第55話:関東管領

天文20年12月1日:武蔵江戸城:前田武蔵守利益19歳視点


 信長がやってくれた!

 俺ではとても思いつかないような、とんでもない策を実行した!

 なんと、俺を関東管領にしたのだ!


 関東管領職を巡っては、山内上杉家と扇谷上杉家が争っていたそうだ。

 いや、山内上杉家内でも親兄弟で争っていたそうだ。

 だから山内家の家職だと思っていたのだが、違った。


 当初は上杉家以外の者が関東管領に任じられていたらしい。

 堀越公方も独自で関東管領を任じていたという。

 それどころか、足利晴氏は北条氏綱を関東管領にしていたともいう。


 だからと言って、俺を関東管領にするのはどうかと思う。

 しかも、古河公方や堀越公方が任じた関東管領ではない。

 京の将軍が任じて帝が綸旨を下しての関東管領就任だ、やり過ぎにも程がある!


 まあ、かかった費用を全部俺に請求するのが信長らしくて安心した。

 京の将軍と帝を利用しての関東管領就任は、とても御利益があった。

 上杉憲政に不満を感じていた者達が雪崩を打つように集まった。


 相模と武蔵では、ほぼ全ての国人地侍が寄り子となった。

 信長が命じた検地をするのは難しいと思ったが、できてしまった。

 信長の言う通りにしたらできてしまった。

 

 将軍と帝に奏上する事で、国人地侍の領地だと保証するのに必要という言葉と、指出検地にする事で何とか検地ができた。


 自主申告なので、かなり少ない貫高を言っているだろう。

 信長の事だ、弱小国人の何人かに領地替えを強行して、嘘をつくと領地を減らされる事を思い知らせるのだろう、と奥村次右衛門が言っていた。


「武蔵介、殿は何故あいつらを国司にしたのだ?」


 俺が武蔵守になったので、軍師の奥村次右衛門を武蔵介にした。

 最初はもの凄く遠慮していたが、信長に頼んで朝廷に任じてもらった。

 奥村次右衛門はそれだけの働きをしてくれた、当然の事だ。


「上様は前田家の事情など知らないのでしょう。

 探りを入れてみましたが、大隠居様が望まれたそうです」


「義祖父殿がか?!」


「はい、兄弟仲の悪さを何とかしたいと思われたのかもしれません」


「義父殿達と犬千代達の仲の悪さはどうしようもないぞ。

 まだ元服もしていない、何の武功の立てていない餓鬼に、国司の位を与える。

 義父殿達は勿論、家臣達が反感を持つ事も分からなくなったのか?

 義祖父殿は信秀のように惚けたのか?!」


「恐らくですが、子を思うあまり周りが見えなくなっているのでしょう。

 ただ、隠居様達と家臣の反感を考えなければ、悪い事ばかりではありません。

 家中の者が犬千代様達に味方する事はありません。

 それに、殿の庇護下にある子供が国司に任じられたのです。

 信濃や甲斐などが殿の領地だと認めた事になります」


「あの三人だけでなく、義祖父殿や義父殿達も俺の家臣と考えて良いのか?

 だとすると、信長が武蔵、信濃、相模、駿河、遠江、伊豆、三河、甲斐の八カ国を俺の領地を認めた事になるのか?」


「大隠居様が上様を出し抜かれたと思いたいですが、それは無理でしょう。

 あの上様が簡単に出し抜かれるとは思えません。

 何か裏があるか、覚悟を決められたのか、どちらかだと思われます」


「俺も殿が義祖父殿に出し抜かれるとは思えない。

 武蔵介の言うように、殿が覚悟を決められたのだろう。

 代償に何を求めてくると思う?」


「熊野本宮大社の誓詞に裏切らないという血判を求められるのは当然として、ある程度の領地と銭を求められると思います。

 上様が軍資金で苦労されているのは明白ですから」


「主従の関係から盟友の関係に変わるのか……望むところだが……」


「青鬼を家臣に寄こせと言われるのを恐れておられるのですか?」


「ああ、領地や銭なら幾らでも渡すが、股肱の臣は渡せない!

 青鬼を始めとした荒子譜代衆はもちろん、古参の甲賀衆は絶対に渡せん!

 渡すくらいなら、家臣のままでいる」


「殿らしいと思いますが、難しいと思われます。

 守護と守護代、守護代と小守護の力が逆転すると下剋上に繋がります。

 今の殿は、遠江、駿河、伊豆、甲斐、相模、武蔵の五カ国を完全に支配下に置かれ、三河、上総、下総にまで絶大な影響力を持っておられます。

 更に美濃の四郡を青鬼を通じて支配されておられます。

 尾張一国と美濃の大半、三河半国しか支配されていない上様とは完全に逆転してしまっています」


「美濃の四郡を殿に渡すだけでは駄目だよな?」


「殿が大浜に強い思い入れを持っておられるのは分かります。

 ですが、その大浜を含めた三河半国を手放す事で、上様と対等の関係になれるのですから、ここは決断されるべきです」


「おい、おい、おい、全部想像の話だろう?」


「はい、想像の話ですが、有り得る話なので、真剣に考えておくべきです」


 検地の貫高では、俺が支配下に置いている遠江12万貫、駿河7万貫、伊豆3万貫、相模9万貫、武蔵30万貫、三河半国7万貫、美濃四郡5万貫だ。

 合計73万貫、前世の前田利家が得ていた100万石を遥かに超えている。


 それに比べて信長が得ている領地は60万貫に過ぎない。

 これで俺を警戒するなと訴えても無駄なのは分かる。

 美濃四郡5万貫を渡す程度では、絶対に信じてもらえないだろう。


 百合と子供達を取り返して、同じ城で暮らせるようになるのなら、大浜一帯を手放しても良いと思う気持ちもある。


 だが、純粋に軍資金の確保を考えれば、大浜一帯を手放す事はできない。

 大浜を手放せるなら、三河一国を手放せるだろうと言うに決まっている。

 大浜と渥美半島を手放してしまったら、たちまち軍資金に困る事になる。


 何か良い方法は無いか?

 三河は夜ヶ浦と油ヶ淵と矢作川を境に半国に分けるとして、他でどう補う?

 有るはずだ、必ず良い方法があるはずだ!

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