178:突撃、隣(区)の服飾店
■セイヤ・シンマ
■23歳 転生者
侍女たちの復興作業、各地区への派遣は襲撃の翌日までに一段落したらしい。
瓦礫の撤去や怪我人の回復を手伝えば、後はもうそれこそ本職の大工や衛兵に任せるしかないようだ。
お役御免という事で、今度は「街の為」ではなく「自分たちの為」に色々と動いている。
屋敷の修繕については南東区と北西区の大工たちに全面的に任せている。
近日中には終わるのではないかとの事だ。
さすがにステータスと魔法のある世界だと感心する。日本じゃ絶対無理だ。
というか三階部分だけでなく屋敷全体を取り壊しになりそうな気がする。
よくこの状態から修繕だけで済むもんだと。
そんなわけで、屋敷と塀はお任せして、庭についてはこちらで直すことにした。
南東区の大工が本職なのだし頼んでも良さそうなものだが、そこはフロロとミーティア、ポルが主張した。
自分たちでやらせてくれと。ならば任せようと、さっそく三人で南東区の園芸店に行っている。
俺も行ってみたいんだが、園芸店。
聞く感じだとDIYっぽいし。かなり興味がある。
しかしこっちはこっちでやる事が目白押し。そっちはフロロたちに任せよう。
さて、そんなわけで時間を見つけて向かった先は北西区。
面子は俺とエメリー、イブキ、ドルチェだけ。いつもに比べ少人数。
大通りから枝道を入った先にある、こじんまりとしたお店が目的地だ。
「ここです! どうぞどうぞ!」
「慌てるなドルチェ、騒ぐとご迷惑だろうが」
一歩前を歩くドルチェは今にも突貫しそうで困る。テンションが高い。
『ガッバーナ服飾店』そう看板が出ている。
簡素な木組みの扉をギィと開けて入れば、十坪もないであろう店内はガランとしていた。
棚には幾分か商品が陳列してあるが、全体的に数が少ない。
「ドルチェ! セ、セイヤ殿も!」
「ただいま、お父さん!」
「お邪魔します」
「おい、母さん! ドルチェとセイヤ殿たちが見えたぞ!」
アポなしですみませんね。最初はドルチェ一人で向かわせるつもりだったが、説明する事が多いし、【天庸】襲撃の被害があるのかも知りたかったのだ。
とてもドルチェ一人で聞けるようなものではない。
聞いたところでドルチェが俺に説明できるのか怪しい。
慌てふためくご両親に勧められるまま、カウンター奥の住居スペースへ。
おそらく普段使いであろうマグカップのようなもので「そ、粗茶ですが」と出され、ありがたく頂く。
ちなみにエメリーとイブキは俺の後ろに立ち、ドルチェは同席させている。
「どうぞお構いなく。すみません急にお訪ねしてしまって」
「い、いえ、そ、それで今日はどうして……」
「色々あります。ちゃんとドルチェの事をご説明しておきたかったですし、こちらで知った教団の事もお教えしておきたかったという事。それに何より先日の襲撃で被害は出ていないか確認しておきたかったのです」
「そ、そうですか……お心遣いありがとうございます」
まずは被害の件について聞いたが、大通りから少し離れている為、直接的な被害は出ていないようだ。
しかし商業組合がほぼ停止状態という事で、自分たちだけで売り買いする他なく、売上報告や相談、納税などもおそらく手間取ることになるだろうと言う。
そしてそれはこの店だけでなく、商業組合に登録している北西区全ての店が同じような状況だろうと。
仕入れも自分の足で行い、売るのも店舗だけ。加工などを別のお店に頼むのもしばらくは組合を通さず自分で動く感じらしい。
「もっともうちの場合はその段階までも行っていません。まず操られていた時に遠のいた客足をどう戻すか、心機一転で頑張ろうと思った矢先であの襲撃です。お恥ずかしながら店を存続するかどうかと悩んでいるような状態です」
「お父さん! お店やめちゃうの!?」
ドルチェが驚くが無理もない。やっと異常が治りこれで昔のように店が続けられると思っていたようだから。
しかし俺としては洗脳状態にあって客足が激減して尚、この店が残っている事がすごいと思っていた。
財産をほとんど教団に寄付していたらしいから、店を手放していてもおかしくはないと。
それでも残ったのは洗脳されていても心の奥底では守ろうと思っていたのか、それともたまたまなのか。
しかしそうして残った店も洗脳が解けたとは言え、火の車なのは変わらず。
そこへ持って来て先日の襲撃だ。
そこら中の店舗が混乱状態にある中で、「昔のように繁盛するお店に戻そう!」などと景気よく行くはずがない。
商業組合が停止し流通が滞れば、金の動きも鈍る。必然、財布の紐は堅くなるし、どこも不景気になる。
これが食料品などの日常必需品ならまだしも、この店のように服飾店となるとさらに難しい。
住民が服に金を掛けられる状況ではないのだ。今のカオテッドは。
ご両親はそういった事をドルチェに説明する。まぁドルチェは納得していないようだが。もしかして理解出来ていないのかもしれないが、それは置いておこう。
俺もその話しは一端保留して、とりあえず今までの流れを説明した。
ドルチェが屋敷にやって来てからの事だ。ご両親は【黒屋敷】の事自体は知っているようだが、一応全部話す。
侍女教育、屋敷での家事、そして迷宮探索。四階層へ行った事も
両親二人とも絶句し、信じられないといった様子だったが、エメリーからは侍女としての家事の様子を、イブキからは戦闘面での様子を説明し、どうにか納得してもらった。
特にイブキは今や北西区で有名人らしい。北西区を襲ったラセツを倒し、復興作業を手伝ったというのもあるが、魔剣を背負っているというのが大きい。目立つからな。
そのイブキから太鼓判を押された事で誇らしいというか、安堵したような表情を浮かべていた。
話しの流れで【天庸】についても軽く説明しておく。秘匿情報もあるので全部というわけにはいかないが。
ドルチェは作戦立案段階では、まだ教団の件があったので、北西区に派遣するのが躊躇われた。
それで北東区にネネと行かせたわけだが、その戦いの様子はさすがに北西区にまではまだ聞こえていないらしい。
「えっ、ド、ドルチェも戦っていたのですか!? その【天庸】とかいう連中と!?」
「そんな……! だ、大丈夫だったの!? ドルチェ!」
「あはは……いやまぁ、私はネネさんのおまけみたいなもので……」
ドルチェもイブキと同じように戦ったと言ったら、さすがに血の気が引いていた。
そりゃ街を壊滅させたような犯罪者集団と一騎打ちしたのだから当然だろう。
結果的に負けそうになった所をネネに救ってもらった形だが、ネネが暗殺を実行できたのも、クナという
その点は素直に褒められるべきだろう。
そんなわけで、一通りの説明が終わり、今後の話しとなる。
「とりあえず現在の状況は分かりました。不躾な質問ですが、今後ご両親はお店の継続を望んでおられるのですか? それとも店を畳んで別の生活を望まれるのですか?」
「……出来れば店を畳みたくはありません。色々とありましたが、やはりここは私たちの宝のようなものなのです。諦めきれない、しかし簡単に続けるというわけにもいかず……」
「頑張りたい気持ちと、頑張れるかという不安があります……」
「お父さん……お母さん……」
「なるほど」
やっぱり店は続けたいよな。
「失礼な物言いかもしれませんが、自分としてはドルチェをお預かりしている時点で、ご両親も身内のつもりです。ご両親が店を続けたいと仰るのであれば、我々も何かしら協力したいと思っています」
「ご主人様っ!?」
「そ、そんな……! 滅相もない! こちらがご迷惑をお掛けしているというのに!」
「いえ、協力と言いましても何も投資しようだとかパトロンになろうだとか、そういうつもりはないのです。あくまで身内の店に仕事の依頼をしたいと、ただそれだけです」
これは事前にエメリーたちと相談していた。
ポルの時のようにお金を渡すのは簡単だが、今回はそうもいかない。
ポルの村は樹界国に対する完全な被害者だったが、ドルチェのご両親は「操られたとは言え、娘を預かってもらっておきながら、襲撃してしまった」という負い目がある。
下手な施しは受け取らないだろうと。
「仕事の依頼、ですか?」
「本当はうちの侍女服をお願いしようかとも思ったのですが」
「む、無理ですよぅ! タイラントクイーンの素材なんてうちじゃ扱えませんっ!」
「「タ、タイラントクイーン!?」」
うん、そう言われると思った。
南東区のいつもお願いしているお店は高級店だから対処出来たんだよな。
それにそこにお願いしておきながら、こっちにも、というわけにもいかない。
「普段着や寝間着、下着なんかをまとめてお願い出来ないかと」
そういう結論になった。俺たちは普段の生活も迷宮探索も、全て喪服と侍女服なのだが、さすがに普段着が一枚もありませんというわけにもいかないし、寝間着や下着は普通のものを使っている。
もっとも俺は下着なんかも<カスタム>で強化しまくって<洗浄>しまくって、未だに前世のものを使っているわけだが。
こっちの世界のやつは着心地悪いんだよな。寝間着もそうだけど。
だから身内となったドルチェの店には頑張ってもらって、俺に合う着心地の良い服なり下着なりを作ってもらいたいのだ。
「そ、それはありがたいお話しですが……」
「私たちの店でよろしいのですか? もっと高級なお店のほうが……」
「身内のお店の方があれこれと注文しやすいですし、ドルチェを介して連絡を密に出来ると思うんです。ドルチェには窓口も担ってもらいますので、ちょくちょく顔を出す事にもなると思います」
「ご主人様っ!」
ドルチェが頻繁に里帰りできる口実だな。
まぁ言うまでもないが。
「……分かりました。そういう事でしたら喜んでお引き受けいたします。ありがとうございます」
「ありがとうございます。本当に何から何まで」
「ご主人様、ありがとうございますっ!」
「いえ、それと先立つものがないと材料の買い付けも不便だと思いますので、とりあえず手付金をお渡しします」
「そ、そんなっ!」
「―――その代わり、いいものを……特に肌触りの良い素材のものをお願いします。これはもう、わりと切実にお願いします。金に糸目はつけません。材料の買い付け資金が足りなければ出します。なので本当にお願いします。どうにかして下さいお願いします」
「「は、はい……」」
よし、これだけ言っておけばどうにか頑張ってくれるだろう。
ドルチェとエメリーも頻繁に寄越してもいいかもしれない。多分苦戦するだろうからアドバイザー役で。
「ついでにこれは提案なのですが、【
「ご主人様、私よりもご主人様のほうが有名人ですので」
「例えばうちの侍女服のレプリカを作って飾るとかどうです? そうすればいいアピールになるんじゃないかと」
「ご主人様の喪服も飾るべきです」
イブキがさっきからうるさい。そんなに有名人が嫌か。俺の苦労も分かれ。
「レプリカですか……それは、いいのですか? 勝手に置いてしまって。下手すれば目を引きすぎて買い手がついてしまうかもしれません」
「そうしたら売ってもいいと思います。まぁ魔物素材ではないのでそれで戦われると困りますが、その点だけ忠告してもらえば」
イブキと同じような恰好して同じように戦うなんて事をされると困るな。
普通の布地で作った平服で迷宮に入ろうものなら本気で死んでしまう。
いずれにせよ店の売り上げに貢献できるのならいいと思う。
「ありがとうございます。なんというか、おかげさまで光明が見えてきました」
「本当に何から何まで、感謝にたえません」
「ご主人様、ありがとうございますっ!」
とりあえずこれで店は続けられそうだし、ドルチェが里帰りしやすくなったので良かったかな。
あとは本当にご両親の頑張り次第だから、影ながら応援させてもらおう。
……ちなみにこの店は客足を戻すどころか、より繁盛する事になるのだがそれはまた別のお話しである。
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