第29話:下剋上と受領名

天文17年8月13日:尾張那古野城:前田慶次16歳視点


「前田慶次利益、その方の働きは古今東西誰にも比肩しない物だ。

 その武功を賞して、これまで落とした城の半分を与える。

 更に特別に左衛門尉の受領名を与える」


「はっ、有難き幸せでございます」


 吉良家や今川家の半分以下の褒美だが、しかたがない、有難くもらう。

 信長は俺にこの褒美を与えるために、父親を捕らえて那古野城に幽閉した。

 父親の織田信秀が居城としていた末森城は、平手政秀を城代にした。


 父親を幽閉してまで、真っ当な恩賞を与えてくれたのだ、文句は言えない。

 俺を寝返らせるために、てんこ盛りにした敵の恩賞と比べる事はできない。


 それに、吉良家や今川家の家臣に成ったら百合を人質に差し出さないといけない。

 信長の那古野城に置くのも苛立たしいのに、遠く駿河にまで行かせられるか!


 本心を言えば那古野城でも嫌だが、前田家は織田家の陪臣だったから、まだ我慢できるし、百合も楽しく暮らしている。

 だが、全く知らない奴の人質に差し出すなんて考えたら、気が狂いそうになる!


「どの城にするか決めたか?」


「どの城を選ぶのかは今しばらくお待ちください。

 落とした城の2つに1つをもらえるなら、直ぐには決められません。

 預かっている城の守りは、此方で出しますから」


「分かった、守備兵を用意してくれるなら時間がかかっても構わない。

 むしろこちらが助かるが、黒鬼は大丈夫なのか?」


「降伏した連中を家臣にしたから、少し余裕があります。

 武名があがったので、兵の集まりが良くなっています。

 青鬼がいるので、松平や今川が攻めてきたとしても1人で防いでくれます。

 矢作川を水濠の代わりに使えますから、城の兵が少しでも何とかなります」


「おお、そう言えば、甲冑や戦装束を青と黒で染め上げるのだったな?」


「はい、俺に匹敵する鬼が家臣に加わったので、その者に預ける配下は、青一色で統一しようと思います」


「甲冑も兜も全て色を付けるのか?

 とんでもない銭が必要になるが、大丈夫か?

 北条家には旗指物だけ色を付けた五色備えがあるが、黒鬼もそれくらいにしておいたらどうだ」


「北条家にも色で分けた備えがあるのですか?」


「ああ、あるぞ、だが具足や兜まで統一した色にはしていないぞ。

 誰の備えか区別するために、旗指物だけ五色に染め分けている」


「何色に分けているのです?」


「黄、赤、青、白、黒の五色だ」


「旗指物だけでなく、具足も兜も色を統一したら、目立ちますよね?」


「……目立つな……黒と青は黒鬼が先に言ったからしかたがない、くれてやる。

 だが、赤と黄と白は余が使う、使うなよ!」


「いや、駄目だ、三郎様といえどもここは譲れん!

 鬼といえば、青と赤と黒、それに緑と黄色だろう!」


「ふん、鬼を名乗れるほど強い家臣が他にもいるのか?

 いるのなら言ってみろ!」


「今はいない、今はいないが、必ず召し抱えて見せる」


「無理だな、そんな強い奴がいたら余が召し抱える。

 だから、赤と黄と緑は諦めろ、余が選び抜いた母衣衆に使う」


「赤と黄と緑の母衣か、かっこいいではないか、俺にも使わせろ!」


「黒鬼には黒と青を許してやっているではないか、赤と黄と緑は余の物だ!」


「だったら相撲で勝負だ、俺と青鬼に勝てるような者がいるなら、そいつが黄と緑を使えばいい。

 だが、俺や青鬼に勝てないようなら、色付けした母衣を使う資格はない!」


「若、何を子供のような事を言っているのですか。

 備えを同じ色に染め上げるのに、どれだけの費えが必要か分かっておられますか?

 色を分けするにしても、北条のように旗指物だけにするか、母衣だけにされよ。

 その費えの分だけ、武者や足軽を召し抱えられよ。

 黒鬼が同じ色で具足や兜を統一したいというのなら、それを褒美にされませ。

 それで良いな、統一した色の備えを許されるなど、普通では考えられない名誉だ。

 よほどの武功をあげなければ許されないが、分かっているのか?

 領地などの恩賞がもらえないのだぞ、分かっているのか?」


 俺よ信長の話を黙って聞いていた、平手政秀が厳しく言う。

 信長の事を心から思う平手政秀の想いは踏み躙れない。


「……分かった、だがそれは、本当に色をもらう時だ。

 鬼を名乗らせるほどの家臣もいないのに、色をくれとは言わない。

 だから、これまで手に入れた城は、約束通り半分もらう。

 これから手に入れる城も、約束通り2つに1つもらう」


「若、黒鬼もこう申しております、宜しいですね?」


「爺は何も分かっていない、かぶいてこそ敵を圧倒できるのだ!」


「若、何のために大殿を幽閉されたのですか?!」


「くっ、分かった、分かった、分かった。

 具足や兜まで同じ色に統一した備えは、黒鬼の褒美にくれてやる。

 黒鬼、色を統一すると言うなら中途半端は許さん!

 旗指物はもちろん、母衣も具足も兜も、敵の肝を盗むほど鮮やかに揃えよ!」


「言われなくてもやってやるよ、最初からそのつもりだ!

 俺の黒備えと青鬼の青備えが現れただけで、敵が逃げ出すくらい鮮やかな色に統一してやるよ!」


「言ったな、後で謝っても許さんぞ、良いのか?!」


「誰が謝るか!

 三郎様こそ俺の武功に相応しい恩賞を用意できるのか?

 いや、その前に、五郎左衛門殿が言うように、兵を集めなければならないのだぞ?

 今預かっている城から兵をだしたら、三郎様の兵を入れなければいけないのだぞ?

 大殿を幽閉した事で、三郎様を討つ大義名分を得たと喜んでいる奴らがいるぞ」


「ふん、林新五郎らの事を言っているのか?

 あの程度の連中、束になってかかって来ても、返り討ちにしてやる。

 黒鬼が明け渡す城は、信頼できる者に預けるから心配はいらぬ。

 何時でも好きな時に明け渡すが良い」


「言ったな、明日から狙っていた城を落とすが、良いんだな?」


「構わん、望むところよ、やれるものならやってみろ!」

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