第28話 ブラッドリー先生の過去

 一人の少年がレストランの裏で、ゴミ箱をあさっている。

 見つけたのは水を含んでブヨブヨになったパンと、Tボーンステーキの骨だ。


 少年はそれをためらうことなく口に入れた。

 不快な咀嚼音が響き、表通りの通行人は目を逸らした。


 あの少年の正体はわかっている。

 ヘイズ=ブラッドリー、いま俺が身体に住んでいる人間だ。


 これはヘイズが過去に体験した記憶ってことなんだろう。

 そういえば、幼少期に両親から捨てられたって設定があったな。


 きっと、いま見ている光景は夢かなにかだ。


「もう大丈夫だよ。これからは私の家で一緒に暮らそう。お友達もいっぱいいるよ」


 髭をたくわえた老紳士が、ヘイズに手を差し伸べている。

 ヘイズはその手を躊躇いなく握った。


 見るからに怪しそうなやつだけど、子供にそんな判断力はないか。


 コートの内ポケットから、クッキーの甘い匂いがしたのが最終的な理由なんだろうけど。


 その老紳士は孤児院を経営していて、施設にはたくさんの子供がいた。

 ベットはないから、床に毛布を敷いてみんな眠っていた。


 出る食事は硬いパンと野菜クズのスープばかり。

 でもヘイズは三食食べられるだけで満足みたいだ。


 それから三ヶ月ほど経つと、黒スーツの男たちが子供たちを引き取りに来た。


「これで全員か?」

「ああ、一定以上の魔力があるのはこの子たちだけだ」

「わかった。あとは処分しておけ」


 大人の会話が終わると、子供たちは大型の竜車に詰め込まれ、、夜の空に飛び立った。


 着いた場所はどこかの軍事施設みたいだった。


 軍服を着た兵隊が、男たちの身分証をチェックしている。

 建物の中に入ると、子供たちは一列に並んで冷たい廊下を歩く。


 そして、赤い扉をくぐり、先に進むように命令された。

 ここからが地獄の始まりだったな。


 扉の向こうには無数の触手が蔓延り、その中心には牙のついた巨大な口が餌を求めていた。


 子供たちは泣き叫んで触手から逃げ惑う。

 でも逃げる場所なんてなくて、一人、また一人と口に放り投げられていった。


 いまの俺の知識で考えると、あれは召喚に失敗した悪魔だな。


 戦争の兵器として呼び出したけど、制御もできず送り返すのにも失敗したんだろう。


 それでも戦闘力だけは異常に高いから、餌を与えて触手の活用方法を研究するルートに切り替えたんだと思う。


 まあそんなこと、食べられたやつらには関係ないんだけど。


「助けて! だれか助けて!」


 最後まで残ったヘイズが叫ぶ。

 触手はもう目の前に迫っていた。


 死を覚悟した思った次の瞬間、


「サラマンダー・ショック【火蜥蜴の紅炎】」


 爆炎が吹き荒れて、触手が弾け飛んだ。

 本体の大口は耳が裂けそうなほど、部屋に響く悲鳴を上げた。


「なぜ人間の子供がこんなところにいる」

「知るか。あの化け物のエサだろ」

「ねぇ、この子どうするの? 殺す?」

「いや、教団に連れていく。人間の手駒はいくらあって足りん」


 ヘイズは四人組の魔族に助けられ、魔王教団本部に連れていかれることになった。


 この時は感謝してたけど、よく考えたらコイツらテロリストだな。


 しかも、軍でも手に負えない悪魔を瞬殺してたから、かなり魔法に熟達した魔族だ。


 結果的に助かったからいいけども。


「いまからお前は魔王教団の兵士として教育を受ける。断るなら殺す。泣き言を言っても殺す。訓練に耐えられなくても殺す。いいな?」

「わかった」


 この日からヘイズは兵士として、スパルタ地獄を味わうことになる。


 魔王教団が人間の孤児を引き取って、教育するのはよくあることらしい。


 とくに周囲から見放された子供は、人間そのものに対する憎悪を抱いている。


 そういうやつらこそ、魔王教団に従順な手駒となるわけだ。


「はぁ……ハァハァハァ……」


 子供のヘイズは汗を流しながら、何度も杖を振っている。


 魔族に認められるために、必死になっているのがよくわかる。


 悲しいのはここまで努力しても、魔法の腕が上がらなかったってことなんだよな。


 教え方もセレスとは比べ物にならないし、ただがむしゃらに魔法を使うだけじゃダメみたいだ。


「訓練は終わりだ。今日からは教団一員として動いてもらう。すべては魔王様復活のために!」

「すべては魔王様復活のために!」


 十八歳になったヘイズは魔王教団の兵士として、あちこちの街で破壊活動を行う。


 当然、魔法使いとの戦闘にもなるんだけど、ここでヘイズはまったく役に立たなかった。


 呪詛魔法みたいに得意な呪文も知らないし、魔力量も低いからこれは仕方ないと思う。


 そうして、あちこちの戦場をたらい回しにされたヘイズが最後にたどり着いたのが、アストラル魔法学園の教師として学園に潜入する任務だった。


 目的は大魔導士の素質がある生徒を始末すること。

 でも、そんな超天才はずっとでていないから、実質島流しみたいなものだ。


 ユウリ=スティルエートが来るまでは。


「これがヘイズの人生か」


 目が覚めると、自分がベッドにいることに安心する。


 原作でヘイズがたどる末路は知っていても、ちゃんと記憶をたどったのは今回が初めてだった。


 魔王教団の面々にもいいやつはいたけど、最後には切り捨てられるんだよな。


 魂を魔王復活の生贄されるんだから。

 結局、人間はただの駒で、仲間は同族だけってことなんだろうけど。


「わかっていても、気分はよくないな」


 改めて見ても、ヘイズの人生はひどすぎる。

 手を差し伸べたのがもう少し善人なら、もっと別の生き方があったはずだ。


 人間を裏切るの理解できないわけじゃない。

 もちろん、それで十代の生徒を殺そうとしていいわけないんだけど。


「死にたくない。その一心でここまで鍛えてきた」


 無人島での修行も、天使化したユウリを止めたことも、アイビスとの決闘も、すべては自分に都合がいいようにストーリーを進めるためだ。


 影から主人公を助けて、恩を売りたいだけ。


 いまはもう影からじゃなくて、直接指導してるし同じ家で暮らしているけど。

 それに最近は愛着まで湧き始めている。


 ユウリやアイビス、セレス、生徒たちのことが、大切になり始めている。


 これはよくない傾向だ。


 生き死にがかかる状況になった時に、迷いが生じてしまう。


 もし、ユウリと自分の命が天秤にかけられたら、俺はどちらを選ぶんだろうか。

「……俺だな」


 考えるまでもないか。

 いまは計画があるから、ユウリの味方をしているだけだ。


 状況が変わったら、俺だけ逃げることもできる。


 いつか魔王教団の追手に殺されるだろうけど、それまでは生きていられる。


 自分のことしか考えない俺は、やっぱり悪役教師なんだろう。


「先生、おはよう。……どうしたの?」

「おはよう。別にどうもしてないぞ」

「そう? すごく怖い顔してたから」

「怖い夢を見ただけだ。心配ない」

「そっか。じゃあ一緒に朝ご飯食べよう。昨日新しいジャム買ってきたんだよ」」


 ユウリの後ろ姿を追うように、俺はベッドから身体を起こす。

 窓から差し込んでくる朝日が、やけに眩しかった。






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