第24話:閑話・命からがら

天文17年3月20日:三河岡崎城:織田信広21歳視点


 父上は私の諫言を聞き入れてくださらなかった。

 聞き入れてくださらないばかりか、激しい叱責を受けた。

 父上の側近達は、聞こえよがしに『これだから庶子は』と言う。


 もう織田家は終わりだと心から思った。

 衰える父上を見て、下剋上の絶好の機会と思っている者達が多いのだ!


 だからこそ、正室腹の三郎を評判を落とすだけでなく、妾腹ではあるが最年長の私も貶めるのだ。


 小豆坂の合戦で先鋒を命じられたのも、私が今川勢に討ち取られるのを狙ったのかもしれない。


 このまま座して死を待つか、いっそ織田弾正忠家の家督を狙うか?

 惚けた父親に殺されるくらいなら、一か八か人生を賭けて兵を挙げるか?


 だがそうなると、三郎と戦う事になる。

 佞臣に簡単に操られる勘十郎など怖くない。

 多くの佞臣が味方するだろうが、私にも忠誠を尽くしてくれる者がいる。


 だが、逸早く決断して林新五郎を切り捨ては三郎は恐ろしい相手だ。

 何より、あの黒鬼を配下に加えている。


 本物の鬼と変わらない黒鬼を配下に加えられたら、誰も怖くない!

 現にあの今川勢を野戦で簡単に討ち破っている。

 どうやったら黒鬼を配下に加えられるだろう?


 などと考えているうちに、岡崎城にたどり着いた。

 黒鬼に次いで小豆坂の大勝利に貢献した松平次郎三郎。

 本来なら岡崎一帯の領有を認め厚く遇しなければいけない。

 

 それを、惚けた父上を操る佞臣共が!

 今川義元を裏切り、もう父上に従うしかない松平次郎三郎に、厳しい条件を出すべきだと言いやがったのだ!


 本丸二ノ丸は父上の側近が城代として入り、松平次郎三郎殿を三ノ丸に追いやる!

 領地も三分の二を召し上げて城代たちに与える。

 そんな恥知らずな条件を突きつけると言う。


 松平次郎三郎殿が受け入れなかったら、城攻めして根切りにする。

 こんな条件を天下に知られてしまったら、もう織田家に味方する者がいなくなる。

 今織田家に味方している国境の国人地侍も、他家を頼るようになってしまう!


「岡崎三郎殿、今直ぐ城を空け渡されよ!

 今直ぐ城を空け渡すのなら命だけは助けて差し上げる!

 尾張で御預かりしている竹千代殿も返して差し上げよう!

 だが、ぐずぐずと時を稼ぐのなら、城を攻めて根切りにいたしますぞ!」


 軍議で言っていた事と違う!

 私には嘘を聞かせたのか、それとも、あの後で父上を誑かしたのか?!


 どちらしにても、これで織田弾正忠家の不義理が天下に知られてしまった。

 今川家と三河を分け取る約定を破った事以上の不義理だ。

 合戦前に交わしていた約定を勝利後に反故にすると、誰にも信用されなくなる!


「何を戯けた事を言っている!

 幼くても竹千代は武家の嫡男、人質が見殺しにされる事くらい分かっている!

 今川家に味方すると決めた以上、この首を失う事になっても、最後まで味方する!

 四の五の言わずに掛かって来い!

 この城を落とせるものなら落としてみよ!」


 松平次郎三郎殿の言っている事がおかしい。

 今の言い方だと、今川勢を背後から襲っていない事になる。

 何がどうなっているのだ?!


 あの時、今川勢の背後を襲ったのは、松平次郎三郎殿ではなかった!

 黒鬼か、黒鬼が罠を仕掛けたのか?!

 単に強いだけでなく、謀略まで仕掛けられるのか?!


「おのれ、言わしておけば、かかれ、攻めかかって滅ぼしてしまえ!」


 欲にまみれた連中が先を争って岡崎城に攻めかかる。

 1番手柄を挙げた者が、岡崎城を手に入れられるのだろう。

 惚けた父上の側にいれば、好き勝手に操れるのだな。


「何をしている、命を惜しむな、攻めて攻めて攻めまくれ!」


 あんな連中に使われる兵はかわいそうだ。

 軍略もなく我攻めさせるだけだから、兵の多くが無駄死にしていく。

 

 そんな悪評がたっているから、戦慣れした足軽が集まらない。

 常に合戦の先頭に立ち、足軽を死なせないと評判の黒鬼の所に集まる。


 足軽が集まらないから、領民を追い立ててむりやり戦わせる。

 領民が無駄に死傷するから、年貢の量が年々減っている。

 愚か者は、戦えば戦うほど力を失っている。


 二刻三刻と城攻めを続けるが、曲輪の1つも落とせない体たらくだ。

 意地でも自分達の手柄にしたいのか、城攻めに加われと言う使者が来ない。

 加われと言われても、こんな恥知らずな戦に加わる気はない!


 夕暮れ近くになっても曲輪1つ落とせていない。

 このままでは多くの将兵を死傷させた状態で城を囲み続けなければならない。


「大殿からの命を伝えさせていただきます。

 朝から城攻めに励んだ者達に成り代わり、ずっと傍観していた三郎五郎が夜間の逆襲に備えるようにとの事でございます」


「よくそのような恥知らずな事が言えるな!」


「某に文句を言われても困ります!

 大殿と側近の方々が命じられた事を伝えているだけでございます!

 気に食わないと申されるなら、三郎五郎様が弾正忠家を正されよ!」


 旗本たちに見放されているのか!


「分かった、その方の言い分は受け取った」


 怒りと諦めの気持ちを飲み込んで、陣替えを始めた。

 松平次郎三郎殿に付け込まれないように、逆襲に備えながら陣を動かす。

 我が手勢が大手門前に布陣して、城攻めをしていた連中が下がる。


「「「「「うぉおおおおお!」」」」」


 背後から鬨の声が上がった?!

 馬首を返してみると、左三つ巴の旗が見える。

 小豆坂で横槍を入れて来た岡部家の家紋だ!


「「「「「うぉおおおおお!」」」」」


 城の兵が討って出て来た!

 腐れ外道の側近共の旗が乱れに乱れる。

 あ、逃げやがった、父上を置いて逃げるのか?!

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