219:一足早い決着
■ヴァーニー・エクスマギア
■91歳 エクスマギア魔導王国第一王子 執政補佐
「彼らは本当に大丈夫なのか、メルクリオ?」
「問題ないね。心配するだけ無駄だよ」
自信満々に弟は断言する。
私にはジルドラやメルクリオのような戦闘の才能はない。最低限戦えはするという程度だ。
迷宮に関しても知識としては持っているが、本格的な探索など行った事はない。
だからどうしても不安が出てしまう。
セイヤ殿たち【黒屋敷】は【ツェッペルンド迷宮】に初挑戦。
対する【相克の蒼炎】は何年も潜り続けているベテラン。過去にも制覇した経験を持つと言う。
ランクで言えばSランクとAランクなのだが、今回の勝負では後者の方が有利に思えるのだ。
そう思うのは素人故の間違いなのだろうか。
「いや、兄上の考えは正しい。僕ら【魔導の宝珠】が同じ条件でBランクと勝負するとなれば、十回やって八回か九回は負けるね。経験って言うのは力の強さよりも大事なものさ」
「ならばお前はなぜそこまで楽観している。心配ではないのか?」
「彼らの強さは何と言うか……力とか経験とか、そういうものから超越しているんだよ」
メルクリオは頭を振って、やれやれと大げさに振る舞う。
私とてメルクリオからの報告書には目を通しているし、彼らの非常識さを知ってはいる。理解は出来ない事が多いが。
しかし組合員であり、今回が迷宮探索勝負である事には変わりないはず。
いくら強いと言っても、迷宮では何が起こるか分からない。
そんな事はメルクリオ自身が分かっているだろう。
「まず″迷宮探索″って考えるのを捨てるべきだよ。
メルクリオたちが【黒屋敷】と共に【カオテッド大迷宮】の四階層に行ったのは知っている。
しかし迷宮で探索していて″迷宮探索″ではないとは、また意味不明な事を。
「迷宮に付き物の″魔物″と″罠″、これに関してはセイヤたちの前には無意味だ。【ツェッペルンド迷宮】程度ならばどんな魔物も無傷で瞬殺できるし、凶悪な罠があっても斥候が優秀すぎる。つまり彼らの″迷宮探索″とは、″走って下るだけの作業″なのさ」
魔物が居て罠があるから迷宮は迷宮足り得る。
それがないと同じであるならば、それはもう″迷宮探索″とは呼べない。メルクリオはそう語る。
「しかし今回は十日間の制限付きで、しかもドグラ侯爵の邪魔が入るぞ? ただ迷宮に潜るというわけではない」
「その【相克の蒼炎】とか言うクランは知らないけど、直接的にセイヤたちの邪魔をするようなら即座に返り討ちだね。強いて問題があるとすれば搦め手で来た場合だけど……来るとしたらどんな手かな? 搦め手だったら兄上の方が色々と策を出せると思うんだけど」
「そうだな……ドグラ侯爵が指揮してAランククランに邪魔させるとなれば……」
いくらでも策は出せる。
私は思いつく限りの妨害案を出したが、そのどれもがメルクリオに却下された。
そう来たならセイヤたちはこうするよ、と。
どれも力押しもいい所だが、自信を持って断言されると何も言えないものだ。
「はぁ、セイヤ殿たちの力量は信じられない部分が多いが、少なくともお前は全幅の信頼を寄せているのは分かったよ……あっ」
「ハハハッ、白の手玉が一緒に落ちたね。ファールだよ」
ポケットに落とされた白玉を拾うと、メルクリオは八番の玉のすぐ傍に置いた。
これで八番は落とされて、九番は……ああ、もう負けだな。
コツンと軽い音がして、ゆっくりと九番の玉が落ちる。
「ふふっ、何か一つでも兄上に勝てると嬉しいものだね」
「何を言うか″魔法の天才″が。―――しかしこのビリヤードという遊戯は面白いな」
「まさかカオテッドから持ってきているとは思わなかったけどね」
そう、私とメルクリオがセイヤ殿たちの件で内密な話をしている場所は、そのセイヤ殿達の応接室なのだ。
メルクリオに誘われてやってきたが、これがなかなか面白い。
カオテッドでもセイヤ殿たちのホームで、メルクリオは他のAランククランの者たちに交じり、時々遊んでいるのだと言う。
何とも羨ましい話だ。
「うちのホームにも置きたいんだけどね。僕でも躊躇するくらいには高価なんだよ。南東区……樹界国に頼まないと出来ないし」
「
「魔法技術でも何でもないのに、すごい職権乱用だね……」
製作するのに魔法技術も使うだろう? これも魔法技術の研究の一環だよ。
そう言い包めるのには無理があるだろうか。
父上にも遊ばせてみれば、案外すんなり通るかも知れん。
「……で、例の件は調査できたの?」
「ああ、お前の報告があったやつか。問題ないよ。ただ動くのは今すぐではないが」
「終わったら一斉にって感じかな? 忙しくなるね。大変だ」
「何を他人事のように……お前が手伝っても良いのだぞ?」
「勘弁してよ。僕は僕の
せっかく
それは下手すれば私よりも忙しいのかもしれないな。
まぁ同情はしない。メルクリオが自分で選んだ道だからね。
■サンゾック
■102歳 Aランククラン【相克の蒼炎】クラマス
勝負開始から九日目の昼、俺たちは転移魔法陣で迷宮の入口へと帰って来た。
待ち構えたように組合の職員が近づいてくる。
「お疲れさまでした、【相克の蒼炎】の皆さん」
「ああ、さすがに疲れたぜ」
「探索報告は支部長に直接行います。組合までご一緒下さい」
お? 支部長が直々に窓口になるのか。そりゃ珍しいな。
さすがに国王陛下依頼の勝負の立会だからな。
組合もトップがやらないといけないってわけか。
俺たちは疲れた身体を引きずるように、東門傍の迷宮組合へと入る。そのまま二階に直行だ。
何気に俺たちが入るのは初めてだな。
いくらAランクでも支部長に直々に報告するなんて早々ねえし。
「おお、帰って来たか。まだ九日目だろう? 意外と早かったな」
そう言って出迎えたのは、
伸びた髪と髭は、良く言えば野性味溢れる。悪く言えば山賊みたいな風貌だな。
ここの組合員なら誰も歯向かおうとしない強面。それがここの支部長だ。
「じゃあ早速報告を聞こうか。何階まで行ったかドロップアイテムを出してくれ」
「はい」
そう言って俺はマジックバッグからドロップ品を出す。
キングゴートの角、髭、蹄、そして大きな魔石。
「おおっ! こりゃキングゴートじゃねえか! 九日間で制覇したってのか!」
「ええ、そりゃもう大変な思いしましたよ。へへっ」
キングゴートは【ツェッペルンド迷宮】の【迷宮主】、つまりは三〇階層の魔物だ。
しかし俺たちが帰って来た転移魔法陣は五階層。
つまり、今出したドロップ品は【ジキタリス商会】から事前に仕入れておいた素材だ。
ギリギリまで五階で奴らがやって来るのを待ち、コッコクイーンだけを倒して帰還した。
しかし万が一も考え、十日の期限間際でなく九日目の昼とした。
ありえねえとは思うが奴らが迷宮制覇してキングゴートの素材を持ち込んでも、到達階層が同じであれば期間が短い方が勝つルール。
だからこその九日目だ。
本来ならば九日で迷宮制覇なんて考えられねえ。
しかしドロップ品の現物を見せればそれは動かぬ証拠となる。
あとは出まかせだろうが、どれだけ頑張って探索したのかを報告すれば良い。
「―――というわけでしてね、早さの勝負だっていうから無茶をしたんですよ」
「なるほどな。確かに国王陛下の依頼だから無茶もするか」
支部長も迷宮に関しちゃプロだ。どれだけ無茶をすればたった九日で制覇を出来るか分かるはず。
実際に腕を組み、うんうんと話しを聞くその表情は苦労を察するものだ。
「ちなみに聞くが」
支部長は身を乗り出して、こちらを見やる。
雰囲気が変わった。
「聞くまでもねえとは思うが、
!? まさか気付かれた!?
素材が劣化しているとかか!? 明らかに今日手に入れたもんじゃねえって分かったのか!?
いや、しかし今さら引き下がれねえ! 押し通すしかねえ!
「なっ、何を言ってんですか! あ、当たり前じゃねえですか!」
「だよなぁ。いや、もしかしたら事前にドロップ品を持っておいて、制覇してないのに制覇したように提出するなんて事もあるだろう? こっちも国王依頼の立会だからよ、慎重になってんだよ」
「そ、そうですか、いやでも俺たちはそんな事してないですよ!? 疑わないで下さいよ!」
「ハハハッ、だよなぁ、いや悪い悪い。俺だってお前らの実力は知ってんだ。実際に制覇してるのも知ってるしな。一応確認しただけだよ」
ふぅ……危ねえ……。
確かに慎重になるのは分かるが、心臓に悪いぜ……。
「いや、三日目にお前らが五階層の扉の前に陣取ってるのを見たヤツが居てなぁ、三日目で五階層なのに、九日で三〇階層まで行けるもんなのかってな。つい勘繰っちまったよ。ハハハッ」
!?
み、見られていた!? 誰に!? いつの間に!?
「お前らがかなり前に制覇した時だって
「い、いい加減にして下さい! 勝負は俺らの勝ち! もうそれでいいでしょう!」
「―――いや、お前らの負けだよ」
……は? 負け?
「【黒屋敷】は一昨日の朝に帰還して来た。キングゴートの素材を持ってな」
『はぁっ!?』
お、一昨日……?
じゃ、じゃあ何か? たった七日で迷宮を制覇したってのか!?
そんなわけない! それこそ不正だ! ありえねえだろそんな事!!!
「これは裏もとれてる。間違いなく奴らは七日間で制覇した。ったく、さすがはSランクと言えばいいのか、Sランクにしても規格外だと言えばいいのか、困ったもんだぜ」
そ、そんな……馬鹿な……。
「ああ、ちなみにお前らのマジックバッグも見せてもらうぜ。何か変なもんを持ち込んでないか確認しねえとなぁ。
!?
マ、マジックバッグにはあいつらを殺す為の、禁制品『魔物寄せのお香』や毒が……!
「全く公平な立会ってのも困ったもんだぜ。地元じゃない連中を褒め称え、地元のお前らを疑わなくちゃならねえ。本当に厄介な仕事だよ。なぁ、お前らもそう思うだろ?」
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