122:前人未踏の報告会・前編



■スペッキオ 導珠族アスラ 男

■303歳 迷宮組合カオテッド本部長



「ほ、本部長! セ、セイヤさんたちがお見えになりましたぁ!」



 そんな慌ただしいメリーの声が朝一から響き渡る。うるさいのう。


 四階層への初到達という事で、【黒屋敷】の面々には本部長室ここで儂が直々に聞き取ることにした。

 儂一人で報告内容を吟味するのも何なので、職員から元Aランクのデューゼと、現役Aランクのメルクリオも呼んだ。

 【黒屋敷】自体の事を一番知っておる上に、儂も呼びやすいというのが大きい。



 メリーに伴って入って来たのは【黒の主】セイヤとメイドが四人。

 多肢族リームズ鬼人族サイアン、それとミーティア王女とフロロじゃな。

「失礼します」と律儀に挨拶するセイヤは、メルクリオを見てギョッとしていた。

 対するメルクリオは「やあ」と軽く手を上げる。



「すまんがメルクリオも同席させるぞ。現状の現地を知るトップ組合員じゃからな」


「もう抜かされましたけどね」


「ああ、了解です。失礼します」


「メイドさんたちも座ってくれ。報告は長くなるだろうし、立っているのも辛かろう」


「だそうだ。座らせてもらえ」


『はい』



 ふむ、セイヤはちゃんと『主人』しておるのう。ミーティア王女も普通に従わせておる。



「フロロ、元気そうじゃな」


「ああ、本部長も元気そうで何よりだ」


「占い師だった頃には考えられない活躍じゃのう」


「ふふっ、我も驚いているよ」



 フロロとは十年来の付き合いじゃから、つい話したくなる。主人の手前でメイドと話すのはマナー違反じゃがな。

 こやつが『世界の破滅を救う″黒き者″』を探して、十年かけて見つけ出したのがセイヤじゃ。

 疑念を抱いたものじゃが、この活躍を見る限り、フロロの見る目は確かだったのじゃろう。


 メリーが紅茶を配り、退室してから報告は始まった。



「まず昨日預かったローブと杖は、鑑定の結果、間違いなくリッチのものだと判明した。つまりは四階層へ行ったのが真実だと証明されたわけじゃ。まさかリッチを倒してそのまま帰ってきたわけじゃあるまい?」


「ええ、四階層も少しは探索してきました」


「うむ、その様子を聞きたいのじゃが、まずはそれまでの過程を聞きたい。リッチを倒すまでじゃな」



 厳密に言えばカオテッド以外にもリッチが出現する大迷宮はある。

 だからそこのドロップを探して買い付けるという事も不可能ではない。

 が、極めて現実的ではない。そもそもリッチを倒せる実力を持つ組合員が少なすぎるからのう。


 そういった事を言わずにあえて全面的に信用した上で報告を聞く。

 そこで何かしらの不備があればデューゼとメルクリオが気付くじゃろうし。



「そうですね……まずクラン全員、十五名で探索を開始しまして、真っすぐ三階層を目指そうと。寄り道せずに最短で向かいました。一階は『ゴブリンの巣窟』『大空洞』『鍾乳洞』と。【領域主】もゴブリンキングとコボルトキングくらいでしたね」



 ふむふむ。順当じゃな。



「二階も『平原』のグレートウルフと『砦』のウェアウルフロードのみです。で、『砦』で一泊して一日目が終了」


「「「えっ」」」



 ちょ、ちょっと待てい。一日目でウェアウルフロードを倒したのか!?

 早すぎじゃろ! どうなんじゃメルクリオ!



「さすがにそれは早すぎないか、セイヤ。僕らがどれだけ急いでも一日じゃあ『平原』の中間あたりだぞ」


「そうか? 普通にジョギングペースで行ったんだが」



 走ったのか? 迷宮を? いや、それが普通って普通じゃないぞ!?

 罠はどうする! 余計に体力を使って魔物と相対したらどうする!

 そんなの初めて迷宮に入る子供でも分かる事じゃぞ!?



「いや、本気で走ってるわけじゃないですよ? 軽くですし休憩も入れてます。それに斥候が優秀なんで罠も魔物も分かりますし、普段から走ってるから体力はあるほうだと思いますし」


「「「うんうん」」」


「本部長、諦めてくれ。ご主人様はこれが″普通″だ。いや【黒屋敷】全体がこれで″普通″だ」



 セイヤの言葉にうんうんと頷く三人と、フォローするフロロ。

 普段から迷宮を走ってるって……こいつら魔物部屋に行ってると報告があったな。

 まさか走りながら魔物部屋をいくつも回っておるのか? だとすればあの魔石量も説明がつくが……。



「まぁ、とにかくそれが一日目です。で、二日目にもう一回ウェアウルフロードを倒して三階に行きまして、『巨大墓地』のデスコンダクター、『廃墟』のデュラハンを倒して、『不死城』の一階で一泊しました」


「ふ、二日目で『不死城』……!?」


「とんでもない早さだね……」


「三階層、初めて行ったけど臭いし汚いし、さっさと抜けようってなってな。それまで以上に急いだんだ。メルクリオたちはよくあそこで戦っていられるもんだと感心したよ」


「皮肉にしか聞こえないよ……」



 三階層は二階層以上に広い。その上に敵も強い。

 セイヤの言うルートで行けば、大量に群れている『巨大墓地』と『廃墟』を駆け抜けたという事じゃ。

 魔物を無視して駆け抜けたのならまだ分かるが、ちゃんと【領域主】を倒しておる。

 つまりは殲滅しながら走ったと。とんでもないのう。



「で、三日目にリッチと戦いましたが……これ、詳しくどう戦ったのかって言ったほうがいいんですかね?」


「そうじゃな、頼む」



 メルクリオも前のめりで聞いておるな。

 そりゃ何年も苦戦している相手なのだから当然じゃろう。

 あの部屋の恐ろしさを一番よく知っている一人と言っても良い。



「えー、門番のデュラハン二体は普通に倒すだけなので言いませんけど、そこから『玉座の間』に入りまして、左右のデュラハン十体ずつはこちらが五名ずつで対応しました」


「手前におびき寄せて順々にデュラハンを倒したんじゃないのか! 十五人を三×五人に分散して一気に!?」


「ふむ、するとリッチとガーゴイル二体をたった五名で倒した事になるぞ? ああ、足止めに徹して十名を待ったのか」


「いえ、リッチは聖なる閃光ホーリーレイ二連発で瞬殺できました」


「「「げほっ! げほっ! げほっ!」」」



 むせたわ! ゴクリと唾飲んだらむせたわ!


 ええっ!? リッチが瞬殺!? 聖なる閃光ホーリーレイってお前、最上級神聖魔法じゃぞ!?

 しかも連発って何じゃ、連発って! どこぞの大司教でも連れて来てるのか!?



「ちょ、ちょっと待て、セイヤ。【黒屋敷】の回復役ヒーラーは白い狼人族ウェルフィンの彼女だろう? 【聖杖】も彼女に持たせたんだろうが、その、彼女は聖なる閃光ホーリーレイが撃てるのか? あ、【聖杖】の効果で?」


「いや、【聖杖】を持つ前から聖なる閃光ホーリーレイは撃てたはずだが……だよな、イブキ」


「はい、スタンピードで撃ってましたからイーリスの頃には撃てたと思います。ただ【聖杖】のおかげで威力が随分と上がりましたが」


「そ、そうか……」



 諦めるな、メルクリオ! どうしてそこで諦めるんじゃ!

 おかしいじゃろ! 聖なる閃光ホーリーレイを撃てる狼人族ウェルフィンがどこにおる!

 聖なる閃光ホーリーレイが撃てるって事はあれじゃぞ!? 下手したら超位回復エクストラヒールとか使えてもおかしくないんじゃぞ!?

 聖女か! 狼人族ウェルフィン初の聖女か!



「あの威力の聖なる閃光ホーリーレイを一発耐えたリッチがすごいよ。さすが不死王だな。俺もサリュが聖なる閃光ホーリーレイ連発出来るって知らなかったから驚いたけど、イブキ知ってたのか?」


「いえ私も知りませんでした。あの後サリュに聞いたら『やってみたら出来た』と。ぶっつけ本番だったようです」


「そりゃそうか。リッチレベルでないと二発撃つ前に終わるもんな。さすがはサリュだな」


「はい。あの戦いの殊勲は間違いなくサリュでしょう」


「探索全体を見ても殊勲はサリュだと思いますよ? ご主人様を抜かせば」


「ミーティア、それは言い過ぎだ。俺よりサリュだろ、今回は」



 どうでもいいわい! なんじゃ『やってみたら出来た』って!

 やってみて出来るようなら世界は神殿組織が牛耳っておるわ!

 頑張れば出来るもんじゃないから世界中が困っておるんじゃい!



 はぁ、いい加減「嘘じゃろ!」と言いたいが、ミーティア姫も普通に話しておるしのう……。

 フロロは儂の目を見て「受け入れろ」と訴えかけてきておる……。

 なんかもう疲れたんじゃが。今から四階層の事を聞かないといけないのか。

 持つのかのう、儂。



「それで『玉座の間』を制圧してから玉座の裏の扉を出まして」


「えっ、ガーゴイルは……ああ、もういいや、ごめんセイヤ、続けて」


「ああ、それで扉の先は螺旋階段になっていました。それが城の一階まで続く感じです」



 おお、ここからは未知の世界じゃな。

 よし、気を引き締めて聞かねば。

 ある意味、ここからの報告を聞くのが迷宮組合の本分じゃからのう。



「一階まで下りるとまた扉があって、そこから先は普通に階層を繋ぐ階段です。三階層までと全く同じもの。それで四階へ」


「ふむふむ」


「で、四階は一言で言えば『火山荒野』とか『溶岩荒野』ですね」


「火山……? 溶岩……?」



 聞けば階層の正面奥に噴火している火山があり、そこから出る噴煙が空を覆いつくしている。

 陽の光が入らないほどの黒い空だが、流れ出る溶岩のせいで階層全体は明るいらしい。

 地面は黒い石や砂で埋まり、あとはほぼ岩だけの枯れきった階層なのだとか。


 とても人が住める環境ではないし、探索にも不向きだろう事が窺える。

 ん? 八日で帰還した事を考えれば、ここで数日過ごしたという事か?

 それはとても過酷じゃろうが……いや、今は報告を聞くべきじゃな。



「セイヤ、暑さはどうなんだい? それだけ溶岩だらけでは相当暑そうだが」


「ああ、俺たちは服が耐熱だったから探索できたんだが、試しに上着を脱いでみたらとんでもない暑さだったよ。対策しなかったらあっという間に脱水症状で死ぬな」


「そ、それほどか……しかし、それ『魔装』だったのか。メイド服も?」


「魔装?」


「ご主人様、戦闘用のローブのように魔法処理してある服装の事です。耐熱加工してあるので侍女服も『魔装』に間違いないかと」


「へぇ、じゃあ全員『魔装』だな」



 知らなかったんかい! 自分らの装備じゃろうが!

 と言うかメイド服を魔装にするだなんてそんな酔狂な服屋ないじゃろ!

 既製品なわけないぞ! オーダーメイドしたんじゃないんかい!



「まぁともかくそれで探索できたわけだ。オークションで買ったマジックテントも空調機能ついてたし助かったよ」


「ああ、あれか。僕も欲しかったんだが……」


「で、四階層の探索についてだが、地図を見ながら説明したほうがいいか。エメリー出して」


「はい」



 おおっ、マッピングしてくれたか! これが出来る組合員も少ないんじゃ。

 ましてや初探索の場所で警戒しながらマッピングするのは困難極まる。

 これは助かるのう!


 どれどれ……ほう、なんと綺麗な地図か。上手く書けておるのう。

 色々と書き込みもしてあって、エリアや魔物、魔法陣の場所も書いてある。

 素晴らしい。これは礼を弾まねばなるまい。



 ……ん?


 ……なんかとんでもない魔物が並んでおるが。


 ……儂、聞きたくなくなってきたのう。



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