204:信じがたき贈り物



■ヴァーニー・エクスマギア 導珠族アスラ 男

■91歳 エクスマギア魔導王国第一王子 執政補佐



 カオテッドに居る腹違いの弟、メルクリオから送られる報告書はここ数月あたりで急激に重要性を増してきた。


 主目的は魔導王国にとっての怨敵である【天庸】。

 数年に渡り国に被害を出し続けて来た魔導王国きっての犯罪者集団だ。



 これまでに衛兵、民間人、研究職員含め千人以上もの命が散り、いくつもの施設や村が破壊され、資源を奪われ、金を奪われ、禁忌の魔法技術を盗まれ……。

 たった数人のせいでどれだけ国が被害を受けたのか、数字を紙で見るだけでも歯噛みしていた。



 転機となったのは樹界国からの一報。

 樹界国の政変騒ぎに乗じて【天庸】が樹界国へと入り、その場で指名手配犯のボルボラを討伐したという。


 その事自体も大いに驚いたが、後日送られて来たボルボラの死体、その検分結果、そしてボルボラを実際に殺した人物が明らかになるにつれ、驚きは大きくなる。


 それに伴いメルクリオからの報告書も増えた。

 件の人物……セイヤという基人族ヒュームがメルクリオと接点を持っていたからだ。


 【天庸】だけでなく、そのセイヤという人物についても詳しく報告するようメルクリオには極秘裏に伝えられた。



 そこから事態は急転する。

 やはりと言うか何と言うか、【天庸】【セイヤ】【カオテッド】この辺りで動きが活発化してきたのだ。


 同時に、現地に居るメルクリオの動きも慌ただしくなる。報告書は毎日のように送られて来た。



 そしてその日、待ちに待った報せが入る。



「……【天庸】が……ヴェリオを含めた【天庸十剣】の全てが討伐されたらしい」


「なっ……! 本当ですか、父上!」


「ああ、私も俄かには信じがたいが……」



 執務室にて極秘に聞いたその内容に、私は思わず陛下の事を″父上″と呼んでしまった。それほどの衝撃だった。


 まさかカオテッドを潰す為に【天庸】が全ての戦力を投入するなど、誰が考えようか。

 まさかその全てが討伐される事など、誰が考えようか。


 しかもそれを為したのは、やはりセイヤという基人族ヒューム

 それは樹界国での政変騒ぎ、ボルボラの一件、これまでのメルクリオの報告書を裏付けるものであった。



「さて、これをどう扱うべきか」


「【天庸】壊滅の件は周知させないわけには参りません」


「うむ。しかし全てを公表するわけにもいかぬ。特に討伐者の詳細とその手段については伏せなければな」


「……メルクリオを矢面に立たせると?」


「今は、な」



 国王陛下は思慮深くそう語る。我が父ながら、その先を見据えた瞳が恐ろしくも感じる。



 その後、【天庸】の死体がまとめて王城へと運ばれた。

 検分するのもごく僅かな限られた人員のみ。

 私は当然、その場で見る。魔導王国を乱した極悪人たちの骸を。



「研究所に捕らえていた妖魔族ミスティオドミオ、【剣聖】ガーブ、そしてこれが公爵級悪魔族ディーモン……!」


「この焼死体が指名手配のラセツか。他の面々も報告書の通り……なんと真に【天庸】の全てが……」


「憎きヴェリオも四肢断絶の上、細切れですか……こうなると惨めなものです」



 一室に並べられた死体を眺め、その事実を前にしても、何となく現実味がない不思議な空間だった。

 ここに居る誰もが【天庸】の恐ろしさを知っている。

 ボルボラの検分により、ヴェリオの手で改造されたその強さを知っている。


 メルクリオからの報告書で、誰がどういった手口で死んだのかも知ってはいるが、それでも尚、現実味がないのだ。目の前に証拠があるのに。



 この【天庸】の陣容に加え、ワイバーン数体と合成魔物キメラとかいう凶悪な魔物、そして風竜まで居たと言うのだ。


 仮に王都ここへと攻め入ってくれば、間違いなく壊滅している。

 抵抗するのも馬鹿馬鹿しいほどの大戦力にも思える。即座に逃げ出す事を考えるべきだろう。


 それがなぜか短時間で全て討伐されたのだ。私の理解が及ぶところでは最早ない。


 つまりはセイヤという基人族ヒューム率いる【黒屋敷】という十数名のクランは、それだけで国の戦力をも上回るという事だ。

 信じられない、いや、信じたくないというのが正直な所だろう。



 その場の数名が眼前の事実を受け入れるのに必死の中、唯一平然としていたのが国王陛下だ。



「ふむ。が倒したのはガーブと悪魔族ディーモンとヴェリオだったか。いや、悪魔族ディーモンは風竜と融合していたらしいが……なんとも凄まじいな、これは」



 汗の一つも掻かず、むしろ若干の笑みを浮かべている。

 全く……この人の跡を継がなければならないとは、荷が重いな。



「ガーブだけでも国の誰もが太刀打ち出来ん。風竜が飛んで来れば都は壊滅。それを単騎で打ち倒しただけでなく、その上首魁たるヴェリオをも殺して見せた。これはもう疑う余地もない」



 その目を【天庸】の死体からこちらに向けて続ける。



「決して漏らすなよ? いや、漏らすべき所は漏らせ。秘する所は秘せ。加減を見誤るな」


「はい」


「カオテッドの復興の目途が立ち次第、メルクリオと彼ら・・がやって来る。礼を考えねばならんな。さて、どうしたを用意するべきか」



 我々に検分を指示すると、陛下は部屋を出て行った。


 か。

 メルクリオの報告書では金や爵位、勲章などを有り難がる人物では決してないとある。

 その代わりに要求してきたものが二つ。


 一つが国宝級の杖。風か水魔法用のもの。

 もう一つがベルトチーネ男爵家が存続しているという事実を国王陛下の口から公言して欲しいというもの。


 杖はともかく、何とも不可解な要求をするものだ。

 ベルトチーネ男爵家の件に関しては完全にこちらの不手際。

 それを褒賞として要求するなど、褒美であって褒美ではない。



 まさかボルボラに潰されたベルトチーネ家の一人娘がの元で奴隷となっているなど、報告を聞いた時は驚きと怒りで、思わず声を荒げたものだ。


 当然、ウェルシア嬢を奴隷に落とした子爵家にはすぐに罰が下ったが、それだけで許される問題ではない。

 これもまた国の恥だと、私は素直にそう思う。



 国王陛下は退室の際、礼について頭を悩ませている素振りだった。それもそうだろう。

 単純に向こうが望む物を与えたところで、今回の功績はそんなものでは済まされないのだから。

 国を救ったとも言える英雄に対して、杖一本と謝罪だけで済むわけがない。



 ……と、そう思うのは、おそらく私だけなのだろうな。


 陛下にはどうも別の考えがあるように思える。

 思慮深い瞳と、口元の笑みがそれを物語っている。何度か見たことのある顔だ。



 その後、担当官と共に死体を検分しながら、改めて彼ら・・の事を想像していた。



「やはり総じて禁忌の人体改造が行われています。魔道具の埋め込みや移植だけではありません。術式自体が身体に埋め込まれ、さらには何かしらの薬が投与されているのだと思います」


「攻撃力・防御力・敏捷性・魔力・魔法防御力、全てが恐らくヒトの枠を超えていますね」


「それに加えて竜人族ドラグォールの四肢を持った者まで居るのに……どうやればこう傷つけられるのか……信じられません」



 ボルボラと同様に、【天庸】の全てが異常な強化を施されていた。

 検分すればするほど、真実を知れば知るほど、彼ら・・という存在が理解できなくなってくる。


 これは本当にの奴隷……メイドが殺ったのか?

 聞けば非戦闘系種族も居る。まだ幼い娘も居る。だと言うのに、それがこの【天庸】を?

 そもそもメイドが戦うという事自体が理解できない。



 なぜは奴隷をメイドとし、組合員とし、戦わせるのか。

 なぜそのメイドが【天庸】に勝てるほどの力を持つのか。


 メルクリオも報告書の中で葛藤が見え隠れしていたが、私にもその気持ちはよく分かる。

 事実を事実として受け入れがたい何かが、彼ら・・にはあるのだ。ありすぎるのだ。



 おそらく一月ひとつき後には王都ここへとやって来るだろう。

 私にはそれを楽しみに思う気持ちもあるが、それにも増して、怖くもある。

 見たいような見たくないような。知りたいような知りたくないような。そんな怖さだ。


 いずれにせよ、その際の王城は何かと荒れるだろう。

 それを思うと気が重くなるが、【天庸】の被害を考えれば安いものだ。

 今は検分を終わらせ、その後これをどう扱うか、陛下と協議せねばなるまい。



 果たして陛下の考えを見抜く事が出来るか……自信はないのだがな。



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