも習う事が多い。

 これを毎日行っているという先輩方には頭の下がる思いだ。

 我々も慣れるものなのだろうか。



「ねえ、バルボッサさんが言ってたけどティナちゃんって獣人系種族最強なの?」



 すっかり距離を縮めたキャメロがティナ殿に聞く。新人としてタメ口は許されないと思うのだが……ご本人もエメリー殿も何も言う様子がない。



「えー? 私?」


「うん、ティナちゃんかサリュちゃん? が最強だって言ってた」


「私なんか全然だよー。獣人系ならサリュお姉ちゃんが一番強いと思う。防御ならお母さんが一番だし」



 こうして見るとティナ殿は紛れもなく八歳相応。とても獣人系種族最強には見えない。

 しかしあのバルボッサ殿がそう言うのであれば、とも考えてしまう。


 ……と言うかお母さんってヒイノ殿ですよね? 料理長の。……え? 獣人系最強の盾役はヒイノ殿なんですか?


 と一人考えていると、並んで歩くマルティエル殿とリンネ殿が口を挟む。



「ティナちゃんはめちゃくちゃ強いでござるが、【黒屋敷】だと六番目か七番目じゃないでござるか? 私見でござるが」


「二一人も居て六~七番目でも相当強いと思うんだけど……」


「ティナちゃんは成長期だからまだ伸びそうネ! ちなみにサリュちゃんは【黒屋敷】で四~五番目だと思うネ」



 じゃあやはりサリュ殿が獣人系種族最強?

 いやしかし聖女様とか何とか……という事は回復役ヒーラーなのでは?



「あんなに速く動く回復役ヒーラーが他に居るわけないネ。それで少しでも距離をとったら<聖なる閃光ホーリーレイ>連発するとか、私勝てる見込みがないネ」


「神聖国の女教皇ラグエル様でも多分サリュちゃんには勝てないでござる。神聖魔法の扱いだけとってみても」


『うわぁ……』



 共に戦っている先輩方や、創世教助祭位のマルティエル殿からそう言われると信憑性が高まる。

 やはりサリュ殿はとんでもない人らしい。『忌み子』と嫌厭していた事に申し訳なく思う。

 キャメロは続けて先輩方に聞いた。



「えっ、そのサリュちゃんでも四~五番目なの?」


「うん、だって一位はご主人様、二位はエメリーさんで決まりですしネ」


「不動でござる」


『ええっ!?』



 五人の目がエメリー殿を見た。

 いや確かに侍女長という立場もあるし、竜人族ドラグォールのツェン殿に「だまりなさい」とか仰っているのも見た。

 しかし多肢族リームズは生産特化の非戦闘種族だという″常識″が邪魔をする。

 それを言ったら基人族ヒュームのご主人様が最強というのもおかしいのだが。



「私はそれほど強くはないと思いますがね。私より攻撃力が高い人も、速い人も何人も居るのですし」


「うそだよー。私絶対エメリーお姉ちゃんに勝てないもん!」


「攻撃力も速さもトップクラスには違いないでござる! 器用とスキルの多さなんてダントツでござる!」


「間違いなく歴史上最強の多肢族リームズですネ! 竜人族ドラグォールより強い多肢族リームズなんてエメリーさん以外居ませんネ!」



「私は魔法も生活魔法以外に使えませんし、防御も苦手ですから」


「魔竜剣があるじゃん! いっぱいジイナお姉ちゃんに作ってもらってるじゃん!」


「<投擲>だけならまだ良かったでござる! エメリーさんに魔竜剣なんて持たせちゃダメでござる!」


「防御だって本職盾役タンクには劣るってだけネ! <盾術>持ってるの知ってるですネ!」



「……貴女たちは何か私に不満でもあるのですか?」


「「「ひぃぃぃぃっ!!!」」」



 どうやら自分たちの教育を担当して下さる侍女長様は、思っていた以上にとんでもない御方のようだ。

 キャメロの<危険察知>は今までにないほどの殺気を感じたそうだ。


 我々が部屋へと戻り、明日に備えて話し合う中で「エメリー殿にはさからっちゃいけない」という結論を出したのは間違いではないだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る