217:危惧多き迷宮探索



■サンゾック 導珠族アスラ 男

■102歳 Aランククラン【相克の蒼炎】クラマス



「おい、いくら何でも遅すぎじゃねえか?」


「だから一階の魔物部屋で全滅だって! 間違いねえよ!」


「十九人も一気に死ぬか!? さすがに雑魚すぎるだろ!」



 色々と予想外が重なり、計画が狂い始めている。


 元々ヤツらに勝つための策というのはいくつも用意していた。

 しかしそのほとんどが『ヤツらの場所を捕捉している場合に有効』な手だ。

 そりゃヤツらを始末できりゃそれが一番手っ取り早いんだから当然そうなる。


 俺たちの考えでは、ヤツらは俺たちの通ったルートをなぞって追ってくると思っていた。

 それが初探索の者が、常連者に勝つほぼ唯一の方法だからな。


 知らない迷宮の攻略は、知っている先達に任せればいい。だからある程度は俺たちの後を追うだろうと。


 そうして後を追って来れば、こちらからも向こうの動きがよく分かる。

 仕掛けるのは容易い。


 例えば休憩時を狙って襲撃しても良い。ジキタリス商会でもらった毒で殺すのもいいだろう。

 禁制の『魔物寄せのお香』も貰った。それで魔物に襲わせても良かった。



 一番の狙い目だったのが五階の【階層主】の扉。

 ここは中で誰かが戦っている限り、扉が開く事はない。


 ヤツらが俺たちの後ろについた段階で俺たちが中に入り、十日間、部屋に居続ければそれだけで勝ちだ。

 コッコクイーンごとき、ローテーションして時間を稼ぎながら何度も戦う事くらいは出来るからな。


 それで俺たちが五階層突破。ヤツらが五階層突破できずで俺たちの勝ち。


 まぁ他の組合連中の足止めにもなるからマナー違反で組合から言われるかもしれねえが、勝負事にそんなものは関係ねえ。

 殺すよりもずっと穏便だろ? と言ってやりたい。



 ……と、そんな計画をしていた。


 しかし、五階層でいくら待っていてもヤツらが来ないのだ。

 やはり一階層から別ルートを取られたのが痛い。完全に見失った。


 考えられるのは魔物部屋での全滅。もしくは半壊し、退却してのリタイア。


 途中で棄権となれば俺たちに報せは来るのか? そんな事は言われていない。来ないと見るべきだろう。


 ならば様子見に誰か数人を戻らせるか?

 その間にヤツらが来れば数人を欠いた状態で部屋に居座る事になる。さすがに無理だ。


 かと言って五階層での待ち伏せを止め、十階層に変更した所で、コッコクイーンのようにずっと戦い続けるなんて真似は出来ねえ。



 十階層の【階層主】はファングボアだが、普通に倒すのは余裕でもずっと戦い続けるのは危険な相手。

 コッコごときとはレベルが違う。

 やはり待ち伏せするならば五階しかない。



「実は先に行ってるとかねえよな?」


「お前、そりゃないだろ。あの面子だぜ? 俺らより早く行けるわけねえだろ」


「先に行ってるって事は魔物部屋を突破したって事だぞ? ありえねえよ」


「いや、誰かがたまたま先に魔物部屋をほぼ殲滅してたらリポップ前に通れるだろ」



 メンバーが言い合っているが、俺もその可能性は低いながらもありえると考えていた事だ。

 仮に先に行っているとすればどうなる?

 五階で待ち伏せしている今の状態から追いかけて、追いつけるものか?


 普通であればすぐに追いつける。問題なく抜かせる。


 こっちはこの迷宮を知り尽くしている。どのルートを通り、どこで休憩するかなんて地図を見ないでも分かる。


 しかし抜かしたところでどうする?

 大人しく追いかけっこするのか?

 それともさっさと殺すのか?


 いずれにせよ、今の『五階層通せんぼ作戦』よりは不確実なものになるだろう。



 ……ならば奥の手を使うしかないか。

 確実に勝てる手を。




■マルティエル 天使族アンヘル 女

■1896歳 セイヤの奴隷 創世教助祭位



「エメリー、そろそろ休める場所あるかー」


「もう少し先に宝魔法陣部屋がございます。もしくは次の階層に向かう階段という手もあります」


「じゃあ魔法陣部屋にしよう。少し休憩だ」


「はい」



 おー、休憩ですねー。ふぅ。

 ご主人様は余裕でしょうけど、一番後ろからみんなの事を見ているらしく、少し疲れが見えた段階で休憩をとってくれます。


 カオテッドでもいつもマラソンで走ってますけど、今回の探索は長時間走る感じですからね。いつも以上に疲れます。



 ……まぁ私は飛んでるだけでござるが。

 ……それでも一応、疲れるは疲れるでござるし。

 ……いやぁ飛ぶのって素晴らしい。もうあのローブは着たくないでござる。



「ひぃぃ……」


「ユアさん大丈夫でござるかー」


「う、うん何とか……ポーションもいっぱいあるし、マルちゃんたちが回復もしてくれるし、なんか私ばっかり能力向上バフ魔法かかってるし……」



 一番体力と速さが懸念されていたユアさんにはみんなから手厚い支援が掛けられています。

 常になにかしらの魔法に掛かってる状態だと思います。

 それでなくてもユアさん自身が作ったポーション類は人一倍持ってるでしょうし、大丈夫そうですね。



 宝魔法陣部屋に着いて一休憩。ついでに魔法陣のお宝も回収します。



「うわ、鋼の剣だって。ゴミだな」


「十三階でもこんなものですか。まだ半分も到達していませんのでこんなものかもしれませんが」


「鉄の上でミスリルの下って考えれば喜ぶ組合員もいるんだろうけどなぁ」



 ご主人様とエメリーさんがそう言ってます。

 私たちの場合、最低でもミスリルですからね。

 剣に至っては魔法剣か竜素材ですし。ジイナさんに渡して何かの材料行きでしょうか。


 ″中規模迷宮″だからお宝がしょぼいとかあるんでしょうか。

 いや深層まで行けばそれなりに良いお宝が出るとは思うでござるが。



「まぁ最初から宝魔法陣には期待していない。目的はあくまでボスドロップだ」



 ご主人様はそう言います。

 国王陛下の依頼を受けるに当たってのメリット、【ツェッペルンド迷宮】を探索する上でのメリットをご主人様はいくつか見出していたそうです。


 それは例えばずっと馬車旅と王城に籠りっきりで退屈していたみんなの発散をさせる為だとか、組合員証に『ツェッペルンド迷宮制覇』の記載が欲しいとか、せっかく魔導王国の王都まで来たのだから記念に潜りたいとか、色々とあるそうです。


 その内の一つが、カオテッドには居ない魔物のドロップ品収集。


 この【ツェッペルンド迷宮】に居る【階層主】【迷宮主】でカオテッドの迷宮と被っている【主】はグレートウルフだけだそうです。


 他の五体の【主】は戦った事のない魔物。だからそのドロップを集めて屋敷に飾りたいと。そういう思惑もあるらしいです。



「しかしご主人様、さすがにエントランスもいっぱいですし、飾るスペースが……<カスタム>で屋敷を広げるおつもりですか?」


「それはしない。さすがに外観が変わるのは避けたい。だからちょっと考えがある」


「……どのようなお考えでしょう」



 エメリーさんだけでなく、みんなの空気が変わりました。

 何かご主人様が突拍子もない事を言いそうな予感がします。



「まだ先の話しだけどな。博物館を作って集客すればいいんじゃないかと」


『はくぶつかん……?』



 な、なんでしょうそれは。みんなの顔を見ても分からないって表情をしています。

 つまり、ご主人様の元いらした世界の事ですね?

 メ、メモらないと! 早くメモらないとダメでござる!



 ご主人様が言うには『博物館』とは、ようはエントランスでしていた展示を建物全体で行うようなもの、だそうです。


 一般のお客さんを入れ、入場の際にお金をとるようにすると。そのお金で運営費や保全費に充てると。

 ほぇ~、ご主人様の世界にはそんな施設があるのですね。



「つまりは『博物館』用に建屋ごと借りる必要があるという事ですか」


「いや、隣の家を買おうかと思ってる」


『……えっ』



 と、隣の家? お屋敷の隣ですか? た、確かに今は誰も住んでいないようですが……。

 私は聞いただけですが、うちのお屋敷は個人邸宅で言えばカオテッドで一番高価だそうです。

 その隣の家であっても同様にお高いんじゃ……。


 いや、ご主人様がお金持ちなのは知っていますが、そうなるとカオテッドで一番高い家と二番目に高い家がご主人様の持ち物になりますよ!? 二番目か分かんないですけど!

 大丈夫なんです、それ!?



「屋敷の隣だったら管理や警備も楽だろうし、大きさ的にも問題ない。これからも魔物の素材は集めるつもりだから、スペースは広いに越した事ないし」


「……仰りたい事は分かりますが」


「あくまで構想だ。さすがにすぐに買うってわけじゃない。今買ったところで、今度は逆に展示するものが少なくてスペースが余りまくるしな」



 と、ご主人様は言いますが、そういうお考えを持っている時点で、いつ動かれてもおかしくはないと思います。

 よーし買っちゃうかー、と勢いで動いてしまいそうです。

 エメリーさんが今も釘をさしています。せめて事前に相談して下さいと。


 ……何となくカオテッドに着いたら、動き出しそうな気がするのは私だけでござるか。


 ……お姉様、これ、本国に報告した方がいいんでござるか?



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