118:とある衛兵団への苦情



■ジンウ 鬼人族サイアン 男

■42歳 迷宮組合本部 衛兵団長



「団長、また苦情が来ています。説法を止めさせろと」


「はぁ、またか」



 溜息しか出ないな。

 副長の報告に思わず身体を執務机に伏したくなる。


 住民や組合員からの苦情は【ゾリュトゥア教団】の説法を止めさせろという内容だ。

 人の不安を煽るような文句、何より『邪神を崇める教徒』というその存在が耳目に邪魔だと。


 通りで説法が行われては、近くの屋台や店から苦情が入るというのがここ数日の流れだ。

 そりゃ自分の店の前や隣で、大声で邪神の説法をされれば客は遠のくのだから当然だろう。



 北西区の鉱王国領で活動していた【ゾリュトゥア教団】が中央区に進出してきたのはオークションの頃だ。

 つまりはつい最近。

 それが連日の苦情につながっている。


 オークションの日なんか、よりにもよってオークション会場の前で説法を行い、他国の貴族と揉め、えらい騒ぎになった。

 説法を邪魔されたからと言って、貴族を袋叩きにする宗教がどこにある。

 そら恐ろしくも思ったが、それ以上に「こんなに教徒がいたのかよ」という驚きが強い。


 説法をしていないだけで、すでに中央区に何人も乗り込んでいたのだ。

 気付かぬうちに毒に犯されていたかのような感覚。

 あれだけ注意していても気付けば虫に入り込まれていた、というわけだ。



「じゃあ穏便に説法を止めさせて、お引き取り願おう」


「団長お願いします」


「いや、お前やれよ」


「嫌です。団長お願いします」



 俺だって嫌だよ。絶対報復くらうじゃねえか。

 オークションの時は貴族が気絶した事に満足したのか去っていったけど、結局捕らえることも出来なかった。

 というか、教徒を捕らえれば、奪還に動くらしい。

 北西区ではそうした事もあったそうだ。


 衛兵に正面から喧嘩を売る、留置所に襲撃する。

 本当にあいつらイカレてやがる。

 そんなの相手にどうやって取り締まれって言うんだ。



「とりあえず本部長には掛け合ってるんだ。それが通るまでは地道に住民のフォローをするしかない」


「はぁ、腫物扱いを続けるんですね」



 スペッキオ本部長には「公道での全ての宗教の説法を禁じる」という中央区の法令を作ってもらうようお願いしている。

 それを通すにも色々と問題があるが、通さなくては取り締まる事が出来ない。

 法に触れたからと取り締まった所で、報復されないとは限らないが、それでもマシな対応は出来るはずだ。



「だいたい、なんだってあいつらそこまでして信者増やしてんだ? 邪神に祈るだけなら勝手にすりゃいいじゃねえか。教えを広めて教徒を増やして、何がしたいんだよ」


「″浄化″されない人を増やすんじゃないですか?」


「世界を″浄化″するために邪神を崇めるんだろうが。″浄化″されない人を増やしても本末転倒だろうに」


「ははっ、確かにそうですね」



 それとも教徒になった者はすでに″浄化″された者なのか?

 だったら袋叩きにあった貴族はどうなる。

 あれも″浄化″の名目で殴られていたが、別に教徒になったわけじゃない。

 やってる事が支離滅裂なんだよな。



「真面目な話しするとですね、信者を増やして、要は金を集めたいんでしょう」


「お布施か?」


「ええ、なんでも高額のお布施を請求されたり、邪神像を高額で買わされたり、とにかく信者から金を集めているらしいです」


「信仰を金で売るのか、いいご商売ですねぇ。けっ」



 それで実際に信者が増えるんだから不思議だよ。

 下手すりゃ生活苦、借金苦になるだろう。

 借金奴隷になるやつだっているかもしれない。


 信者にそこまでさせて金を集めて、どうすんだよ。

 純粋な教団の運営資金じゃねえだろ。

 噂じゃ麻薬を広めてるとか、禁忌の魔術を使ってるだとか、黒いのが絶えないが、そっちに使ってるのか?



「どうも魔石を集めてるみたいですよ?」


「魔石?」



 ああ、だからカオテッドに、中央区に執着してるのか?

 大迷宮の資源を狙って。

 確かに毎日何千って組合員が探索に入ってるから、世界でも有数の魔石産出地ではある。


 だからこそカオテッドがたった十年でここまで成長したわけだが、だからこそ闇組織とかに狙われやすいってのも確かだ。

 魔石は今や普通に生活するだけでも必須のものだからな。



 しかしその魔石を集めるって事は、まさか本当に禁忌の魔術か何かをやってるのか?

 少なくともただの転売目的なわけないし、教徒の生活に全ての魔石を使うはずもないだろ。



「魔石の買い取りを妨害することは?」


「無理ですよ。どの商人や商会が邪教と絡んでいるかなんて分かりません。魔石集めにしても噂話ですし」


「はぁ、困ったもんだ」



 何にせよ、現状で俺たちが出来る手は限られている。

 動くに動けないのは腹立たしいが、打てる手は打っておこう。



 もういっそのこと中央区で主教を定めちゃって、でかい教会でも建てりゃあいいんじゃねえか?

 その方が邪教を追い出す理由付けができる。

 ああ、なんかいい手な気がしてきた。



「中央区の主教って……迷宮に携わる神様いましたっけ?」


「えーと、ほら、【大地の神ディール】とか」


「それを祀っている鉱王国が真っ先に邪教の被害にあってるんですが」


「うっ……」



 痛い所を突いてきやがる。

 俺だって故郷で【正義の神アンディロ】と【戦神ブルロイ】に祈ってたくらいだからな。

 迷宮の神様って言われるとピンと来ない。



「あ、【黒屋敷】が活躍してるんだから【創世の女神】はどうよ。あいつら使徒って言われてるんだろ?」


「馬鹿言わないで下さいよ。ここに創世教の教会でも置いたら世界中から大顰蹙ひんしゅくですよ。基人族ヒュームと【創世の女神】を馬鹿にしないのは【黒の主】を知ってるごく一部だけです」


「だよなー」



 でももし【黒屋敷】がSランククランになったら……いや、それでもダメか。

 基人族ヒュームや創世教が認められたわけじゃねえ。

 【黒の主】がイレギュラーすぎるんだよな。


 これで【黒の主】が勇者みたいに世界を救うような活躍でもしてくれりゃあいいのかもしれないが。

 ははっ、言ってて馬鹿馬鹿しくなってきた。

 他人頼みはやめて自分に出来ることをするかね。


 とりあえず本部長と相談するか、と俺は重すぎる腰を上げた。



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