209:王都の前の事前打ち合わせ



■ミーティア・ユグドラシア 樹人族エルブス 女

■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』



 王都ツェッペルンドへと向かう道中、それは至って平和と言っても良いでしょう。

 山賊の襲撃未遂が一件ありましたが、それくらいのものです。あとは魔物が少々。


 結局、山賊はメルクリオ殿下を狙った何者かによる指示ではなく、普通の山賊だったようです。

 単に貴族っぽい馬車が護衛もつけずに列を成していたから狙ったと。

 御者もメイドだったし、これならいけるだろうと。



 ……つまり私たちが御者をしていたから狙われた?



「ね、狙い通りだし! さ、最初から囮のつもりでいたし!」


「あーそーかい。すまないねセイヤ、僕の国の山賊が馬鹿で」



 ともかく、殿下が一緒なのですから、もっと危険な目に会ってもおかしくはなかったと思うのですが、予想以上に平和だったと言えます。


 確か殿下は「王位継承のあれこれを貴族に騒がれて、それが嫌だからカオテッドで組合員になっている」という嘘設定だったはず。本来の目的は【天庸】だったのですが。


 つまりは実際にも、殿下を快く思わない貴族がいると、私はそう思っていました。



「それは正しいですよ、ミーティア様。僕はただでさえ妾腹なのに、見る目のない連中には″天才″などと呼ばれていましたからね。二人の兄と比較される事も多かったのです」


「事実、学院でも士団でも″天才″であったではないですか。わたくしはよく存じてましてよ?」


「ウェルシア嬢まで止めてくれ。僕は母の才能をほんの少し分けてもらっただけの凡才だよ。才能で言えば君たちや母の足元にも及ばない」


「お母さんってあれだよな? 魔導研究所の元所長で、陛下の側妃の……という事はユアの師匠の上司?」


「時期が違うし、デボン氏が錬金術師だったのに対して、母は魔法専門だ。分野が違うよ」



 殿下のお母様、ロリエ妃はまさに″魔法の天才″だったようです。隣国の事ながら私は知りませんでしたが。

 魔法はなんと四属性を使いこなし、若くしていくつもの魔法を開発、研究の分野でも多大な貢献をしたとの事。


 メルクリオ殿下はその血を受け継ぎ、火・土・風の三属性の魔法が使えるそうです。

 額の宝珠は赤。火と土を使うのは知っていましたが風魔法まで扱えるとは……さすがですね。


 うちのクランで最高は二属性。私も『日陰の樹人』となる前は風・光・神聖の三属性だったのですが……今では火のみです。



「逆に言えばメルクリオのお兄さんたちも相当優秀って事か」


「そりゃもちろん。長兄のヴァーニー兄上は飛び抜けて頭が良いし、今は父上の下で執政補佐をしているよ。次期国王教育みたいなものだけど、すでに父上の仕事の一部を任されているんじゃないかな」


「おお、第一王子、さすがだな」



 羨ましい話しですね。樹界国の次期国王は不透明になりましたから。

 幼い弟になるか、親族から選ぶかという所でしょうか。

 まさか私が女王になるわけもありませんし。『日陰の樹人』ですからね。



「次兄のジルドラ兄上は″軍務卿″と言って、王国騎士団と宮廷魔導士団をまとめる役どころ。実際、魔法も剣術も上手い。戦う事に関しては国で一番だと思うよ」


「すげえな。しかしその二人と比べられるって事は魔法だけ見ればメルクリオが上って事か?」


「本当にだけ・・だね。それ以外には劣る部分しかないのに神輿にしたがる貴族が居るって事さ。おそらく僕が王城へと帰れば接触してくるだろうね、やれやれ」


「めんどくせー、王族ー」



 同じ王族でも私は『神樹の巫女』でしたからね。政治にはあまり絡んでいませんでした。

 役割だけ考えればそれで良いのかもしれませんが、一方でお姉様の一件を考えますと、それで良かったのかと疑問も残ります。


 国が変わり、人が変われば、悩みも変わる。

 ご主人様ではありませんが、王族というものは本当に色々と面倒なものですね。



「まぁ俗に言う″メルクリオ派″の貴族なんか大した数も居ない。ほとんど反政府を訴えるだけの烏合の衆だよ」


「貴族やめさせろよ、そんなテロ貴族」


「貴族なんて馬鹿の集まりだからね。まともな貴族なんか少数派なんだよ。特に魔導王国うちは魔法やら研究やら金やら地位やらと五月蠅いのが多い」


「耳が痛いですわね……」


「ああ、ロイズ男爵は少数派の方だよ、言うまでもないけど」



 貴族に優劣がつくのは樹界国も同じです。やはり権力を持つと心を乱す者はどこにでも居るそうですので。

 しかし樹界国よりも魔導王国の方が酷いようにも感じます。

 それが真実なのか、殿下のお考えによるものなのかは分かりませんが。



「セイヤたちがもし謁見の場で父上……国王陛下から褒賞を受けるとなったら、その場に居るであろう″ヴァーニー派″と″ジルドラ派″は反発するだろうね。『メルクリオが連れて来た基人族ヒュームに褒賞など~』ってさ」


「帰っていいか?」


「諦めてくれ。そこはもう僕も謝るしか出来ないんだが、父上もそれを考えないような人じゃない。きっと何かしらの対策なり修正なりするとは思うが……それも含めて諦めてくれ」


「えぇぇぇ……いやもう、ここまで来たら行くけどさ、一気に気が重くなったわ……」



 国から褒賞を与えると呼びつけて、それを貴族が批判するとなれば、それは我々をダシにした国王批難も同じ。

 現体制を良く思っていない貴族、メルクリオ殿下を良く思っていない貴族は口を出すだろうと。

 やはり樹界国より酷そうですね、これは。



「殿下、そもそもご主人様は陛下から褒賞を頂く・・・・・立場、と考えて宜しいのでしょうか」


「ん? どういう事だ、ウェルシア」


「【天庸】を倒した、魔導王国を救ったと礼を言われるだけならばそれで良いのです。しかし褒賞を頂く・・・・・となれば、どの立ち位置で臨むかが変わります。つまりは『組合員』として受けるのか、それとも……」



『女神の使徒』『勇者』として受けるのか、という事ですね。口には出せませんが。

 国王陛下が『女神の使徒』『勇者』と気付いていながら下賜する・・・・となれば、これは問題です。

 立場的に言うと、『女神の使徒』『勇者』は神聖国の女教皇ラグエル様の上位に位置するのですから。


 メルクリオ殿下には明言していませんし、我々が口にする事は出来ませんが、殿下はおそらく気付いているでしょう。


 ならばご主人様をどう扱うか、それによって魔導王国の立場もはっきりするのです。



「その件は僕から聞くのも間違いかと思ってたんだけどね……セイヤは『Sランククラン【黒屋敷】のクラマス』として受けるのかい? それとも―――『女神の使徒』として来訪するのかい?」


「組合員としてに決まってるだろ」


「ぶっちゃけ『女神の使徒』なんだろ? 『勇者』?」


「ただの基人族ヒュームです」


「目を逸らして言われてもなぁ……まぁ分かったよ。こちらは『組合員』として接するから」


「すいません、是非とも褒賞よろしくお願いします、ヘヘヘッ」


「何で今さら下っ端アピールなんだよ。全く……」



 どうやら殿下には『女神の使徒』とは明言しないままにするようです。言わずもがなではありますが。

 誰よりご主人様が認めていませんからね、『女神の使徒』だと。

 今の立場が変わらない事が良いのか悪いのか、何とも難しい所です。



「それはそうと、謁見の席で褒賞受けるのか? 俺、ちゃんとした服とか持ってないんだが」


「組合員として受けるなら、そのままでも十分通用すると思うけどね。下手に貴族っぽくすると『基人族ヒュームのくせに』ってなるだろうし。まぁ僕の服を貸してもいいけど」


「あと礼儀作法が分からん。ミーティア、ウェルシアも教えてくれ」


「わたくしは謁見の間自体、入った事がありませんので何とも……」



 私も樹界国から出た事がないので、他国に出向いての謁見というのは経験がありません。

 謁見される側としての意見ならば出来ますが、あくまで樹界国の礼儀になりますし……。

 こういう事はむしろラピス様の方がお詳しいと思うのですが。



「ラピスかー、俺にはあいつが礼儀作法とかちゃんとしてるイメージがない。すっごい適当にやってそう」


「僕まだラピス様とほとんど話してないんだが……そ、そんな方なのかい? 海王国の第一王女殿下だろうに……」


「メルクリオ相手にはまだ猫被ると思うぞ。ただ皮を剥いだら″出来の良いツェン″だからな、気を付けろ。あと身内に幼女が居たら近づけさせるな。狙われるぞ」


「ラピス様のイメージが……僕はどう接すればいいのか、もう分からないんだが……」



 そこまで言う事もないと思いますが、ご主人様……。

 ラピス様は大らかで勇猛果敢な面もありますが、基本的には慈愛に溢れたお優しい御方ですので。



「すっごく良く言ったな、それ。まぁとにかくラピスに聞くのもどうかと思う。メルクリオ、そこら辺の指南もお願いしていいか?」


「あ、ああ、まぁそんなに難しく考える事もないと思うけどね。一応教えておくよ」


「あとは褒章もらったら帰る前に王都で買い物したいんだよなぁ、そんな時間あるか? って言うか、メルクリオは一緒に帰れるのか?」


「時間もとれるし、僕は帰るつもりだよ」



 【天庸】を倒しても【魔導の宝珠】は続けると、組合員のままでいらっしゃるという事ですか。

 それが許されるものなのか……いえ、私が口を挟むのもおかしいですね。



「さっきも言ったけど兄上たちが優秀だから僕は逆に王城に居ないほうが何かと良いのさ」


「だから組合員を続けると? 大丈夫なのか、それ」


「要は魔導王国の利になるように動けばいいんだろ? 例えばスペッキオ老の後釜を狙っているとか言えばいいんじゃないか」


「いや、迷宮組合は国が干渉しない不帰属組織だろう。本部長になったって魔導王国だけを利するわけにはいかないんじゃないのか?」


「本来はね。でもそうは思わない者も多いんだよ。結局は誰がなったって故郷はあるわけだから」



 迷宮組合で得られる資源というのは各国にとっても貴重なもの。

 それが魔法に傾倒する魔導王国ならば、魔石産出だけ考えても迷宮組合に食い込もうとするのが常識。


 だからこそ有利に運ぶ為に、本部長の座は魔導王国の主要種族である導珠族アスラが望ましいと、殿下はそう語ります。



「実際スペッキオ老が魔導王国を第一に考えているわけじゃないけどね。周りはそうは思わないって事さ」


「なるほど。だったらメルクリオが組合に残ると言っても通用しそうだな」


「他にも魔導研究所の職員になるとか、他の研究所を立ち上げるとか、色々と構想はあるけどね。とりあえず王城から離れられれば僕は満足かな」


「へぇ、メルクリオが研究職って言うのもイメージ湧かないけどな。甘味研究所とかなら分かるけど」


「か、甘味研究所……!? そうか、その手があったか……!」



 メルクリオ殿下が天啓を受けたように真剣な顔で悩み始めました。

 確かに殿下の甘味好きは十分分かっているのですが……本気ですか?


 隣の護衛の方々が真剣に止めていますよ?

「正気に戻って下さい殿下!」「食べるだけでいいじゃないですか! 研究など!」と。


 これはアレですね。

 余計な事を口走ったかも分からないですね、ご主人様。



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