99:とある傭兵団の憂鬱



■ズーゴ 猪人族ボエイル 男

■40歳 傭兵団【八戒】団長



「俺たちに【黒屋敷】の警備を?」



 傭兵組合に呼ばれたと思ったら、担当員にそんな事を言われた。

 【黒屋敷】つったらアレだろ?

 Aランククランの、例の【黒の主】とか言われてる基人族ヒュームの。


 俺たちは迷宮組合員を引退して傭兵組合に所属しているが、未だに時間があれば鍛えるために迷宮に潜ってる。

 当然、今話題の【黒屋敷】についても知ってはいるが……。



「【黒屋敷】の皆さんが明日から大規模な迷宮探索に赴くそうです。それでその間、ホームが留守になると。なのでホームの警備をして欲しいという事ですね」


「なるほどな」



 今でこそ【黒の主】も【黒屋敷】も組合員に認知されてはいるが、それでもまだ基人族ヒュームだからって蔑むヤツはいるし、活躍を妬むヤツだっている。

 なんで基人族ヒュームごときがAランクなんだって逆恨みしてる連中もいる。


 そりゃあ基人族ヒュームは言わずと知れた最弱種族だし、それが見目麗しいメイドたちを引き連れて歩いてるんだ。

 反感を買うなって言うほうが難しい。


 つまりはそういった輩が留守を狙ってホームを荒らすかもしれないと。


 【黒屋敷】を妬んで逆恨みするのはイキってる若い組合員が多いだろう。

 だからこそ元Bランクの俺たちを指名って事だ。

 俺たちだったらそこいらの組合員に負けるわけないと。



「迷宮組合としても【黒屋敷】の皆さんは稼ぎ頭ですし、確実に守る為にも下手な傭兵は送れません。だからこそ【八戒】の皆さんにお願いしたいのです」


「はんっ、おべっかは結構だよ。まぁ言いたいことは分かる。仕事はきっちりやるから安心してくれ」


「依頼料は一日当たりこれくらいで」


「高いな! 貴族と変わらないぞこれ!」


「依頼人が「多めに出すからまともなのを頼む」との事でしたので。しかしホームに誰も居ないので中には入れませんし、食事も出ません。昼夜問わずの警備となります。条件は厳しいので妥当ではあります」



 確かにそりゃそうだろうが、それにしたってすごい金額だ。

 さすがは【黒屋敷】。

 オークションで何万も使ったとは聞いたが、本当に金持ちなんだな。



「分かった。じゃあ打ち合わせはヤツらのホームに行けばいいのか?」


「ええ、依頼は明日からですが、顔見せは今日か、遅くとも明朝までには伺って下さい」


「今日これから向かうよ。ホームの場所は?」



 久々の大仕事。こりゃあ気合も入るってもんだ。

 【黒の主】が居るうちに色々と打ち合わせをしないといけない。

 俺は団員の二人を引き連れて【黒屋敷】のホームと聞いた場所へと向かった。



「……ホントにこの通りで合ってるのか?」


「ここ、中央区で一番の高級住宅街ですよ」


「歩くのだけで緊張しますね……」



 言われた場所に来てみたが、見渡す限りデカイ一軒家ばかり。

 いかにも金持ちしか住めないってトコだ。俺らには無縁の場所だな。

 いくら【黒の主】が金持ちだからってこんなトコに住んでるのかよ。



「この通りの突き当りって……あれかぁ?」


「なんだあの庭。あの家。周りの屋敷が普通に見えますね……」


「帝都の貴族邸宅って感じですね、見た事ないですけど……」



 まさか看板が立ってるわけもない。

 俺たちは疑いながらも、高い塀に囲まれたそのお屋敷の、立派な鉄柵の門へとやって来た。


 これ、開けてもいいもんかと立ち止まっていると「シュンッ!」と風のように小さなメイドが現れた。

 いきなり目の前にいるもんだからビックリする。



「うおっ!」


「ん。何の用?」



 黒い髪に半透明みたいな褐色肌、首筋からは薄暗いモヤみたいなものも見える。

 こいつは闇朧族ダルクネスか。

 【黒の主】のメイドで間違いない。



「んんっ! あー、傭兵組合の紹介で来た傭兵団【八戒】のズーゴというものだ。警備依頼の件で来た」


「おお、こっちへ、どうぞ」



 メイドが門を開け、敷地の中へと踏み入る。

 どうやら屋敷の中へと案内されるらしい。


 門から屋敷までは庭を突っ切るかたちだ。

 警備する場所だから下見も兼ねて、見渡しながら歩く。


 門のすぐ裏には衛兵の詰所のような小さな小屋が建っている。

 警備はここを中心と考えたほうが良さそうだ。

 随分と新しい小屋に見えるが……まるで急いで建てたばかりのような……まさかな。


 庭は芝生が敷いてあった形跡があるが、かなり荒れている。

 もったいない。

 おそらく庭で訓練でもしてるんだろうが、手入れまではされていないようだ。


 庭の脇には大き目の小屋。煙突からは煙が出ている。

 よく聞けばカンカンと叩く音。

 まさか鍛冶場か? 自前の鍛冶場を持ってるのか?

 しかしここまで近づかないと聞こえないとか、どうやって音を遮ってるんだ。


 庭の奥には小さな畑。

 それと日陰が作られ、丸太が並んでいる。

 こりゃなんだ? 全く分からん。



 そうして眺めているうちに、もう屋敷の入口だ。

 装飾の彫り込まれた大きな扉をメイドが開け、足を踏み入れる。

 屋敷の中は警備で入るわけじゃないが、思わず見回してしまう。


 床には赤い絨毯、煌々と照らす魔道具の光。

 さすがに壺や絵画が飾ってあるわけじゃないが、それでも貴族邸宅と言われればそうかと思ってしまうほど。



 応接室へと通され、座って待っているように言われた。

 フカフカのソファーとローテーブル。備え付けの棚があるくらいで、ここにも美術品や花などはない。


 その代わりと言うか、剣や槍なんかが立てかけられている。

 とりあえず飾るものがないから置いておこうとでも言うような。

 ……しかし俺の目にはどれもミスリル武器に見えるんだが、気のせいだろうか。



 闇朧族ダルクネスのメイドと入れ違いに、多肢族リームズのメイドがやって来て、紅茶を出される。



「しばしお待ち下さい。主人が参ります」


「ああ、お構いなく」



 一口、口をつけた後で【黒の主】がやって来た。

 一応雇い主だから俺たちは立って出迎える。

 基人族ヒュームだからと下手したてに出ないなんてありえない。俺たちはプロの傭兵だ。



「ああ、お待たせしました。どうぞお掛け下さい」


「傭兵組合の紹介で参りました【八戒】のズーゴと言います。よろしくお願いします」


「ご丁寧に。【黒屋敷】のセイヤと言います」



 若そうに見えて、随分としっかりした受け答え。Aランクの雇い主なのに傲慢でもない。

 だからと言ってへりくだってもいない。まさに【主】だな。

 この時点で再度評価を改める。


 そこから警備の内容に関して【黒の主】―――セイヤ殿から説明があった。


 迷宮探索している間の屋敷の警備。

 常駐先はやはり正門の脇にあった詰所だ。

 そして屋敷には鍵をかけ、入れないようになるらしい。


 その為、食事も自分たちで用意する必要がある。

 夜間の警備も含まれる為、交代制にして勤務時間を分ける。



「うちの傭兵団は全部で十五名です。五人ずつの三交代を考えています」


「十分ですね。しかし五人となるとあの詰所は狭いか……もう少し広くすべきか……」


「ああ、いえ、庭や門前にも立たせますので詰所に全員が入るわけではないので」


「そうですか。じゃあ今のままでいきましょう」



 まるで詰所の大きさが変えられるとでも言うような口ぶり。

 まさか今日中に建て替えるつもりだったのか?



「期間はどれくらいになりますか?」


「おそらくですが七日から十日くらいを想定しています。長くても十五日。なにせ三階層に行ったことがないので、そこがどれくらい掛かるか……四階層次第で早く帰るか、探索を継続するか決めるつもりです」


「よ、四階層!? 三階層も行ったことないって、まさか初見で三階層を突破するつもりですか!?」


「まぁ出来れば、ですけどそのつもりです」



 大迷宮が発見され、カオテッドが出来て十年。

 未だ誰も四階層へは到達していない。

 それをこの男は初見で突破すると言う。事もなげに。


 誰が聞いたって「バカな話し」だ。

「迷宮を嘗めるんじゃねえぞ、この基人族ヒュームが」と組合員なら誰もが言うだろう。

 そもそも三階層にちょっと行って帰るだけでも往復で最低十日は掛かる。

 Aランククランだという事を考慮してもだ。



 しかし相対している俺からすれば、それが真面目に言っていると分かる。

 本気で突破できると思っている。短期間で、初見で、三階層を突破すると。

 根拠のある自信がそこには伺えた。



「依頼する期間があやふやで申し訳ないんですが」


「い、いえ、旅先の護衛なども道程次第で日数が変わるなんてことも日常茶飯事です。とりあえず長めで十五日を想定しておきます。短くなっても余計に請求するなんてことはしないのでご安心下さい」


「助かります」



 全く驚かされてばかりだ。

 一応は噂と実績を自分なりに鑑みて【黒の主】の評価を高めていたつもりだったが。

 どうやら俺が思っていた以上の人物らしい。



「それで狙われるとすればやはり若い組合員連中ですか」


「それもあるでしょうね。最近は少ないですけど絡んでくる組合員はいますし、偏見や侮蔑、嫉妬なんかも持たれているでしょうから」


「これでも一応元Bランクなので対処は容易いと思います。しかしそれも・・・という事は他にも心当たりが?」


「そうですね……やっぱり闇組織ですかね」


「や、闇っ!?」



 俺たち三人の顔が同時にひきつる。



「【鴉爪団】や【宵闇の森】の残党、他にも小さな闇組織があるらしいですけど、そいつらが襲ってきた場合、無理そうなら逃げちゃって下さい。命第一でお願いします」



 【鴉爪団】に【宵闇の森】だって!? 大組織じゃねえか!


 風の噂で【鴉爪団】が壊滅したとか、【黒屋敷】が【宵闇の森】の連中を捕らえたとは聞いていたが……だからこそ恨みを買ってるって事か。

 さすがに俺たちだけで闇組織を相手取るってわけにはいかないな。

 いや、残党だけなら俺たちでも対処できるか……?



「それと【ゾリュトゥア教団】と【天庸てんよう】ですかね。ここが来たら迷わず逃げて下さい。出来れば組合と【魔導の宝珠】のホームに連絡を入れてくれると助かります」


「!?」



 ……どんだけ恨み買ってるんだよ、お前は。


 ……ちょっと警備するの自信なくなってきたな。



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