101:一万年の悪意



■???



 かつてこの世界【アイロス】に顕現した神がいた。


 その名は【邪神ゾリュトゥア】。

 邪神は世界を破壊する為、自らを世界に下ろし、眷属と共に世界を蹂躙し始めた。


 邪神は【創世の女神ウェヌサリーゼ】が創り出した、数々の神のうちの一柱であった。



 女神からすれば自ら創った神の手より、自ら創った世界が滅ぼされる事態となったのである。

 邪な権能を持つ神を創ったが故の報いではある。

 しかしながらその報いを甘んじて受けるような女神ではない。



 女神が用意したのは一人の男。

 それは【原初の種族】と言われた、力を持たぬ基人族ヒュームであった。

 その者に力を与え、同時に眷属である天使族アンヘルに神託を下した。



『この者は邪神に立ち向かう者。その勇気を持った者。あらゆる種族をまとめあげ、共に″魔″と戦う定めにある者』



 そうして男は【勇者】と呼ばれた。

 女神から与えられた力に、多種族をまとめあげる特別な力があったのかは分からない。

 しかし実際に様々な種族、それこそ世界に散らばる多種多様な種族が勇者の下に集まった。


 例えば多様の変化を見せる獣人系種族。

 例えば森に生きる種族。

 例えば大地に根付く種族。

 例えば魔法に傾倒する種族。

 全く戦えない種族でさえ、勇者の下に馳せ参じた。



 世界と全人類を巻き込んだ戦争は、壮絶な戦いの果て、勇者側の勝利で幕を閉じる。

 邪神は世界から消え、眷属であった魔族もまた、生き残ったわずかな者が人々の生活圏から追い出された。



 追い出され、祀る神が消えても尚、魔族の人類への恨みは消えない。

 本能として魂に刻まれた『人類に対する悪意』はむしろ増したのだろう。

 一万年前の戦いを知らない魔族であっても、誰もが人類への敵対行動をとるのだから。



 ともあれ、生き残った魔族は、二つの方策を立てた。


 一つは言わずもがな、邪神の復活。

 地上から消え去ったとは言え、それは顕現された肉体の事。

 神としての魂と呼べるモノは、未だ眠ったままだ。

 その証拠に今も尚、眷属である魔族が生きている。


 復活させるには途方もない時間と準備、様々な条件が伴う。

 何せ人の手で神を世界に顕現させるのだから当然だ。

 ただ召喚するのとは訳が違う。



 そして二つ目は、勇者が再び現れた時の対応策。

 つまりは『創世教の衰退』と『基人族ヒュームの絶滅』である。


 創世教は女神の眷属である天使族アンヘルたちの主教。

 その教えは女神を中心とした世界の成り立ちであり、様々な神、邪神についても説かれていた。

 魔族にとって、そして邪神にとって邪魔となる情報源である。

 これを人々の意識から離す為、長い時間をかけて徐々に教えを衰退させる。


 時には偽の神官となり他教へと導いたり、時には嘘の神託を与え、人々の中に「創世教は間違っている」という考えを植え付けていく。

 宗教改革、いや洗脳や扇動といった具合だ。


 同時に基人族ヒュームの絶滅を狙う。

 勇者が基人族ヒュームであったのだから、残りの基人族ヒュームからまた勇者が産まれてもおかしくはない。

 だからこそ徹底的に潰す必要があった。


 しかしそれは結局、天使族アンヘルによって防がれる。

 自国であるウェヌス神聖国で保護する事で、何とか基人族ヒュームの絶滅は阻止した。

 大量に数を減らしたものの、少しでも残っていれば魔族にとっては脅威となり得る。

 だから宗教改革と連動して、基人族ヒュームの排他を行った。



基人族ヒュームは最も弱く、何の取り柄もなく、何事も為せない種族である』と。



 これは予想以上の早さで広まった。

 元々、各種族の深層意識にあったのかもしれない。

 基人族ヒュームがなぜ邪神討伐の旗頭になるのかと。

 なぜ力も魔力も寿命も頭脳も、何もかも劣る基人族ヒュームが先頭に立つのかと。


 いずれにせよ、これにより創世教の教えの一つでもあった【原初の種族】という概念も消える。

 誰もが『自分の種族は基人族ヒュームが元となった』とは思わなくなった。

 思いたくないという風潮が生まれ、やがて消えたのだ。


 これで仮に基人族ヒュームの中から勇者が産まれても、多種族をまとめる事は出来ない。

 世界の意識はそういう風に変えられたのだ。

 付き従うのは未だに創世教を説く天使族アンヘルのみ。

 いかに魔族にとっての天敵である天使族アンヘルであっても、これでは邪神の妨げにもならない。



 今や種族はそれぞれの神を奉じ、創世教の教えなど忘れている。

 創世教は廃れた宗教。消えゆく宗教。

 そういう風に世界中に周知されている。



「ふむ、その割には【創世の女神ウェヌサリーゼ】の存在は忘れ去られないのですね」


「そこが女神の厄介なところよ」



 世界は女神が創ったもの。そして最初に創った種族が基人族ヒューム

 いくら創世教を廃れさせ、基人族ヒュームの数を減らしても、その存在価値は魂にまで刻まれているのだろう。


 だから創世教の存在、女神の存在は人の中にあり続ける。

 基人族ヒュームをその目で見なくても、誰もが知る存在であり続ける。



「まぁ基人族ヒュームがそういう存在だからこそ、排他は予想以上の成果を得たとも言えるがな」


「なるほど」



 今やこうした知識を持つ者も少ない。

 世界の全てを見ても、五人もいないだろう。



「それはなんとも貴重な機会を頂きまして」


「それが役目のようなものよ」



 そうして目の前の男に背を向ける。

 振り返る先にあるのは、美しく立派なだ。

 魔道具ではない、松明によってゆらめく炎は、それを時に眩しく輝かせ、時に暗黒の影を作る。


 ゆっくりと膝をつき、頭を下げる。

 もう何百万、何千万と繰り返した祈りだ。



「もうしばらくお待ちください」



 小さな声は薄暗い室内に響いた。



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