224:謀略の終わり
■セイヤ・シンマ
■23歳 転生者
「さてセイヤ殿、改めて御礼申し上げる」
「……いえ」
「ふむ、何かご不満か? お疲れのところ押しかけて申し訳なくは思うが」
俺の向かいのソファーにはずらっと王族連中が座っている。
喋っているのは陛下だが、初対面の時や謁見の間の時とは全く違い、その様子は極めて自然。
まぁこれが″素″なんだろうが……こっちの対応に困るんだよな。
で、不満と言われれば「来るんじゃねえよ」ってのが第一。休ませろと。
あと「こっちを良いように使いやがって」というのが二番目。
そして「打ち合わせにない事ぶっこむんじゃねえよ」が三番目だな。
そもそも今回の茶番めいた『褒賞の席』は事前に話があり、全ては陛下が仕組んだ事だ。
普通に俺たちに褒賞を出すだけならば容易い。しかしそうはしなかった。
陛下の今回の目的は大きく二つ。
一つは『王都・王城に蔓延る膿の一掃』。
もう一つは『臣下を納得させた上で、国を挙げて
まぁ二つ目の方は言われてなかったし、俺の想像なのだが間違いないだろう。
まず『膿掃除』の標的にされたのが第二王子ジルドラの親派である宮廷魔導士副団長のドグラ侯爵。
そしてその周囲の貴族と関連する商業組織だ。
どうやら随分と悪事を働いていたらしく、一掃出来る機会を伺っていたらしい。
「ハハハッ! 助かったぜセイヤ殿! あいつら俺を次期国王にって騒いでたしな! 兄上に任せりゃいいのによ!」
ジルドラ殿下は国王なんかになるつもりは最初からないし、″ジルドラ派″がうざかったらしい。
そこでメルクリオやヴァーニー殿下、陛下と対立しているように見せかけ、″ジルドラ派″を焚きつける事にしたそうだ。
自らが治める王国騎士団と宮廷魔導士団の″膿″を掃除する為に。
ちなみに迷宮で尾行していた【静かなる庭】という暗部も、ジルドラ殿下が動かしたらしい。
ドグラ侯爵には「隙を見て殺させる」と情報を流して安心感を誘い、暗部には「絶対に見つからないように見張れ」とこちらの素性を知らせずに尾行させた。
これは暗部に対する訓練の意味もあったらしい。
「いや~″庭師″の連中も驚いてたぜ。ショックも相当受けてたな。ネネっつったか? お前の事、べた褒めだったよ。あんな同族見た事ないってな。スカウトはするなって言っておいたから勘弁してくれ」
俺たちの情報を得ないでネネの斥候風景を見て、尚且つ迎撃をくらえば、そりゃプロの同族からすればショックだろうな。
後ろに立っているネネは『むふー』としている。やめなさい、今は。
ともかくジルドラ殿下にはそういった考えがあり、陛下の案に賛同。
最初の『褒賞の席』で暴挙とも言える忠言をした。
自分の評価がある程度下がる方が次期国王にと騒ぐ輩が減るから、泥をかぶるのは好都合だったらしい。
そして案の定、ドグラ侯爵が釣れる。
ドグラ侯爵が迷宮勝負に持ち込むのは事前にジルドラ殿下が聞いて、それを陛下にも伝えていた。
だからすんなり陛下は乗ったわけだな。もちろん俺も聞いている。
俺は陛下との初対面の時にそこまでの流れを聞いていた。暗部以外は、だな。
膿掃除の為に協力して欲しい。そして迷宮勝負になるだろうと。
そうなると『褒賞の席』に呼ばれたのに、
俺としては別に言われ慣れていると言うか、無視すればいいだけなので、そこは気にしていない。
ただすんなり褒賞がもらえなくなるし、カオテッドへ帰るのも遅くなる。めんどい。そこが俺のデメリット。
しかし【ツェッペルンド迷宮】が気になるのも事実。潜ってみたいしドロップも集めたい。ついでに制覇すれば組合員証に記載される。侍女たちもストレス発散した方がいいだろう。
そうした諸々を天秤にかけ、依頼は受ける事にした。
茶番に乗っかって迷宮勝負しましょうと。
最初から勝つ勝負ではあったしな。こっちの想定外の事をされても悪事を働いている時点で向こうの負けなんだし。仮に試合に負けても勝負には勝てる。
ただドグラ侯爵を始め何人かの貴族をはめる為に、こっちの素性は極力探らせたくない。
だから天使組とかウェルシアとかには窮屈な思いをさせてしまった。
明日からの王都探索で発散してもらおう。
と、そこまではある程度予定通りだったんだ。
問題は二回目の『褒賞の席』だ。
まず、ベヘラタという騎士が突っかかって来た。これは″ジルドラ派″の人間らしい。
後から聞けば、ドグラ侯爵と組んで悪さをしていたそうだ。父親である騎士団長を追い落とし、その座に就く為に。
あの場面で突っかかって来たのは、ジキタリス商会とかと関与があったりして、その露見を恐れてのことかもしれない。
直前に陛下が脅してたからな。
で、普通に取り押さえればいいじゃんという話なのだが、陛下は俺に処理させた。
貴族や騎士たちの目の前で、俺の力を示せって事だろう。
納得させる、認めさせる、そしてその後の陛下の言葉に有無を言わさせない為に。
「うむ、利用したのはすまない。しかし思った以上に効果的であった。勝つとは思ったが、まさかセイヤがあれほどの腕前とは。やはり報告だけでなく自分の目で見てみるべきだな」
「私は冷や汗かきましたよ。いや、セイヤ殿がガーブに勝ったのは知ってますがね。どうにも信じられず」
「技量もそうだがその剣だって只者じゃねえだろ。あんなの見た事ないぜ。ミスリルを斬るか、普通?」
「報告はしてるでしょ。亀の甲羅斬ってたって」
父・長兄・次兄・三兄の順である。メルクリオてめえ何報告してんだこら。
ともかくそうして布石を打った上で、控えていた五人を呼んだ。
自国の貴族であるウェルシアがすでに俺の傘下に居ると周知させた上で、ミーティア・ラピス・天使組から『女神の使徒』『勇者』に関する言質をとる。
俺の力を認めさせた上でこんな茶番をすればどんなに馬鹿な貴族だって『俺=女神の使徒・勇者』と思うだろう。
「さてなんの事か、私は
「まだ続けるんですかその茶番……」
「ん? 何ならこの場で膝を付いたほうが良いか?」
「……いえ結構です。俺は
ええい、この狸めが。
「父上絶対楽しんでるよね」
「悪い顔してるなー。これだから国王ってのは」
「陛下、戯れが過ぎますよ」
子供はまだマシなんだよな、これでも。特にヴァーニー殿下は魔導王国の良心。
話を戻すが、そうした茶番をする事で釘を刺したわけだ。
あくまで組合員として扱うが、その実は『勇者』と同じ。だから国を挙げての支援もするし、多大な褒賞を与えるのも当然だと。
逆に俺たちを害するようならば、国を挙げて罰するぞと忠告も含めて。
そこまでやって、やっと褒賞を貰えた。
まぁ望み以上のものが貰えたから、俺からとやかく言う事はない。
ただ陛下に対するヘイトが多少残っているだけだ。手のひらの上でコロコロって感じが嫌だ。
「ミーティア姫やラピス姫が居る手前、褒賞にはうちの王女を、とも思ったが……」
「勘弁して下さい」
メルクリオの姉だか妹だかが居るらしい。
それを寄越されても奴隷にしないと<カスタム>出来ないんですよ? 言えないけど。
「うむ、それもあってウェルシア伯を陞爵し、特務員としたのだ。伯よ、魔導王国の代表として今後もセイヤ殿の事を頼むぞ」
「かしこまりました」
ウェルシアが侍女の礼で返した。貴族としてではなく侍女として。
陛下と俺に対する意思表示でもあるんだろう。律儀なやつだ。
それを見て陛下は少し笑っていた。
「それでセイヤ殿、訪れたのは他でもないのだ。【天庸】の褒賞については終わったが、″私の指名依頼″の報酬が残っている」
一連の茶番に付きあわせ、迷宮勝負をさせるという″指名依頼″だな。
確かに『褒賞の席』でも別に用意するとは言っていた。
俺としては【魔剣】が貰えたからそれでいいとも思うんだが、貰えるものならば貰いましょう。
「メルクリオとも話して何がいいかと考えたのだが、なかなか難しい。組合員の活動に有用なものがいいのだろうが武器はもう渡したし、防具は不要なのだろう? であれば装飾品か魔道具か、とな」
防具はいらないな。強いて言えば服を仕立てるのに使えそうな″布地″なんだが、そういうのは魔導王国より樹界国の方が得意そうなイメージがある。
装飾品はツェンが付けている【防毒のイヤリング】くらいしかないからあれば便利かな。
魔道具は魔導王国的に得意なんだろうけど、どんなものがあるのかよく分からん。
「―――という事で
陛下がローテーブルに置いたのは二つの水晶玉だ。
ソフトボールくらいの透明な水晶玉。中には何層もの魔法陣が浮かんでいる。
なんだこれ。
「これは【通信宝珠】と呼ばれているものだ。我が国の研究所で作られてはいるが、材料の関係で出回っている数は極めて少ない。国や一部の組合が徹底管理して置く場合がほとんどだな」
通信宝珠!? 名前からするに電話? ファックス?
そういう魔道具があるってのは聞いてたが、そんな貴重なものなのかよ!
「片方の宝珠に魔力を籠めることで、離れたもう片方の宝珠が光る。籠める魔力の属性で色が変わり、光らせ方で伝える内容を決めるわけだ。火属性の赤い光を三回連続で点灯させれば″危険な状態である″とかな」
色付きのモールス信号か! そりゃさすがに電話やファックスは無理か。
いくら魔法のある世界でも中世レベルだしなぁ。
それでも通信手段には変わらない。何も持ってない今の状態より全然マシだ。
俺はそれを報酬として貰う事に決めた。
ちなみにこれ一セットで【魔剣】が買えるらしい。家なんか余裕で建つな。
組合員としての報酬としては高額もいい所だが、有り難く頂きましょう。
それから四人は少し喋って、ビリヤードとトランプをして帰っていった。
さっさと帰れよ。仕事しろ王族ども。
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