168:想いを籠めて天を穿て
■ウェルシア・ベルトチーネ
■70歳 セイヤの奴隷
「<
「<
「カカカカッ! さすがに高位の魔法を使うではないか! しかしそれでも尚、儂の防御は抜けんぞ! ほれほれ!」
「くっ……<
メルクリオ殿下に助けて頂いてから、何とか持ち直したものの苦戦は続いています。
わたくしも殿下も魔法が主体。
だと言うのに、いくら強い魔法を撃ちこんでも、その全てが防御の魔道具に防がれる。
お返しとばかりに打たれる魔法もまた体内の魔道具。
それも両手をかざしただけで、
いくら魔道具とは言え、連射どころか同時に行使するなど……。
「どうなってんだ、化け物が……!」
「カカカカッ! 魔導王国きっての天才と言われていてもその程度とはな。拍子抜けも甚だしい!」
「くそっ!」
悪態をつく殿下の気持ちも分かります。
数々の魔道具の同時制御と同時行使。こんなのヒトに出来る事ではありません。
仮に無限の魔力を持っていたとしても、無理矢理に行使すれば魔力は暴走し、身体が破壊されるでしょう。
だと言うのに、それを平然と、何度も使っているのです。
大錬金術師というだけでは済まない何かがある。
わたくしたちの理外の何かが。
何とか頭を冷静にと働かせ、しばらく分析に費やしましたがその正体は見えず。
しかし一つ分かった事もあります。
あの虹色の防御壁。あれは「完全魔法無効」というわけではない。
低位の魔法より高位の魔法、範囲型より
厳密に言えば、ヒビが入ってすぐ修復されるのですが、決して壊せない壁ではないと。
問題はその方法ですが……。
「……殿下、少々お一人でお任せしてよろしいですか? <
「……何かいい手でもあるのかい? <
「賭けになりますが」
「構わない。時間稼ぎは引き受けよう」
「ありがとうございます」
わたくしは殿下の斜め後方に下がり、魔力を練り始めます。
「カカカッ! 作戦会議は終わったか! どんな高位魔法であっても無駄な事よ! 儂の壁は全属性に耐性を持つのだ!」
「そりゃすごいね! どうなるものか見物だよ! <
「カカカッ! 無駄と言っておろうに! 手を打つ前に死ななければ良いがなあ! ほれほれえ!」
「させるか! <
ジリ貧なのは変わらない。しかし<カスタム>されたわたくしはともかく、殿下の魔力はもう底を尽きてもおかしくありません。
ここでどうにかしなければ、完全に戦線が破綻する。
わたくしは精一杯の集中力と魔力を″凝縮″させ、右手の杖に籠めました。
「行きます、殿下!」
「ああ!」
「<
それは本来、地面から浮き出る水の壁。防御魔法であり、敵の足元へと放てば広範囲攻撃魔法にもなります。
しかしわたくしはそれを杖の先から放出しました。
放出された
糸のように″凝縮″された
「なっ!?」
♦
『で、さらにだ。蛇口の穴を半分くらい指で塞ぐ。そうすると勢いはさらに増しただろ?』
『うわっ! は、はい! 全然違いますね!』
『これが『広範囲魔法を単体魔法に変える』ってことだと思う。籠める魔力は変えていないのに、放出範囲は狭くなり、結果威力が上がった。水を
♦
ご主人様、貴方は正しかった。
高密度となった水は、虹色の防御壁を貫通し、ヴェリオの頭を撃ち抜いたのです。
■メルクリオ・エクスマギア
■72歳 クラン【魔導の宝珠】クラマス 魔導王国第三王子
「<
待ちに待った奥の手が、ウェルシア嬢から発せられた声が
なぜこの場面で
てっきり最大級の高位魔法を放つものだと思っていたのに、なぜ低位の防御魔法なのだと。
しかしウェルシア嬢の放った<
それが水かどうかも分からないほど細く、圧倒的な速度で撃ち抜いたのだ。
虹色の防御壁も、ヴェリオの脳天も。
目の前の光景が信じられず、僕はゆっくりとウェルシア嬢へと振り返る。
「い、今のは……?」
「極限まで<魔力凝縮>された水は、鉄をも穿つそうですわ」
「魔力……凝縮……」
「ご主人様に習いましたの―――キッチンで」
全く意味が分からない。
が、何はともあれヴェリオを倒したのは事実だ。
急激に襲ってくる倦怠感と達成感の狭間で、僕は腰に手を当て、深く息を吐いた。
母さん、ようやくこれで仇が討て―――
「カカカカカカッ!!!」
!?
「なんと面白い魔法を使うものよ! 研究意欲が湧くではないか! のう! ベルトチーネの娘よ!」
「ま、まさか……!」
「そ、そんな……馬鹿なっ!」
ウェルシア嬢の魔法は確かにヴェリオの脳天を貫いた!
それを持って倒れたのも、血を流したのもこの目で見た!
だと言うのに……なぜ生きている!? ヴェリオ!!!
「カカカッ! どうした? せっかく儂の防御壁を打ち破ったのだ! 喜ばずして絶望の表情とは何とも情けない! カカカカッ!」
「ヴェリオッ! 貴様……どうしてッ!」
「不思議か? 儂がなぜ生きているのか。頭を撃ち抜かれ死なないヒトなどおらぬと、そう思っておるのか?」
ヴェリオはニヤケ面を絶やさず、大仰に手を広げて続ける。
「ベルトチーネの娘ならば聞いているのではないか? 同僚のメイドから! リリーシュが樹界国で手に入れた
「! ……【神樹の枝】!?」
「そうとも! 手に入れた【神樹の枝】はどこにある!? 神の依代たる最高の素材は、今どこにある!?」
そうだ、僕もセイヤとミーティア様から話しには聞いていた。
【十剣】の
確かに錬金術師としては最高の素材だろう。
仮に杖としたならば、それこそ【聖杖】を超える最高の杖にもなるはず。
しかしヴェリオは無手だ。杖どころか指輪や腕輪などの魔法触媒を付けていない。
ならば【神樹の枝】はどこへ……まさか……!
「カカカッ! 答えは儂の中だ! 骨を【神樹の枝】に置き換えた! 背骨も手足の骨も! 儂の骨は【神樹の枝】で出来ておる!」
な……っ!
そんな……そんな馬鹿げた改造を……自らに……!?
「その結果どうなったと思う!? 溢れる魔力は無尽蔵の力をもたらす! 身体を壊すほどの魔道具を入れても、それを同時に使っても、完璧に制御する! 致命傷を受けてもその神聖力は瞬時に身体を回復する!」
だからあれほどの魔道具を……!
だから脳天を撃ち抜かれても……!
「なんと素晴らしい素材! 最高の素材! まさに神の力の宿った素材だ! それを以って儂は神の力を得たのだ! カカカカッ!」
僕もウェルシア嬢も言葉が出ない。
呆然自失。
それでも倒れ込みそうになる身体を何とか立たせる。
絶望下にあって、それでも睨む事が出来ているのは、やはり僕の中に「復讐の炎」がまだ燃えている証拠だろう。
「さあ、どうする! 神に抗うか!? ヒトの身で! ヒトの分際で神に盾突くか!? カカカカッ!」
歯を食いしばる。
苦悶の表情はそのままに。
僕とウェルシア嬢は同時に杖を向けた。
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