130:そうだ、ドゥーイットユアセルフしよう



■フロロ・クゥ 星面族メルティス 女

■25歳 セイヤの奴隷 半面



「うーむ、改めて見るとひどいのう……」

「気にはなっていましたが……」

「これはもうどうしようもないです……」



 困り顔で我と並ぶのはミーティアとポル。

 玄関先の庭を眺め、途方に暮れておる。



 元々、この屋敷を購入する際、ご主人様から要望を聞かれ、我とミーティアは「庭が欲しい」と答えた。

 我は大地の民の星面族メルティスであり、【大地の神ディール】様を信仰しておるから当然だ。

 ミーティアも森の民の樹人族エルブス。木の生えた緑ある庭を求めたわけだ。



 そうして買われたこの屋敷。

 美しかった庭も、今ではただの訓練場と化しておる。

 おかげで芝生はめくれ上がり、土もボコボコ。剣戟や魔法の爪痕が生々しい。


 まぁ我もミーティアもポルも、ここで訓練しておるから他人の事は言えんが。



 最近はメルクリオや警備の傭兵も来る機会があったし、これからパーティーやら何やらで人が訪れる機会も増えるだろう。

 だからこそ今のうちに庭の修繕を行いたいと。

 ご指名されたのが我とミーティアとポルというわけだ。



「やっぱりご主人様の<カスタム>でパパッと直した方がいいんじゃないです?」


「それは最終手段だのう」


「今はここにCPを使いたくないですしね」



 ご主人様の<アイテムカスタム>で庭を改造する事は出来る。

 以前にも庭にあった厩舎を鍛冶場にしたくらいだからのう。

 敷地も屋敷と同じく『ご主人様の所有物』と見なされているらしい。


 が、家の<カスタム>には奴隷に施す以上にCPを使うそうだ。

 そして今はCPが不足しておる。



 大迷宮の探索では目論見通りと言うか、短期間で大量の経験値を得て、我らはめでたく目標だったレベルアップを果たしたらしい。

 リッチ、トロールキング、ヘカトンケイル、そして亀。強敵と連戦したからのう。


 特に、やはりと言うべきか、亀の経験値は大量だったらしい。

 あの一戦だけで皆が予想以上にレベルアップしたと言うから相当なのだろう。



 レベルが上がれば<ステータスカスタム>の上限値も増える。

 例えば、現状100までしか振れなかったところが、120にまで振ることが可能となった。

 しかしその20を振る為のCPが足りないというわけだ。


 CPを稼ぐには色々と方法があるらしいが、『弱い魔物だろうが何だろうが、短時間で大量に効率よく倒す』というのが一番良いらしい。

 つまりは迷宮一階の魔物部屋だ。そこを回るのが最も効率が良いらしい。


 本当は魔物より人を殺した方がCPは稼げるらしいのだが……まぁしないに越した事はないだろう。

 今にして思えば【鴉爪団】はCP的にも金銭的にも美味しかったというわけだな。



 ともかく、そうしたわけで現在も数人が迷宮で『魔物部屋マラソン』を開催中。

 皆が苦労して得たCPを庭の補修に使うのも忍びない。

 第一、補修したところで訓練すればまた庭が破壊されるのだからな。CPの無駄使いだ。



「まずは訓練用の場所をきちんと決めなければなるまい。そっちの半分しか戦ってはいけない、とかな」


「それだと狭すぎませんか? 足を止めての斬り合いなら大丈夫でしょうけど、ネネやティナが本気で模擬戦したら絶対スペース足りませんよ」


「魔法なんて以ての外です。近距離で魔法は使いたくないです」



 ふむ、しかしそうでもしないと『訓練場』と『庭の景観』が両立できんぞ。

 ミーティアだって緑が欲しいだろうし、ポルだって畑が欲しいだろう。

 我とてボコボコの大地より、青々とした大地が良い。


 どうにもこうにも困り果て、ついにはご主人様に相談する事にした。

 任せられたのに申し訳ない気持ちはあるが仕方あるまい。



「あー、やっぱ厳しいかー」


「どうあがいても訓練する場所が問題になるのだ。迷宮以外で訓練は禁止、とかしてくれんかのう」


「それは無理だ。みんなが困る。家事仕事の合間にちょっと身体を動かせて、尚且つ屋敷の警備もしやすいから庭でやってるんだ」


「それは分かるがのう……」


「うーん、じゃあ……掘るか!」


「「「掘る?」」」



 また変な事を言い出したご主人様に続いて、我らは庭に戻った。

 向かう先は屋敷から離れた正門のそば、詰所のとなりだ。



「ここに、このくらい大きな四角い穴を開ける。深さは屋敷の一階分くらい、いやもう少し深くか」


「一部屋分程度しかスペースがないぞ。その中で訓練するにしても狭すぎるだろう」


「そこから地下室みたいな空間を作って、その上に庭がある感じだ」


「庭の下全部が訓練場になるという事か?」


「それは広いですね。お庭の広さもとれますし」


「畑も広くできるです!」



 しかし、それだと警備を兼ねるのが難しくないかのう。

 客人や侵入者があった時に早急に駆けつけられるか……。



「ある程度は魔道具に頼るしかないだろうな。ただ<察知>がしやすく駆け付けやすいように、これでも穴は広くとったつもりだ。本当は完全に地下シェルターにしたかったが、そうなると出入りしにくいからな」



 なるほどのう。『地下しぇるたー』が分からんが言いたい事は分かった。

 ただそれだけの空間を<カスタム>するとCPはお高いんじゃないかのう。



「そこはマラソンを頑張るしかないな。あとなるべく遅くに【天庸】が来ることを祈る」


「「「うわぁ」」」



 行き当たりばったりなのはいつもの事だな。

 実にご主人様らしいと言える。


 ともかくそれで方向性が決まった。

 訓練場の方はご主人様にお任せするしかないので、我らは大人しく庭を綺麗にするとしよう。



「とりあえず正門から屋敷へと続く石畳を新しく貼りかえるか。その脇にはやはり芝生かのう」


「灯篭のようなものを立ててもいいかもしれません。夜でも警備しやすくなります。あとはもう少し植樹したいのですが」


「畑を拡張したいです! ご主人様から香草とか豆類って言われてるです!」



 なるほどなるほど。まぁ庭の景観に関しては我らの好きにして良いとは言われておるからのう。

 どれも採用で良さそうに思う。

 三人で庭を歩きながら、ここはこうしようかと話し込む。なかなか楽しいものだな。


 そうして頭に描いたところで買い物だ。


 植え替え用の芝生や樹木、畑の種などは南東区の樹界国領だな。

 それと石畳や灯篭は北西区の鉱王国領か。

 正反対だのう。これ一日で回って庭を修繕するのは無理じゃないかのう。



「中央区ではさすがに売ってないですよね」


「中央区は組合員の為の区だからのう。庭を持ってる組合員自体が皆無だろうよ」


「そもそも家を持ってる人が居ないんじゃないです?」



 うだうだ言っても仕方ないから、早く回るとしよう。

 そう喋りながら南東区へと早歩きで向かう。

 奥まったところに広い敷地を持った『園芸店』という店を地図で見つけ、そこへと足を運んだ。



「おお? これは見事な店だのう。『園芸店』とはこうした店であったか」


「私も初めて来ましたが、この店だけでお庭がいくつも作れそうですね。石材もあるじゃないですか」


「さすが樹界国です! 植物へのこだわりが半端ないです!」



 どうやらこの『園芸店』という店は庭作りや畑作りといった事に特化した店らしい。

 我もこんな店があるとは初めて知ったわ。


 所狭しと並んだ幼木や苗、鉢植え、花、種など。

 そして柵や台、ベンチ、石材、木材、しまいには噴水なども売っておる。

 樹人族エルブスの庭や木々に対する思い入れには恐れ入るわ。


 欲しかった石畳や灯篭もある。どうやら北西区に行かないでもいいらしい。

 他にも作業用のスコップやツルハシ、鍬などもある。


 まぁうちの鍬はミスリルのやつで農作業をしておるから買わんが。

 【不死王の鍬】? 知らんな。そんな農工具は存在せん。



 しかしいくら見ていても飽きないな。

 余計なものまで買いそうだ。

 というかご主人様が来たら、また爆買いするじゃろう、絶対。


 先日の本とか、さすがに我も驚いたぞ。

 ウェルシアとか項垂れておったからのう。

 まぁ我も助かる本がたくさんあったから喜ばしくはあったが。



「目移りしますね。どれも良く見えて思わず手が伸びそうです」


「今日はご主人様がおらんのだから自重せい。ともかく必要なものだけ買おうぞ」


「ポルが種の売り場から離れませんが」


「種くらいなら多めに買ってもいいかのう。それこそご主人様の好みで植えても良い」


「お庭にお花の種を植えてもいいですねぇ」



 ミーティアではないが本当に目移りするな。

 これではご主人様をとやかく言えんわ。


 ともかく迷いながら選び、必要なものを買いそろえる。

 爆買いをするつもりはないが、それでも相当の散財と言えるだろう。

 預かった金とは言え、我の懐から出した額としては間違いなく過去最高だ。



 そうして足取りも軽く、三人で屋敷へと戻る。

 すると、すでにご主人様は訓練場を作っておったらしい。


 詰所の横には大穴が開いて、その穴の側面は継ぎ目のない石のように見える。

 綺麗な四角形に掘られた穴に「おお」と感嘆の声を上げ、見下ろせば、どうやら階段で楽に降りられるらしい。

 あとで見てみるかのう。今は庭が先だ。



 とりあえず我とポルの土魔法で現状の芝生や石畳を剥がし、土を均していく。

 その上で買って来たあれこれを植えたり並べたりと、これがなかなか面白い。

 三人であーだこーだと言いながらも作業を続けた。



「ここにこう植樹していいですかね」


「そこだと密集しすぎではないか? 見通しが悪くなろう」


「ミーティア様、森を作りそうです」



 庭を森にするのは勘弁して欲しい。端の塀際だけにしてくれ。


 石畳は全て新調し、見栄えが良くなった。

 その道の脇には四つほど灯篭の魔道具を建て、間を花壇にする。

 花と灯りで挟まれた石畳の道。良いではないか。


 そこから先は芝生。そして塀際に数本の木。

 鍛冶場の逆側には畑が拡張された。ちゃんと木柵で囲ってもある。



「できたです!」


「素晴らしいですねぇ。自分たちでやっておいて何なんですが」


「うむうむ。感慨もひとしおといった所だな」



 自分たちの手で苦労して作ったからこそ愛着が湧く。そういうものだろう。

 ミーティアもいくら森や木々が好きとは言え、自分の手で庭を作るなど経験ないはずだから、随分と嬉しそうだ。

 これならば皆に見せても喜ばれるだろうな。


 これで誰かが誤って踏み荒らそうものならば、我とて容赦せんぞ。

 くれぐれもいつもの訓練の感覚で庭に入らないよう、言っておかんとな。

 例えそれがツェンだろうが殴りかかるかもしれん。ふふふ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る