第三章 黒の主、樹界国に立つ

49:火傷顔の鍛冶師



■ジイナ 鉱人族ドゥワルフ 女

■19歳 火傷顔 隻眼 右手麻痺



 鉱人族ドゥワルフと聞いてどういう種族を連想する?

 背が低い、鉱夫、鍛治、酒……まぁだいたい合ってる。

 ついでに言えば小さい割には力があって、火か土の魔法が得意なやつが多いってとこか。


 鉱人族ドゥワルフってのは男女の役割がはっきりしてる。

 髭面の男衆は坑道でツルハシ振ってるか、鍛冶場で槌を振ってるかだ。

 幼く見える女衆は家事と酒造り。


 もちろん農家のやつだっているし商人になるやつだっている。

 政治家もいれば組合員だっている。

 あくまで大多数の話しだ。



 私も家業柄、小さな頃から酒造りの手伝いをさせられた。

 実家が街でも有数の酒蔵だったから余計に厳しく教えられた。

 将来は酒造りをするのだと、そう決められてるみたいにな。


 でも私がやりたかったのは鍛治だ。

 暇を見つけては鍛冶場に入り浸り、炉から出る赤い炎と、カンカンと叩く槌の音に惚れこんだ。



「ジイナ、お前は本当に鍛治が好きなんだな。教えたらお前の親御さんに怒られるんだが特別だ。少し打ってみるか」


「ほんとか! いいのか!?」


「ああ、ただ内緒にしろよ?」


「もちろんだ!」



 そこの大将とは近所付き合いもあった。

 ガキの私が遊びに行っても快く迎え入れてくれた。

 そして好意によって、少しずつ鍛治の仕事を覚えるようになる。


 見習いでもないガキの、しかも女が鍛冶場に入るなんて知られたらただじゃすまない。

 見つかったら終わりだ。

 それを誤魔化すように酒造りも熟せるよう、人一倍頑張った。


 ただやっぱり鍛治の方が性に合ってたんだろう。

 頑張った酒造り以上に、時々習う鍛治の方が上達が早かった。


 女だから酒を造らないといけない。

 でもやりたいのは鍛治、上手くやれるのも鍛治だ。

 私は将来どうなるんだろうか、そんな考え事をしながら打ってたのがいけなかった。



 本来燃え広がらないはずの炎、鍛冶場であってはならない火災が起こった。

 原因は私の打っていた炉だ。

 炎は私の顔と右目、右手を奪い、懇意にしていた鍛冶場と―――将来をも奪った。


 鍛冶場の怖さを知る鉱人族ドゥワルフは火災を許さない。

 おまけにその原因は女の私だ。

 本来打ってはならない小娘が、鍛治をし、火災を招いた。


 親身になってくれた大将は私のせいで捕らえられた。

 私も同様だ。

 いくら有名酒蔵の娘で、酒造りが上手くとも、過ちを犯した上、顔の右半分が焼け爛れている。

 こんなんじゃ家がもみ消した所で嫁にも行けない。


 当然のように奴隷となった。

 ただ名目が犯罪奴隷ではなく、鍛冶場建て直しの為の借金奴隷だったのは、家から犯罪者を出したくないという両親の見栄だろう。



 奴隷商人のコミュニティというのは単純かつ複雑だ。

 上位の商人に「こういう奴を売ってくれ」と言われ、すぐに買い手が付きそうになければ商人同士で売られて行く。


 私など最たる者だ。

 顔と右手が焼け、右目は見えず、右手の感覚がほぼない。

 所謂、欠損奴隷というやつだ。

 たらい回しになるのも必然。


 しかしこんな如何にも売れなさそうな奴隷を売ろうとする酔狂な商人もいる。

 奴隷商の大店【ティサリーン商館】。

 大店であるからこそ売る自信があったのだろうか。

 本店のあるカオテッドに私は向かわされた。



「あらあらあら、可愛い顔してるじゃない。もったいないわねぇ~。とりあえず身綺麗にするわよ~」



 女主人のティサリーンさんは貴族のような風貌ながら気さくで親身な方だった。

 とても大店の女主人とは思えないほど、奴隷に対して優しく接してくれる。


 この商館は特に奴隷の価値を高めようという意識が強く感じられる。

 清潔さ、食事管理、体調管理、さらには人との話し方や接し方まで学ばされる。

 教養なども同様だが、私は読み書きも算術も出来るので問題なかった。


 そして私に何が出来るのか、詳しく説明を求められる。



「どんな人にも取り柄があるわ。そしてそれを欲する人がいる。それを引き合わせるのが奴隷商というものなのよ~」



 ふざけた様子でティサリーンさんは言う。

 しかしそれは彼女の矜持なのだろう。

 そしてそれを見極める目を持っていると自負していた。



「あらあらあら、鉱人族ドゥワルフの女の子で鍛治ができるなんて素敵じゃな~い。私も初めて見るわ~」


「普通はやりません。私はそれで奴隷になったのですから」


「お酒造りに加えて鍛治が出来るなんて、それは十分に魅力よ」


「それに右目はともかく右手がほとんど使えないので鍛治は出来ません。槌が打てないのです。酒造りはなんとか、という所です」


「そうね~、それだけの怪我を治すとなると【ウェヌス神聖国】にいる天使族アンヘル……最低でも司教クラスの上級魔法か、迷宮の奥でしか手に入らない霊薬が必要かしら~。仮に材料が揃っても錬金術師に作れるのか分からないものね~」



 つまりは治せないという事だ。

 あとはオークションで霊薬を競り落とすなども方法としてはあるが金額的に現実的ではない。

 天使族アンヘルの司教に頼むにしても同じだ。莫大な金がかかる。


 自分で言うのもなんだが、そこまでする価値がない。

 この状態の私で売れなければ、それこそ鉱山送りになるか娼館に行くか、そんなものだろう。

 結果として犯罪奴隷とそう変わらない未来。

 私はすでに求められる事を諦めていたのだ。



 ―――そしてまさか、たった数日で求められるとは思っていなかった。



「ジイナ、貴女を買って下さるかもしれない御仁よ。私もこの人ならと認めている御方。それでも貴女が買われたくないと判断したなら合図をしなさい、私がお断りするわ」



 奴隷に買う人を選ばせるというのか。そんな権限などないのに。

 私は少し驚いた。

 彼女は大店の奴隷商という立場でありながら、奴隷の扱いが他とはまるで違う。


 しかしティサリーンさんの認めた人、私はそれが気になった。

 顔は焼け、右目が見えず、右手も上手く使えない。

 使い捨てられて当然の私だが、人生を預けられる人なのかどうか見極めなくてはならない。


 おこがましいと思いつつ、緊張しながらも私はティサリーンさんの後に続き、応接室へと入った。



 そこに座っていたのは黒い貴族服を纏った基人族ヒュームの男性だった。

 そしてその後ろに並ぶのはメイドたち。

 唖然としたのは言うまでもないが、それ以上にメイドの背にある武器・・に目がいった。


 ミスリル製のハルバード、それが二本。

 そこらの貴族が持てるようなものではなく、二本も持つ必要のないソレ。

 ましてやメイドが持つようなものではない。


 何なんだこの人たちは。戸惑いを隠せないまま、私はティサリーンさんの後ろに立った。


 ティサリーンさんから私の説明がなされる。

 その間に私は彼の様子を伺う。

 私自身に買われる・・・・意思があるのか、問いかけなければならない。



 彼は家事が出来る使用人を探していた。

 私は家の教えもあり、家事もできるし、教養もある。

 さらには身体に不自由はあるものの、酒造りと鍛治もある程度は可能だと告げられた。



「へぇ、優秀ですね」


「しかし右目は見えず右手も不自由な状態ですわ。酒造りも鍛治も知識として持っている程度に思って頂いた方がよろしいかと」


「ふーむ、じゃあちょっとこれ見てみてくれるか?」



 彼は腰に佩いていた細身の剣を机に乗せた。

 私はティサリーンさんに頷かれ、「失礼します」とその剣を手に取る。

 真っ黒な鞘に納められた真っ黒な剣。

 服と言い、悪趣味だと言わざるを得ない。


 しかし鞘ごと持ち上げただけで、その異常さが分かる。


 軽い。武器であるのに、まるで命を預けられる気がしないほどの軽さ。

 だと言うのに鞘に収まった状態で尚、ただごとではない重厚感を醸し出している。

 恐る恐る、鞘から剣を抜き、それが露わになる。


 ―――真っ黒な片刃の刀身。


 闇夜を凝縮したような恐ろしさ、黒水晶を磨き上げたような美しさ。

 レイピアより薄く鋭く、グレートソードより力強い。

 一体どんな金属で、どうやれば作りだせる芸術なのか、私には全く分からない。



「すごい……」



 そんな陳腐な言葉しか出なかった。客前だと言うのに目は剣から離せなかった。

 思わず了承も得ずに<武器鑑定>を行う。

 ―――不明。何も分からない。

 そんな武器がこの世にあるのかと、また驚愕した。



「へぇ、本当に鍛治師なんだな。その年齢で大したものだ」


「あらあらあら、お分かりになるのですか?」


「武器屋に見せるとね、店主は大抵同じ反応になるんですよ」



 彼はそう言い苦笑いをしていた。

 私は結局、彼に買われることになった。

 もっとこの剣を見たい。この剣の事を知りたい。

 そんな浅はかな気持ちがあったのは確かだ。


 そして私は知ることになる。

 彼―――ご主人様の力と、この剣の凄さを。



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