「招かれた客」— episode 3 —
崖の上から見た森。
とてつもなく広大な樹海だった。
遠くにうっすらと見える山脈。その
ひどい目には遭った。だが飢え死にか、獣に襲われる前に捕われてよかったのかもしれない。男は相変わらず黙っている。もともと
「ここはいったいどこなんだ?おれが元いた世界とあきらかに違う。いったいどこに向かってる?」
男は前を向いたまま何も答えない。
「おい、聞いてるのか?おまえはいったい——」
前を歩いていた馬が急に止まった。男が振り返り、遮るように言った。
「おれにこれ以上質問するな。おまえにこれから会わせる人間の、おれはただの使用人だ。ついてくればわかる」
そう言うとまた前を向いて進みだす。取りつく島もない。
服の上からでもわかる鍛えあげられた身体。耳にしたことのない言語で異民族と会話し、流暢な日本語を操るこの男。それがただの使用人……。
再び森へと入る。しばらく行くと上に
男はまっすぐ
「おりろ」
馬を繋ぐと、何も言わずまた歩きだす。
そこそこ大きな集落のようだった。
小高い山の方へ向かって歩いて行く。階段がその上へと続いている。黙ってひたすら上がっていく。うっすらと明かりが見えてきた。
木造二階建ての家屋。中へ入ると暖かかった。
「ここで待っていろ」
男は二階へと上がっていく。
薄暗い部屋を見回す。生活感があった。天井には太い
「上がってこい」
暗くて狭い階段。上がり、左へと後に続く。廊下の左右に扉が一つずつ。男は突き当たりの扉までくると、二回ノックした。
「入れ」
そう言って扉を開け、目で促してきた。中へ入ると男は扉を閉め、下へと戻っていく。
真っ白な髪と髭をたくわえた老人。暖炉の前の椅子に座り、パイプを
「むさくるしい所ですまないね。まあ、かけて」
「……日本人…だな」
椅子に腰掛けながら訊ねた。
「ああ。日本で生まれ、日本で育った」
この部屋に入った時から感じた違和感。何故かはわからないが、そのまま口にした。
「おれがここへ来ることを、あんたはわかってた。……そうなんだろ?」
老人はゆっくりとした動作で、煙をふかした。
「話がはやくてたすかる」
そう言って吸殻を灰皿に捨て、パイプを置いた。右手の甲に撃ち抜かれたような
「尋ねたいことは山程あるとおもうが。まずはおまえさんがこの領域へ来た理由だが……」
それが一番知りたかった。
「わたしにもよくはわからんのだ」
ふざけるな —— 溜め息が出た。
「話が違う。さっきの…あの使用人とかいう男がここへくればわかると言った。あんたに聞けばわかるということだろう」
苛つきと疲労感がない混ぜになった。
「まあ落ち着いて。話を最後まで聞いてくれんか?」
そう言って老人は少し黙ってから、静かに口を開いた。
「おぬし、殺したい人間がおるであろう」
口調が変わった。声質も ——
「そんな人間、むこうには腐る程いる。なんなら、惑星ごと消滅しちまえばいいとさえおもってるよ」
老人は目を閉じた。そしてゆっくりと、信じられないことを口にした。
「ナガタ……ノリコ」
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