172:絶望までの終曲(エピローグ)
■メルクリオ・エクスマギア
■72歳 クラン【魔導の宝珠】クラマス 魔導王国第三王子
【黒屋敷】のホームの屋根が吹き飛び、庭が破壊された事に呆けてしまった。
僕としては【天庸】を、ヴェリオを前にして今さら家の心配などするわけもないが、それでもウェルシア嬢たちは屋敷を守る前提で戦っていたのだ。
それに少しは感化されていたのかもしれない。
「エメリーさん! <
「チイッ! 小娘があっ!」
「え、あ……ありがとうございます、ウェルシア……しかし、や、屋敷が……ご主人様の……」
動揺が激しい。これがあの侍女長エメリーか?
いつも沈着冷静で先ほどまでは修羅の如く戦っていたというのに。
どうやら屋敷への被害というのは僕の思っていた以上のダメージを与えていたらしい。
「しっかりして下さい! エメリーさん! 敵前ですわよ!」
「ええ、そう、ですね……ふぅ、これ以上屋敷を壊させるわけにはいきませんから」
「くそっ、こんなことならばさっさと屋敷に攻撃しておけば良かったわい!」
「―――ああん?」
そうだ。ヴェリオにしてみれば千載一遇のチャンスだった。
自分に害を為せる唯一の存在であるエメリーの動揺が誘えると分かっていれば、早々に攻撃を屋敷へと定めていただろう。
しかしそれも警戒された今とあってはもう遅い。僕とウェルシア嬢の
おまけにエメリーをさらに怒らせる結果となっている。
もう魔剣の刃のみに纏っていた闇が、エメリーの身体全体を纏っているようにさえ感じる。幻視だが。
傍から見ている僕でさえ、冷や汗が止まらない。
果たして視線を真正面から受けているヴェリオは耐えられるのか……。
「ぐっ……く、くそおおおお!!!」
無理だろう。同情はしない。貴様は僕の敵だからね。
禍々しい魔剣は、まるで斧の刃が鎌のようにも見える。
幽鬼のごとくヴェリオへと迫る侍女長の姿は、″死神″のそれだ。
これから一方的な戦いになるだろう。それは確信だ。
……が、ヴェリオが【神樹の枝】により死なないという事実は変わらない。
殺せない相手にどうすれば
何か……何か方法はないか……。
そう思案していると、上空からポタリポタリと降ってきた。
雨か? そう思ったのは一瞬。
すぐに気付いた。その雨は……
慌てて空を見上げる。僕だけではない。ウェルシア嬢も、エメリーも、ヴェリオもだ。
途端、ザーッと
正門前の通りが、みるみるうちに赤く広がる。
「なっ……! まさか……っ!」
その声はヴェリオのもの。しかし驚きの声を上げたいのは僕も同じだ。
見上げた上空、赤い雨の発生源のその光景が信じられないものだったのだ。
セイヤが風竜を斬り刻んでいた。
ものすごい速さで天を駆け回り、ものすごい速さでズタズタに斬り裂いている。
今も右手を斬り飛ばしたかと思えば、その右手を即座に消した。
いや、消えたようにしか見えないが、おそらくマジックバッグに収納したのだろう。
結果として斬り落とした部分は地上に落ちず、流れ出る血だけが降り注いでいる。
「グルァァァァァ……」
風竜が小さく吠える事しかできない。圧倒的蹂躙だ。
飛竜を相手に単独で蹂躙できる者など存在するのか。
セイヤの事は過大評価しているつもりだったが、それでも僕は目の前の光景が信じられない。
「ば……ばかな……儂の最高傑作が……アスモデウスが……」
完全に呆然自失。それはそうだろう。
ヒトを超える存在を生み出し続けた大錬金術師であっても、それすら理解できない境地。
ヒトの域を完全に脱している存在。
それを敵に回していると理解した時にはもう遅い。憐れむ事などしないが。
やがて雨は止んだ。
つまり上空から風竜の存在自体が
残ったのは黒い貴族服を着た、一人の男だけ。
彼は地上の僕らを一瞥すると、ヴェリオの傍に舞い降りた。
見事な<空跳>だと感心するが、それどころではない。
まるで全身を真っ黒な怒気に覆われているようにさえ見える。幻視だが。
「おい、ヴェリオ」
「っ……【勇者】……っ! これほどの……っ!」
「【勇者】じゃねーよ。はぁ……よくもやってくれたなあ」
ツカツカと歩み寄るセイヤの右手には抜き身の黒い剣。
今、風竜を斬り殺したとは思えないほど綺麗に磨かれた剣だ。
「魔導王国を襲い、カオテッドを襲い、今まで何人殺してきた?」
「……っ」
「ウェルシアの家族、メルクリオの家族、みんな殺して、今日は何人殺したんだ?」
「……くっ」
「周りを見て見ろ。お前のせいで怪我人だらけ。街は至るところでボロボロだ。道もメチャクチャ、家も壊れてる、そして何より―――
―――うちの屋敷を壊しやがって!!!」
「……ひぃっ!」
屋敷を壊したのはセイヤが相手していた風竜で、庭を壊したのは
後で聞けば、通りを壊したのは他でもないセイヤ自身らしい。
「さぁ―――てめえの罪を数えろおおお!!!」
「あああああ!!!」
―――シュンッ
その一閃は、僕の目には捉えられなかった。あまりにも速すぎた。
光の防御壁だとか、ヴェリオ自身の身体改造だとか、そんなものは無きに等しかった。
気付けば、ヴェリオの首は空を舞っていたのだ。
剣を振るい血を落とすと、チンと涼やかな音を立てて鞘に納めた。
同時に首を失くしたヴェリオの身体が、竜の血で埋まった道にバシャンと倒れ込む。
それで終わり―――ではない。
ヴェリオの身体が光りを放ち、首から上がグネグネと再生していく。
これでもまだ回復すると言うのか! 僕は再度信じられない気持ちで目を見開いた。
「うわ、なんだこれ……」
「ご主人様、ヴェリオは【神樹の枝】を体内に埋め込んでいるらしいです」
「骨の代わりにしているそうですわ! 背骨と四肢の骨が【神樹の枝】だと!」
「【神樹の枝】を骨に? それでこれかよ……回復、再生、いやもうこれだと蘇生だな」
確かに″死の寸前での回復″ではなく″死者の蘇生″と言ってもいいだろう。
禁術であってもこうはいくまい。まさに神の所業。
とは言え、さすがに頭を再生させるのは時間が掛かるらしい。光は徐々に頭部を形作っていく。
その隙にセイヤは飛ばしたヴェリオの首に近づき、手をかざした。
途端に消える首。マジックバッグか?
「ふむ、斬り飛ばした所は死んでるんだな。じゃあぶつ切りにしてみるか」
まるで料理人かのようにそう言った。
セイヤは再度剣を抜くと、ザクザクと四肢を斬っていく。
「ぎゃあああああ!!!」
「うるせえよ」
ちょうど口まで再生したヴェリオが悲鳴を上げたが、セイヤに再度首を落とされた。
さすがの僕も引く。確かにヴェリオに対する憎悪はあるが、さすがに憐れんでしまう。
その後、見るも無残な解体現場と化した正門前。
結果としては心臓が残っている限り【神樹の枝】の効果が作用するらしく、心臓を潰した事でようやく再生は止まった。
ヴェリオもそれを分かっていたようで、心臓部は頑丈な鋼板で保護されていたらしい。
まぁ、セイヤの剣の前では無意味なのだが。
そうしてヴェリオの全ての部位を収納し終えた所で、ようやく皆が一息つけた。
へたれ込みたい所ではあるが、いかんせん地面が竜の血で水浸しだ。
この血だけでもとんでもない財産になるのだが……疲れ果てた今では邪魔な水溜りにしか見えない。
「ご主人様、改めてありがとうございました」
ウェルシア嬢がセイヤに頭を下げる。侍女の礼だ。
「ああ、多少は晴れたか?」
「ふふっ、もう少し甚振っても良かったかと」
「うわぁ」
ウェルシア嬢……随分変わってしまったんだね、君は……。
続けて僕も改めて礼を言う。
「セイヤ、僕からも感謝を」
「ああ、悪かったな、メルクリオの手でケリを付けてやれなくて」
「いや、僕では殺せなかった。君が居てくれて良かったよ」
心からそう思う。
今回の【天庸】の襲撃。セイヤたちが居なければ間違いなくカオテッドは壊滅していた。
さらには魔導王国そのものが壊滅する事態になっていた可能性が高い。
味方で良かったと、今回はつくづく思わされた。
だから僕は礼を言う。
王子としてではなく、一人の友として。
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