52:汝の買う奴隷はすでに決まっておる



■セイヤ・シンマ 基人族ヒューム 男

■23歳 転生者



 そんなわけで日を改めて奴隷商【ティサリーン商館】へとやって来た。

 ここもなんだかんだで四回目だな。もはや常連感がある。


 メンバーはエメリー、ミーティア、フロロ。

 侍女長のエメリーは当然としてミーティアとフロロは「人を見る目」を信用して。

 俺はあまり自分の「人を見る目」を信用していない。

 美人や美少女だったらつい買ってしまいそうだ。



「あらあらあらセイヤ様。本日は奴隷をお探しで?」


「ええ、今日は契約だけじゃなくて買いに来ました」


「あらあらあら、初めてですわね。やっと購入して頂けるのですね~。こちらへどうぞ」



 短期間で四回目なのに、今まで奴隷契約してもらっただけだからな。

 奴隷候補を持ち込まないのは初めてだ。

 ティサリーンさんも気合が入っているらしい。


 いつもの応接室へと通されてソファーに座る。

 三人は俺の後ろに立ったままだ。

 外では侍女然としてもらいつつ、俺は彼女たちの主人を立派に演じなくてはならない。

 これは矜持であり見栄である。



「それでどのような奴隷をご希望ですの?」


「家事のできる女性の使用人を探しています。それと戦う事を了承してくれる事。これは戦闘経験がなくても良いです」


「戦えなくても意思さえあれば良いと?」


「ええ」



 ヒイノもティナも自衛の為の戦闘力が必須だったから無理矢理戦わせてレベルを上げさせた感があるからな。

 奴隷を買うとなると、絶対に戦いたくないって人もいるだろうし。

 せめて「経験ないけど言われれば戦いますよ」くらいじゃないと自己防衛力も付けられない。

 恨みを買いやすい俺の侍女になるのなら最低限のレベルと<カスタム>は必要だ。



「ご主人様、我も注文だしてよいかの」


「ん? 良いぞ」



 珍しいな。侍女として後ろに立たせているのに口を出すなんて。

 エメリーが一瞬、眉間に皺が寄るくらい侍女的にありえない事だ。

 こうした場でフロロがミスをするとは思えん。

 という事は……



「まさか実際に見る前に占ったのか?」


「今朝方、運命神様にお聞きしたところ、ご主人様が出会うべき者は決まっておるそうだ」


「なんだそれ、選べないのか」


「選ぶのは構わん。何人買っても良いだろう。しかし我の言う一人には会って欲しいというだけだ」


「あらあらあら、相性の合う主人と奴隷を引き合わせるのが、奴隷商の腕の見せ所ですのに……」



 フロロの中では見なくても一人は決まってるって事か。

 反則的だな、占い師って。



「案ずる事はない。女主人よ、ご主人様に見合う人選をしてくれ。それが我の見た者と同じようならば何も言わん」


「あらあらあら、運命神様の導きに沿うかお試しという事ですのね。ならば腕が鳴りますわ。まずは一人、セイヤ様に合いそうな者を連れて参りましょう」


「うむ、それで良い」



 ティサリーンさんは応接室を出ていった。

 その一人というのを連れて来るのだろう。



「フロロ、あまり虐めるなよ? 俺はティサリーンさんが勧めてくれて俺たちが納得できる人選であれば、占いの結果に限らず選ぶぞ」


「ふふっ、ご主人様はそれで構わん。むしろそうしてくれ。我が言ったのは、ああでも言わないと女主人は何人も連れて来たであろうからな、その牽制だ。無駄に金を払うこともあるまい」



 じゃあ俺が勧められるままに何人も買うと?

 何人か並べられて「全部買っちゃおうか」とでも言うと?

 ……すごく言いそうだな。


 少し待つと、ティサリーンさんは一人の女の子を連れて来た。

 随分と小さな女の子だ。赤茶色のパーマみたいなくせっ毛を無理矢理一つに纏めている。

 しかし特徴的なのは右顔と右手が火傷で爛れていること。

 右目も白眼っぽくなってる。見えないのか?

 可愛らしい女の子なのに、なんとも残念と言うか可哀想と言うか……。


 彼女は座ったティサリーンさんの後ろに立つと、驚いたような表情のままこちらを見ている。

 そりゃ自分を買いそうなのが基人族ヒュームだったら驚くだろうさ。

 ん? 視線がエメリーの方で固まってるな。

 多肢族リームズも見た事がないのか?



「私の思うセイヤ様におすすめの奴隷を連れて参りましたわ。名前はジイナ、鉱人族ドゥワルフで十九歳です」



 十九!? イブキと同じ年齢か! 十歳くらいかと思った!

 鉱人族ドゥワルフの女性ってこんななのか。

 北西区の武器屋の親父とか、髭もじゃの「ザ・ドワーフ」だったからなぁ。



「御覧の通り、火傷により顔と右手に痕が残ったままです。右目は全く見えず、右手はなんとか動く程度。しかし使用人としては教養・家事技能含めて問題ありません。酒造りの経験と、女に珍しく鍛治の経験もございます」



 鉱人族ドゥワルフの女で鍛治の経験があるってかなり珍しいらしい。って後から聞いた。

 酒造りも鉱人族ドゥワルフの女性の専売特許らしい。

 男は酒を造らず飲むばかりなんだとか。初めて知ったわ。



「へぇ、優秀ですね」


「しかし右目は見えず右手も不自由な状態ですわ。酒造りも鍛治も知識として持っている程度に思って頂いた方がよろしいかと」


「ふーむ、じゃあちょっとこれ見てみてくれるか?」



 そう言って俺は黒刀を机に置く。

 鍛治をやってたのなら反応するんじゃないかな。

 普通の人が見たら「真っ黒で綺麗な細い剣」で終わりだろうし。



「すごい……」



 ……思いの外、食いつきがスゴイ。

 この目はマジな目だな。

 触ったことのない刀だろうに、丁寧に扱おうとしてるのが分かる。



「へぇ、本当に鍛治師なんだな。その年齢で大したものだ」


「あらあらあら、お分かりになるのですか?」


「武器屋に見せるとね、店主は大抵同じ反応になるんですよ」



 自前で鍛治師を抱えるってのもいいかもな。

 北西区の武器屋に持ち込まないでもみんなの武器の調整とか修理とか出来そうだし。

 俺が作って欲しい前世アイテムとか作れるかもしれない。


 とりあえず刀は回収しよう。

 なんかもう武器屋の親父と同じで手放さない感じになってる。

 取り上げたら「あ……」と名残惜しそうな声を出していた。



 さて問題は<アイテムカスタム>で家に鍛冶場を作れるか。

 それとこの娘の右手だけでも治るかだな。



「右手や右目を治す方法はあるんですかね?」


「手も目も完全に無くなっているわけではありませんから一応治す方法もある事はありますわ」



 曰く、世界に数人しか居ないレベルの高位司教による神聖魔法か、迷宮奥の宝魔法陣から時々発見される霊薬エリクサーならば、という所らしい。

 魔法を頼むにしても仮に伝手があったとしても高額の依頼金が必要。

 霊薬エリクサーも狙って手に入れるには迷宮よりもオークションに時々出品されるものを競り落とす方が早いらしい。

 それにも莫大な金が必要らしいが。


 うーん、まぁ方法があるなら色々と試してみればいいか。

 鍛冶場が作れるかどうかは家に帰らないと分からない。

 <カスタムウィンドウ>は見れても現地でないと設定ができん。

 みんなのステータスいじったりは離れてても出来るんだが同じ<アイテムカスタム>でも奴隷の<ステータスカスタム>は少し違うんだろう。


 でも仮に作れなくても、武器の具合の良し悪しは見て分かるんだし、別に槌が打てなくても鍛治師が居るだけで十分じゃないか?

 考えれば考えるほど、買う前提になってるな。



「ちなみに戦う事への忌避感とかはあるか? ああ、右手や右目の事は抜きにして、戦えなくてもいいから迷宮に付いて来てくれと言ったら、君は付いてこれるか?」


「えっと、荷物持ちポーターという事でしょうか。もちろん奴隷ですからそういった事も覚悟してます」



 荷物持ちって意味じゃないんだが、ここで右手が治る前提で話すのも期待を持たせるみたいでマズイか。

 とにかく忌避感はなさそうだから大丈夫かな。


「どうだ?」と後ろの侍女軍団を見る。

 エメリー、ミーティアは頷く。大丈夫そうだ。

 フロロはニヤリと笑っている。この娘がそう・・ってことか。

 なんかお前の手のひらの上って感じで嫌なんだが。



「ティサリーンさん、この娘を買います」


「まあ、ありがとうございますわ。では契約に入りましょう」



 契約自体は四回目だからすんなり終わった。

 ジイナが「この奴隷紋はっ!?」となったのはいつもの事だ。

 俺はスルーすると決めている。

 後ろの連中が結婚指輪を見せるように左手の甲をそろって見せているが、当然スルーだ。


 かくしてジイナが俺の奴隷兼侍女になったわけだ。

 迷宮で戦えるのかどうかは右手次第。

 でも最低限の自己防衛力はつけさせたいからなぁ、治らなくても付いて来させるかね。



 帰り際、フロロとティサリーンが話していた。



「私の目が確かだったようで安心しましたわ~」


「ふふっ、あの娘――ジイナはご主人様と巡り合うのが必然だった、それだけの事だ」


「それでもですわ。運命神様に逆らいたくないですもの」


「それとな、女主人よ。数日後に新たな奴隷が入ると思う。ご主人様に合いそうと思ったら連絡をくれ」


「そ、それは……そこまで見えて・・・いますの……?」


「ふふっ、たまたまだよ。頼んだぞ」



 ……えっ、また買うって事?

 もはや俺の意思ないじゃん、それ。

 まぁいいけどさ。使用人増やすつもりだったんだから。

 でもやっぱ手のひらの上って感じが嫌だなー。



 と、そんなことがありつつ商館を出て、五人で少し話しながら歩き、屋敷へと帰ってきた。



「こ、こんなお屋敷に……!」



 これもいつもの事です。ウェルカム、ウェルカム。



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