第十章 黒の主、黒屋敷に立つ

228:諦めがちなコソ泥



■パティ 小人族ポックル 女

■13歳



 あたいが住んでいたのはレイノールという街だ。

 後から知ったことだが、どうやらドボルダート鉱王国の中でも大都市と呼ばれる大きさの街らしい。

 レイノール以外のトコなんか知らないからあたいには比較も出来ないし、あくまで聞いた話なんだが。



 あたいは自分が何でそこに居たのか、全く知らない。

 親の顔も知らないし、気が付けばあたいと同じような子供たちで集まって生活していたんだ。

 だからレイノールの外の事なんか知らないし、国の事とかどうでも良かった。

 そんな事よりその日の食料を集める方が重要だったからな。


 そこにはスラムっていう裏通りがあって、あたいと同じような子供が沢山いた。

 みんな親が居ない、何も知らない子供たち。

 一人で生きていけるわけもないし、集まって、協力し合って生活していた。



 一応、魔物討伐組合や迷宮組合は七歳から登録できるから、実際に組合員になる子供は多い。

 働いて、お金を稼いで、お腹いっぱい食べようと。手近な組合員にこぞってなる。


 でも装備も買えず、魔物と戦った事もない状態でちゃんと稼げる人なんてごく僅かだ。

 ほとんどの子供はすぐに死ぬ。


 もちろん組合側も注意喚起をするらしい。講習も無料で受けられる。

 それでもその日の食料を確保する為に無謀な戦いに挑む子供たちは後を絶たない。



 あたいはその気持ちがよく分かる。

 少しでも早く今の生活を脱却したいし、お腹いっぱい食べたいし、お金持ちとか英雄ってものに憧れるんだ。

 スラムの子供たちは特にそういう夢を見る。だからよく分かる。



 一方であたいはどうだったのかと言うと、そんな子供たち以上に酷い。

 我ながら酷いと言えるほどに酷い。


 あたいは組合員になって魔物相手に無茶して戦うのも最初から無理だって思っていたし、かと言ってまともな職に就ける事もないだろうと、端から諦めていた。

 まっとうな生活ってもんを最初から諦めていたんだ。


 そういうヤツの行く先は決まってる―――犯罪だ。


 生きる為に必要なものを他人から盗む。

 金を盗み、食材を盗まないと生きていけない。

 運が良かったのか、そうしてずっと生き続けられたんだ。何年も何年も。


 スラムの子供で十三まで生きて生活できる事の出来るヤツがどれほどいるだろう。

 あたいは最初から真っ当な道を踏み外した事で、この年まで生きる事が出来ていた。



 でも悪事はいつまでも続かない。いや、それでも長いこと続けられたもんだとは自分でも思うが。



「やっと捕まえたぞコソ泥め!」

「今までうちの商品さんざん盗みやがって!」



 すっかりコソ泥として有名になってたあたいは、どうやらずっとマークされていたらしい。

 逃げ道を完全に塞がれ、衛兵に取り押さえられた。


 あー、ここまでか。素直に観念する。

 いつかは来ると分かっていた結末。それをあたいは受け入れた。


 犯罪奴隷となれば鉱山行きか、変態の慰み者か。

 あたいはすぐにこの先の未来を諦めた・・・

 ここまで生きるためにがむしゃらだったけど、これから先は頑張る必要もない。


 全てを受け入れ、全てを諦め、あたいは為すがままとなった。



 しかし、思いもよらず、未来は好転し始めた。


 犯罪奴隷となって囲われた先は大店の奴隷商館だった。

 てっきりそこから鉱山やらに送られると思ったがそれもなかった。

 送られた先はカオテッドとかいう知らない街だ。



「あらあらあら、素材はいいのに色々と台無しね~。もったいないわ~」



 店主のティサリーンさんは貴族のような見た目とは裏腹にとても優しかった。

 この街で変態にでも売られるかと思ったら、そうする様子もない。

 むしろあたいに食事を与え、身綺麗にするよう教え込まれ、学もないあたいに勉強まで教えてくれる。


 確かにここは奴隷商館で、あたいは犯罪奴隷のはずなのに、まるで天国のように思っていた。



 あたいはティサリーンさんから色々と学ぶ。それはスラムでは身に付かなかった文字の読み書きから始まって、一般常識や地理、種族や宗教に関しても。


 どうやらこのカオテッドという街には四つの国が混じっていて、種族や文化がごちゃ混ぜらしいのだ。

 なんでも【混沌の街】とか言われているらしい。


 商館がある中央区には大迷宮があり、そこを中心に栄えていると。

 その繋がりからか、ティサリーンさんは迷宮の事や、魔物の事、迷宮組合員の事なんかも教えてくれた。


 どの知識にしてもあたいが欲しくても得られなかったものだ。

 食事も寝床もそうだけど、知識や学もまた、スラムでは手に入れられない。

 だからあたいはティサリーンさんに教えられるまま、貪欲に吸収していった。



「パティ、実は貴女の売り先は私の中でとっくに決まってるのよ」



 すっかりここの生活に慣れてきた頃、ティサリーンさんにそう言われた。


 言われて思い出した。ここはあたいの家じゃない。あたいは売られる為の奴隷だったと。

 出来ればここの生活を続けたいとさえ思っていた。

 だからティサリーンさんが楽し気にそう言ったのが少しショックだった。


 ティサリーンさんはあたいを売る先の事を見込んで、あたいに色々と学ばせたのか。

 あたいを高く売る為に身綺麗にさせたのか。

 今までよくして貰った分、反動のようにショックを受けた。



「安心してちょうだい、貴女には今よりも素晴らしい生活が待っているわ。私が自信をもってオススメするご主人様・・・・ですもの」



 スラムで育ち、コソ泥で捕まった犯罪奴隷に、今以上の生活なんてあるものか。

 そう不貞腐れたが、話しているうちにどうも予想していなかった方へと導かれる。

 ショックを打ち消すような驚きが襲い掛かってくるのだ。


 ああ、だから迷宮の事を教えてくれたのか。

 だから色々な種族や宗教の事を教えてくれたのか。

 ティサリーンさんは最初からそうなる事を見越して、それに準じた教育をしてくれていたのか。


 色々と納得させられる部分もありつつ、それでもやはり驚きの方が勝つ。



「あ、あたいがSランククランに? め、迷宮に潜るんですか? 戦ったことなんてないんだけど……」



 そう聞いても無駄だった。ティサリーンさんの中では決定事項らしい。

 しかもそのご主人様・・・・はティサリーンさんの中で非常に評価が高く、曰くこれ以上の物件はないというレベルなんだとか。


 そんな主人に買われる、それは奴隷にとっては何よりの待遇だ。

 しかもあたいのような犯罪奴隷にとっては夢のような話。

 だから喜ばなくてはいけない。そうも思う。でもそうも思えない自分もいる。



 この商館に拾われたことで、あの頃には考えられないような夢の暮らしが出来ている。

 そしてこの先にはティサリーンさんが言う所の「今以上の生活」が待っているという。


 正直、嬉しさや期待より、不安や怖さが勝っているのだ。

 とは言えあたいが奴隷である事には変わりないし、ティサリーンさんは店主として売るのが当然なんだけど。



 そんなことが頭の中でグルグルしながら待った数日後、あたいはついに呼ばれた。


 ティサリーンさんに連れられ、向かった先の応接室。そこには真っ黒な基人族ヒュームがメイドを侍らせて座っていた。


 第一印象は最悪。だって貴族っぽいけど基人族ヒュームだし、綺麗なメイドを何人も後ろに立たせている。

 これで迷宮組合員だと言われても疑って掛かってしまう。

 まぁあたいは奴隷だし、買うと言われれば買われるしかないわけなんだけど。



 それは諦めの気持ち。


 ここに来てからすっかり忘れていた″未来の諦め″。


 それをまた持てばいいだけの事。



 その時はそんなネガティブな気持ちだったと思う。

 まさかこの後、そんな気持ちごとぶっ飛ばすような驚きの連続に見舞われるとは思っていなかった。

 諦めるだとか、不安だとか、そんな事を考える暇もないほどの衝撃の嵐。



 ティサリーンさん。

 今より素晴らしい生活って、それはそうかもしれないですけど……この生活に慣れるかどうかは、やっぱり不安です。


 何なんですか、このお屋敷……。

 何なんですか、このご主人様・・・・……。



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