第5話 冒険者ギルド

 ローグに入ってまず感じたのは、ここは実際に人が暮らしている町なんだという事。これまでは宿屋や銀行、雑貨屋等の実際にプレイヤーが訪れる場所以外はただの風景でしかなかった。町を歩くNPCは何か目的があるわけではなく、決まったルートを歩き続けるし、何度話し掛けても同じ事しか返答しない。


 それが今ではどうだ?


 誰も彼もが明確に目的を持って動いているのがよくわかる。食材を抱えた主婦や走り回る子供たち、人で溢れかえった道は誰しもが忙しそうに先を急いでおり、少しばかり大袈裟な表現だが日本での交差点を思い起こさせる。


 そして少し上に目を向ければ、薄着で窓柵に身体を預けながら気怠げにタバコを蒸す、事後としか思えない雰囲気の女や、せっせと洗濯物を取り込むおばさんが目に映る。全体的に女性が多く目に付くのは男は仕事に出ている時間だからだろうか?


 何にせよ、ここに居る人たちはもはやNPCなどという括りで語れるような存在ではなく、明確に生きている人と考えるべきなんだろうな。


「けど、こうなると自分以外にプレイヤーがいるかどうかを調べるのはかなり苦労しそうな気がする」


 今までなら街中で走ってる時点でプレイヤー確定だったのが、パッと見でわからない以上、方法として思い浮かぶのはギルドで上位の人を調べるとかだろうか?


 ガチ勢なら冒険者ギルドとか魔導ギルドに入って無双してそうだよな。傭兵ってのもあったか。……ただ俺みたいに微妙なキャラに転生してた場合はどうだろう。


 今はここがリアルになったとはいえ、ゲームに何を求めるかは人それぞれ違うし、まったりスローライフを目指す人に無理に絡みに行くのもなんだか申し訳ない。


 やっぱりこちらの存在をアピールしつつ、向こうからアプローチしてくれるのを待つのが最善だろうか。多くのプレイヤーが本拠地にしていたブルの町の広場前やオークション会場で他にプレイヤーの方いませんかーと叫ぶのもいいかもしれない。


「あっ、そうだ。広場!」


 偶然思い浮かんだ広場というワードに思わずハッとした。

 ここローグの中心地の広場はギルドの勧誘と初心者向け露店で賑わう場所だったはずだ。



 気付けば自然と駆け出していた。



 同じ境遇の仲間がいるかもしれない。

 そう思うと身体はどこまでも軽くなり、人込みを掻き分けながらも自然と笑みが零れ落ちる。


 こっちにきてから随分と独り言が増えた気がするけど、もしかすると人恋しかったのかもしれない。アリシアさんのようにこちらの世界の住人であっても会話は出来るけど、やはり同じゲームを愛し、同じゲームに囚われた仲間がいるのならば話したい事がたくさんある。それに魔法の使い方だって教えて貰えるかもしれない。


 そうか、もしかしてアリシアさんが言ってた高位の魔導士様ってのはプレイヤーの可能性があるのでは? いやむしろもうそれしか考えられない。


 まずは、そうだ。暴れ巨大牛にビビりまくった話で笑ってもらおう。そしたらきっと彼?彼女?も同じような失敗談をきっと話してくれて、仲良くなって一緒に攻略をするんだ。火力としては大した力になれないけど、HPだけは多いからタンクがいないのなら肉壁ぐらいは出来るし、素材集めや値引き交渉ではそれなりに活躍出来る。美男美女や山の主なんてメインキャラじゃ絶対に取らない特典だし、レア鉱脈を見つけた際には大活躍だろう。











「…………ふぅ…………ハァハァ」


 息を整え、額の汗を袖で雑に拭い空を見上げる。


「いや、まあ、そんな上手くはいかんよな実際」


 ちょっとテンションが上がりすぎて止まらなくなりそうだった妄想に、冷や水をぶっ掛けてくれたのは記憶の中では露店広場だった場所に建っていた大きな建物だった。


 まだ広場まではそれなりに距離があるのに、ここから見えてる時点でかなり大規模な建物のようだ。確かにローグにはここ2年ほど来てなかったし、新規が入らなくなったんだから変化があってもおかしくはないんだけど。稀にレイアウト変更はあるし、ゲーム時代からある物なのかどうかは判断が付かない。


 急激に落ちたテンション同様にゆっくりと歩き出す。


 広場に露店がなくてもプレイヤーがいないとは限らない。むしろ露店から進化してショッピングモールのような建物になった可能性だって捨てきれない。

 少しでもポジティブな思考をしていないと今にも足が止まってしまいそうだった。


 やがて建物の入り口が見えてきた。広場に着くまでに見掛けた建物は、木造の二階建て或いは三階建ての住居が多くを占めていたが、中央に位置するこの建物は五階建てで豪壮な赤レンガで造られている。老若男女問わず多くの人々が出入りしており、一見して何の建物なのか判断はつかない。





 思い切って中に足を踏み入れると最初に感じたのは強い酒気。


「うわっ、酒くさっ……」


 中に入った最初の感想はそれだった。

 正面奥に5列受付に並ぶ人々が見えており、向かって左手には乱雑に用紙――恐らく依頼書――が張られたボードがある。下の方にびっしり貼られ、上に行くほど数が少なくなるピラミッド型になっているのは難易度で分けられているのだろう。


 そのボードを扇形に囲むように4人掛けのテーブル席が6つ。テーブルに座る人々は冒険者だろう。板金のフルプレートに身を包む戦士やロングボウを背負った狩人、大楯をテーブルに立て掛けている重戦士等々、荒事が得意そうな面子が屯っている。純粋なヒーラーやメイジが見当たらないのは魔導ギルドが別にある影響だろうか。


 おそらくここは冒険者ギルドで間違いないだろう。それよりも気になったのは冒険者たちの装備なんだが、軒並み質が悪いんだよな。勿論一人二人なら+重視だったり、街中ではコーデ優先だったりって人も居るだろうけど、この場にいる全員が初心者装備と言って差し支えないレベルなのはさすがに違和感しかない。これはNPC故なのか、単に初心者が集まる都市だからなのか。


 右手には何かしらの販売や買い取りをしていそうな売店のようなものが見える。大きな肉の塊が吊るされているが、ここで解体もしてるのか。モンスターは倒した瞬間消えるから、食用に育てた家畜の肉なんだろうけど、正直見える範囲で解体されると食欲が失せるので止めてほしい。肉は食べたいけど屠殺場は見たくないって平和ボケしてる現代人感覚なのは自覚あるけどさ。


 後は入り口左右から伸びた緩やかな曲線状の階段を昇った先にあるいくつものテーブル席。昼間だというのに皆一様に手に大きなジョッキを持って大声で騒いでいる。酒臭さはここが原因だな。なんというか、如何にも冒険者ギルドって感じがする。


 商人ギルドか職人ギルドに入ろうと思っている俺には関係のない場所だけど、後学のためにどんな依頼が張り出されているのか見てみる事にした。プレイヤーの方がいたら連絡を! みたいな依頼が無いとも限らないしね。

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