第39話 【幸太】修羅場
喫煙所で、美波と一緒になった。
いつものように不機嫌な顔でタバコをふかす美波。
触らぬ神に祟りなし。
俺は気付かぬふりをしてそっと部屋をあとにした。
エレベーターを待っていると、美波が部屋から出てきた。
「幸太さ、年下とか無理だと思うよ。私と一緒で、あんた、メンタル弱いじゃん。相手の子を支えてあげらんないから、向いてないよ。」
急に人格否定されてイラッとした俺は、強い口調で言葉を返した。
「勝手に決めつけんなよ。だいたい、別に俺、お前ほどメンタル弱くねーし」
「弱い人間は、弱い人間同士で支え合ったほうがいいと思う。その方が、まわりに迷惑かかんないし。」
「迷惑??どういう意味だよ。バカにしてんのか??」
このまま話していたら本気でキレてしまいそうで、エレベーターを待つのをやめ、階段で下におりた。
弱い人間
迷惑
支えてあげらんない
美波の言葉が頭の中でこだまする。
2フロア下った先の踊り場に、晴翔の横顔が見えた。誰かもうひとりいるようだ。
コンビニでも行こうぜと声をかけようと、近づいたその瞬間、俺は見てはいけないものを見てしまった。
晴翔と至近距離で向かい合っている相手は、陽奈だった。
「え‥!?」
二人はいっせいに俺の方をみて、固まった。
陽奈は真っ赤な顔をして首を振った。
「コータ!ち、違うの、これは、、、」
晴翔は、俺と陽奈の顔を交互に見くらべて、何かを察して青ざめた。
「コ、、、コータさん、すいません!!!俺、二人が付き合ってたとか知らなくて!!!」
そういって、何の躊躇いもなくその場で土下座した。晴翔が震えているのが、数段高い場所からでもはっきりわかった。
「陽奈、部屋戻ってろ。晴翔お前、ちょっと外こいや。」
陽奈は泣き出しそうな顔をして、階段をかけ降りて行った。
俺と晴翔は、無言でエレベーターにのり、下へ降りた。
ビルの外玄関で、俺はタバコを途中まで吸って、足で踏み潰して火を消した。
「コータさん、、本当にすみません。でも、俺、、、ひなさんに本気だったんです。遊びで手ぇ出したとか、、そんなんじゃないんです。」
晴翔は目に涙を浮かべながら言葉を振り絞った。
キレる気力もなくした俺は、晴翔に聞いた。
「つまりさ、俺より先に、お前らがデキてたって話だよな?」
晴翔が飲み屋や定食屋で話していた"気になる女"の話がフィルムのように頭の中を流れた。
「でも、まだちゃんと付き合ってなくて、、、だからちゃんと伝えたくて、俺さっきあそこで、ひなさんに告ったんです。」
いや、仕事中に何やってんだよ。ふざけんなよ。
「返事は?」
「告ったタイミングで、あぁなったから聞けてなくて。。。でも俺、コータさんの女なら、潔く諦めます。コータさん、、ひなさんを幸せにしてあげてください。」
意味もわからず、晴翔から陽奈を託された。
幸せにしてあげて
なにかが、棘のように心に突き刺さった。
「いや、おかしくね?俺ら付き合ってるんだけど。お前のことがなけりゃ、俺もひなも充分幸せだったし。つーかさ、マジありえんわ。。お前と寝た女に、俺は本気になってたってことだよな。」
3本目のタバコで、俺は宙に輪を描いた。
「いや、でも、最後までしてないんで、、、」
晴翔は必死に弁解するが、まったく弁解になっていない。
「途中も最後も変わんねーよ。」
溜め息が止まらない。
いたずらに舌をだし、上目遣いに俺を見る陽奈の顔を思い出す。
陽奈は、晴翔にもあんな顔を見せていたのか。
おまけに、晴翔のほうが先だったなんて。
若い女に振り回されて、ひとりでいい気になって、自慢して
俺、いい歳してバカみたいだ。
晴翔に見えないように、俺はそっと指輪を外してポケットに入れた。
「晴翔、泣くなよ。お前がわざとやったんじゃないのくらい、わかってる。本気だったのもわかった。優柔不断な陽奈が悪い。」
「違うんすよ、、ひなさんは、なんにも悪くないっす。俺がひなさんを好きになりすぎて。。」
ボロボロと涙をこぼす晴翔。
めぐに相談してたって話してたな。
ここへきてもまだ、陽奈に未練があるのだろう。俺はいたたまれなくなった。
「もう、問い詰めないから、この話はなかったことにして今までどおりにやろうぜ。ただ、悪いけどもう二度と陽奈には近づかないでくれ。俺、本気でキツいわ。」
晴翔、俺だって本当は泣きたい。
でも俺は、お前ほど素直に生きられない。
「わかってます。。もう二度とひなさんに連絡したりしません。ごめんなさい。。。」
スーツの袖で泣いた目を擦る晴翔をひとり玄関に残し、俺は仕事に戻った。
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