150:一つの因縁の終わり、そして……



■セイヤ・シンマ 基人族ヒューム 男

■23歳 転生者



 教団支部を後にした俺たちは中央区へと戻った。


 帰り道で第一防壁に居た衛兵の話しでは、すでに俺たちが【ゾリュトゥア教団】に乗り込んだことが知られており、どうやら衛兵団長からの指示が防壁の衛兵にまで及んでいるっぽかった。


 当然顔パスで、教団と何が起こったのか質問されたくらいだ。

 興味があるのは分かるが、衛兵団長から聞いてくれと誤魔化した。



 衛兵団は迷宮組合内にあるから、そこに報告に行くべきなのだが、そんなことよりも早く帰りたい。

 こっちは夜間働き通しだぞ? 今回はティナとかまで起きてるんだ。早く寝かしつけてやりたい。

 というわけで一路、我が屋敷へ。



 ……と思ったら、屋敷の前には未だ衛兵団とかメルクリオたちとか、色々とごちゃごちゃしていた。


 気絶していた元信者たちは目覚めたそばから、衛兵団に軽く事情説明をされ、住所や名前などを聞き取った上で帰されていた。

 さすがにこれだけの人数全てに保護と詳しい事情説明をするのは諦めたらしい。



 というより、ほとんどが北西区の住人らしく、北西区の衛兵団に任せるのが筋だと言う事だ。

 帰した後に、後日、北西区の衛兵団が説明に回るのだろう。


 こういう所はカオテッドという街のおかしな所だと思わなくもない。統治区が分かれているが故の弊害かな。



「おお、【黒の主】、結局どうなったか教えてくれるか?」



 フロロと話しこんでいた鬼人族サイアンのおっさんが近寄ってきた。

 どうやらこの人が衛兵団長でジンウという名前らしい。

 ちょうどいいので、庭に侍女たちも全員集めて一気に説明する。


 ティナは……眠そうには見えないな。大丈夫か。逆に目が覚めちゃったかもしれん。

 マルティエルも大丈夫そうだな。シャムシャエルに抱きついている。



 俺は殴り込みの経緯を改めてジンウ団長に説明する。

 百五十人もの信者に襲撃を受け、それを状態異常回復魔法で迎撃。

 それにより信者が操られている事が判明、魔族の関与が決定的になった。


 襲撃の失敗を受けた魔族が飛んで逃げられると困るので、すぐさま北西区の教団支部へと逆襲に赴いた。


 支部の中にはやはり信者が二〇人ほどいたが、同じように状態異常回復魔法により正気に戻った。

 そして地下で魔族と対峙した。



「やはり教団の幹部は魔族だったという事か?」


「ええ、三人居て、うち二人は妖魔族ミスティオ。バルゴとアドメラルダと名乗っていました。もう一人はリーダー格。男爵級の悪魔族ディーモンでザトゥーラと名乗っていました」


『男爵級悪魔族ディーモン!?』



 ジンウ団長だけでなく侍女の面々からも声があがった。

 魔族なのは分かっていたが悪魔族ディーモンで、しかも爵位持ちとは思わなかったらしい。

 死体も持ってきたと伝え、それは衛兵団に引き渡す事とする。


 また、信者を操っていたのは<魅了>ではなく『洗脳薬』という薬によるものらしいと伝える。

 同時に信者をパワーアップさせていた『狂心薬』、これは魔族ならデメリットなしで使える強化薬らしいという情報と共に現物も押収したので、それも渡す。



「おいおい、とんでもないお土産だな、こりゃ……」


「『洗脳薬』で操られた信者はまだ居ると思います。もし他の区でも信者をみつけたら屋敷に連れて来て下さい。おそらくカオテッドでそれを治せる回復魔法を使えるのは、うちの回復役ヒーラーしか居ません」


「そんな高位の神聖魔法なのかよ……分かった。その時は頼む」



 それと押収した現金も渡す。被害者への義援金に回してくれと。

 魔石は……どうしようか。俺たちが持ってても売るだけだからこれも渡しちゃうか。



「あー、こっちとしちゃ助かるが、そうするとお前らがただ働きになるぞ? こんな事言うのは衛兵団として間違っているが、いくら何でも気前が良すぎるだろ。北西区の衛兵団から礼金が出る保障もないんだぞ?」


「元から俺たちは金目当てで襲撃したわけじゃないんですよ。報酬ならあれで十分」


「ん? あれって……」



 俺が親指でクイッと指さす方向では、未だ現場に残っていた両親とドルチェが抱き合って泣いていた。



「お父さん! お母さん!」


「ドルチェ! すまん! 俺はなんて事を……!」


「ごめんなさいドルチェ! 私たちのせいで……!」



 改めてジンウ団長を見て「ね?」と続ける。



「仲間の家族を助けられれば、それで十分って事ですよ」


「ははっ、そりゃ何よりの報酬だ」



 そう言ってジンウ団長が俺の肩をバンバンと叩いた。

 力が強いよバカ。こっちはひ弱な基人族ヒュームだぞ?


 しかし改めて礼金は出させると俺に言い張って、笑顔のジンウ団長は去っていった。


 俺はシャムシャエルとヒイノに、マルティエルとティナを寝かしつけるよう言い、屋敷へと戻す。

 もうすぐ明け方だ。皆にも昼まで寝ているように言いつけ、俺は足取り重く、ドルチェの元へと向かった。



 いや、奴隷の両親って会いたくないんだよ。娘さんを奴隷にしましたって言いづらい。

 ポルとかミーティアの時も嫌だったんだけど。

 とは言え『主人』として行かない選択肢もないので、きちんと話さなくてはいけないのだ。



「ドルチェ、もう大丈夫か? 初めまして、セイヤと言います」


「ご主人様……!」


「貴方が……!」



 記憶があやふやな部分もあるはずだから、ご両親がどの程度こちらの事を知っているのか分からない。だから慎重に行ったんだが、どうやらドルチェもある程度説明してくれていたらしい。


 しかも完全に記憶がないのはここ数日だけで、普通に邪教徒であった時の記憶はあるそうなのだ。



 つまり、ドルチェを生贄だか何だかにしようとしていたのも覚えている。

 その後ドルチェが逃げ出したのも覚えているが、洗脳の影響からか特に探そうともしなかったようだ。


 そしてSランククラン【黒屋敷】、【黒の主】の事も知っていて、しかしドルチェがそこに所属している事は知らなかったらしい。

 だから侍女服のドルチェを見た時に驚いたようだ。



「セイヤ殿……その、ドルチェは……娘はちゃんとやれているのでしょうか?」


「本当に迷宮で戦っているの? ドルチェ」


「ええ、ドルチェは家で家事もしていますし、迷宮では皆を守る盾役として頑張っています。もちろん迷宮ですから危険はつきものですが、なるべく安全に、怪我のないように心掛けているつもりです」


「ご主人様のおかげで戦えてるんだよ! 私だってSランクで竜殺しドラゴンスレイヤーなんだから!」



 やはり心配らしい。当然だよな。

 家出した娘が奴隷になって、組合員になって迷宮で魔物と戦ってるんだ。

 心配しない親が居ないはずがない。



「詳しいお話しもしたいのですが今日はもう遅い。ドルチェ、ご両親を屋敷で休ませてはどうだ?」


「えっ、よろしいんですか? ご主人様」


「い、いいえ! そんな! ここまでご迷惑をお掛けしてご厄介になるなんてとんでもないです!」


「ええ! 私たちは家に戻ります。店がどうなっているのかも心配ですし……」



 あー、記憶がある時には邪神像を置いて閑古鳥状態だったらしいしな。

 おまけに記憶がなくなってからどうなったのかも心配か。

 店の経営者だもんなあ。



「じゃあドルチェはどうする? ご両親には申し訳ないが秘匿情報もあるから奴隷契約を破棄する事は出来ない。でもクランを抜けて家に帰ることは出来るぞ? 店を手伝いたいのならそれでもいい。ドルチェはどうしたい?」


「私は……屋敷に残ります。ご主人様から貰ってばかりのご恩を全然返せてません! これからもお屋敷で働きます!」


「……そうか。ご両親はそれでよろしいですか? ドルチェをこちらで預からせて頂いて」


「……成人前の娘ですから正直心配ですし、セイヤ殿にご迷惑ばかりお掛けして申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかしドルチェにも迷惑をかけた分、気持ちを汲んでやりたいとは思っています」



 なるほど。お母さんもどうやら同じ意見らしい。

 難しいところだが、俺としてはドルチェの気持ちが優先だからな。

 屋敷に残ってくれるならばありがたい話しだ。


 ならばせめて、時々ドルチェを店に行かせるという事で落ち着いた。

 休日にでもなるべくドルチェを北西区に行かせよう。

 今まで買い出し含めて外出も規制させてきたからな。これからは優先的に出歩かせてもいいかもしれない。



 という事で今日の所はお開きとなった。

 ドルチェに北西区の店まで送らせようかとも提案したが、それも頑なに断られた。

 どうも俺を怖がっているか、申し訳なく思ってるのか、やたら遠慮する素振りが見られる。



 改めてドルチェと共に屋敷へと帰る。

 庭を歩きつつ、前に回り込んだドルチェが頭を下げてきた。

 それは背筋がピンと通った侍女の礼。綺麗なお辞儀だった。



「本当にありがとうございました。ご主人様」


「遅くなって悪かったな。でもドルチェもよく頑張った。これからも頼むな」


「はいっ!」



 思わず頭をグシグシと撫でた。

 痛い痛い、やっぱこの髪の毛痛いわ。<カスタム>された防御力でもすっごいチクチクする。

 まあ『主人』ですから余裕の表情は変えませんけどね。


 あー、いい加減眠いわ。今日はよく働いた。

 風呂入るか悩ましい。すぐにでもベッドに行きたい。

 ともかく明日……ってか今日は昼までゆっくり寝よう。そんで休暇にしよう。



 そんな淡い希望を抱いて眠った明け方。


 希望は打ち砕かれるものなのだと痛感した。











 カーン、カーン、カーン!

 カーン、カーン、カーン!



 外から鳴り響く警鐘の音で目が覚めた。

 時計がないから時間は分からないが、陽の差し方と体感で九時か十時くらいだと予想する。

 まだ眠い目を無理矢理こじ開け、頭を働かせる。



 三回連続の警鐘……これは確か『空襲』だ!


 俺は主寝室の窓からバルコニーへ急ぎ出ると、空を見上げた。

 何も変化が見られない。しかし警鐘はずっと鳴り続けている。



 昨夜、邪教を一掃して……すぐに『空襲』……?


 まさか魔族か!?

 教団本部から魔族が空を飛んで襲って来たか!?



 俺はすぐに喪服とコートに着替え、部屋を出る。

 同じように部屋を出てきたエメリーたちも居る。

 まだ部屋に居る侍女たちは眠っているのだろうか。大声で呼びかける。



「全員、戦闘態勢ですぐに庭に集合しろ!」


『はい!』


「エメリー、各部屋を回って寝ているやつが居たら起こして来てくれ」


「かしこまりました」



 三階から二階に下り、同じように大声で呼びかける。二階には八人の侍女の部屋がある。

 ツェンやポルが心配だな。まだ寝てそうで。

 ともかく俺は先に様子を伺おうと庭へと直行。


 着くなり空を見上げるが、やはり何も見えない。

 鉱王国の方角、北西を見ても何かやって来る様子はない。

 誤報? いや、まさかな……そんな風に思っていると侍女たちがやって来た。



「ご主人様、全員揃いました」


「ああ、寝ていただろうに悪いな。この警鐘『空襲』だよな? 昨日の今日だから魔族の襲撃かと思ったんだが……」


「確かに『空襲』の警鐘に間違いないと思います」


「中央区だけじゃなくって北東区でも鳴ってます、ご主人様」


「北東区?」



 サリュが狼耳をピコピコさせてそう言う。

 どうやら<聴覚強化>で他区の警鐘まで聞こえるらしい。

 しかし北東区の方から魔族だなんて……。



 そう思っていた矢先、屋敷の正門に向けて走ってきたのはメルクリオだ。

 その様子は昨夜見た時とは別人のように、切羽詰まった表情に見える。



「セイヤ! 起きていたか!」


「メルクリオ! 何なんだこの警鐘は!」


「【天庸】だ! 【天庸】が襲撃を仕掛けてきたんだ!」


「なっ……!?」



 そうか! 北東は魔導王国の方角。そこからやって来る脅威ならば魔族ではなく【天庸】……!


 しかし昨日【ゾリュトゥア教団】を潰したばかりだぞ!?


 それなのにその数時間後に【天庸】だなんて……! くそっ!!!




「―――タイミング悪すぎるだろ、あのゴミ組織がよお!!!」



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