創造主の戯れ。―誰か操作方法を教えてください―

筋トレ依存症

第1話 チュートリアルは?

「……」


「…………」


「…………………………いや……マジかこれ」




 ディスプレイの画面がブラックアウトした。


「おいおい嘘だろ、まだ買ってひと月経ってないんだぞ。あぁーーーやっぱケチらずに日本製にするべきだったか」


「くっそっ! まだギルドWAR用のポーション作り終えてないってのに……いや、それどころかこのままじゃ夜までにIN出来るかすら怪しいだろこれ。久しぶりに5人揃うから城獲り目指そうぜって盛り上がってたのに、今夜逃したらサービス終了までに次のチャンス来ないかもしれないだろーが」


 もうすぐ陽も昇ろうかという時間。当日配送はまだ間に合うだろうか。せっかくの休み、徹夜明けの重い身体で外に出たくはないけど、起きてからなんて甘い考えだと、起きた時にはもう夜なんて展開も考えられる。当日便で買える品がなかったら、この後寝ずに直接電気屋に行って……ああ、ほらそんな事を考えてたら陽が昇ってきちまった。


「眩し……」


 寝落ち上等とばかりに、薄暗い明りの部屋でポーション作りに勤しんでいた目には、陽の光が毒のように染み渡る。とてもじゃないが目を開けてはいられない。

 突然大量の光を浴びたせいか、なんだか酷く頭がぼーっとする。心地よく吹き付ける生温かい風を感じながら…………風?


 強烈な違和感を感じてウトウトしていた頭が一気に覚醒する。


 死んだ後に自分が好きだった世界に転生する。

 なるほど、アニメやラノベじゃよくある話だ。使い古された感すらある。何一つ目新しい事なんかないし、ああ、ハイハイ例のアレね。ぐらいの感想しかないだろう。




――――それが自身の身に起きた事でなければだが。




 ゲーム世界のキャラクターに転生? いや、憑依した?

 あれらはフィクションだから頻繁に起こる事であって、リアルでは誰もが妄想するが、決してそれが自分に起こる事はないと、子供でもなければ皆知っている。


 だからいくらなんでもこんなことは起こりうるはずがない。大体直前まで生産キャラを使ってブルの町でポーションを補充していたはずだ。1000歩譲って憑依したにしたって、こんな草原の中でポツンと佇んでいる意味がわからない。


 これは夢だ。きっと疲れが溜まっていて、PCの前で寝落ちしてしまったんだろう。理性ではそれ以外考えられないと思っているのに、頬に当たる風が運んでくる田舎特有の少しばかり青臭い香り、踏みしめている土草の感触。なによりも目の前に広がった地平線まで草原や森で埋め尽くされた広大な大地は、確かな存在感を感じさせるもので……。


 そして所々に周囲とは明らかに毛色の違う濃緑のエリアがラインで引かれたように存在している。この特徴的な大地は、プレイした事がある人なら誰でもわかるがオンラインMMO『free life』のフィールドマップそのものだ。そう、俺がギルドWARの為に必死にポーションを用意していたゲームの世界だ。未だ現実感はまるでないのに、見る物触れる物は否応なしに、これはリアルだと強烈に訴えかけてくる。


「…………………………いや……マジかこれ」










 固まったままどれだけの時間が過ぎただろうか。それでも目の前の現実は何一つ変わる事はない。まるで本当にフィクションの世界のような出来事だが、兎にも角にも俺は現状を受け入れることにした。


 実際は頭がイカれてしまっただけで、ここで俺が幸せな妄想に浸る一方、現実ではこの後精神病棟なんかで世話をされるなんてケースも考えられるが……やばい、半端なく気が滅入る。これは精神衛生上よろしくない。もう考えない事にしよう。


 もしも生まれ変われるのならば異世界に転生したい。アニメや漫画、ラノベに触れていた人であれば殆どの人が持った事のある願いだろう。かくいう俺も例に洩れずそんな思いは確かにあった。ゲームの世界を異世界と言っていいのかは正直わからないが、そんなカテゴライズはこの際どうでもいい。


 とりあえず、まずは現状把握からだな。


「ステータス、ステータスオープン。……ステータス開示。キャラクター画面! インベントリ、プロフィール!」


 …………出ない。


 ボタン一つでキャラ画面を呼び出せていたゲーム時代と違って、ショートカットも見当たらなければマップすら表示されていない。自分の身体を見たところ装備は……おっ見える。見えるというか診える? まるで頭に直接情報が流れてくるような感覚だ。


《皮の鎧+、防御35、採集速度上昇30%》

《邪龍の篭手+、防御120、採掘速度上昇20%》

《真ダマスカス鋼靴+、防御95、移動速度上昇30%》


 ……なるほど。後は頭の装備を外してっと。

《霞のサークレット+、防御65、毒麻痺無効》

 アクセは付けて無さそうか。


 うーん、この+効果重視で統一感がまるでない上に、防御性能なんてどうでも良さそうなアンバランスな装備。典型的な生産キャラ用の装備だな。採集目的の装備みたいだが、俺の持っている採集用キャラでいうと『ゴゴウ』だ。最近は放置気味だった事もあってゴゴウの装備かどうかはいまいち確信が持てない。


 というか腰に鞘は付いてるものの、肝心の武器がない。武器はどこだと周りを探ると、自身の真後ろに抜身の剣とリュックが置いてあった。


《天叢雲剣++攻撃力777、追加効果落雷、採集速度上昇30%》

《ふわふわりゅっく》


 ああ、この残念剣ははっきりと覚えてる。ようやく確信が持てた。間違いなくゴゴウの装備だ。


 フィールドボスのドロップで、最強武器の赤ドロップ(追加効果が2つある所謂大当たり)を引いたと狂喜乱舞していたら、肝心の効果が天叢雲剣に固定で付く雷魔法の中で最弱の落雷――中が雷撃で強が怒雷――と採集速度で、ギルメンから「天叢雲剣の赤使って採集するんかwwwwwwwwwww」って大笑いされたっけ……。


 攻撃力上昇や速度、クリティカル付きの攻撃力600クラスの武器にすら劣る、もはやネタ武器だ。残念剣を手に取り、剣に写り込んだ自分の姿を確認してみた。やはり、予想通りゴゴウが見える。


「ほんとにゴゴウじゃん……まじかぁ……」


 まるで宝くじで3億円当たった次の日にハイパーインフレでお金の価値が10分の1になったような気分だ。間違いなく嬉しいし充分価値はあるものの、理想には程遠いと言うか……。


 サービス開始から9年、過疎期を迎えアップデートも殆ど無くなり、終焉が近いと嫌でも感じさせるゲームに、それでも毎日10時間以上ログインしていたのは3つの大きな目標があったからだった。


 最難関ダンジョンのソロ踏破、フィールドボスの赤ドロップ(ネタ武器で達成済みだが認めたくない)、ギルドWARで城の獲得。折角大好きなゲームの世界に来れたのだから是非ともやり込みの続きに挑戦しよう。……が、残念ながら今後もそれらを達成するのはかなり厳しそうだ。


「さすがに素材集め兼買い物用のキャラじゃなぁ……いや、フィールドボスドロップだけは1発叩いて後は安全圏で見てるだけでいいし狙えるか。ドロップ確率200分の1の最強クラス武器防具の0.5%の赤を引いた上、外れ効果じゃなければだけど……ハハッ」


 ちなみに現在実装されている最新のフィールドボス――1年前から更新されていないが――は火力特化が最低50人はいないと時間内に倒しきれない。

 つまり集団戦で大活躍の1stキャラ(ピュアメイジ)でもなければ、最難関Dのソロ踏破の為に最近メインで使っている2ndキャラ(殴りヒーラー)でもない5thキャラの今の俺(採集)は完全に戦力外でドロップ乞食する以外にやれる事はない。


「というかそもそも今のこの世界にギルメン、いやそれどころか俺以外のプレイヤーはいるんだろうか……」


 ソロで出来る事なんて基本限られてるし、その上こいつは魔法も武器も碌にスキルを取ってない。初期特典は買い物時や登録時等、異性が受付の場合に限り割引となる(美男美女)と採集採掘量20%アップ(山の主)の採集メインの買い物用キャラ。名前はそのまま5番目に作られたキャラだから『ゴゴウ』


 せめて初期キャラだったなら、初期特典で戦闘系を取ってないので最強こそ目指せないが、しっかり育てていけばそれなりには強くなる。しかしこいつは頼もしいギルメンのパワーレベリングおかげでカンストしてしまっている。

 PvPどころPvEすらも視野に入れておらず、レベルアップ時のポイントは体力極振り&帰還や転移を数回使えればOKみたいな、採集キャラ故の超絶適当育成だ。モンスやPKに襲われても潤沢なHPが削り切られる前に逃げればいい。要するにこちらからの攻撃なんてものは端から想定していないのだ。


 なによりこのゲームは安全にプレイしたければ簡単だった。

 サービス当初こそ全域でPvP可能だったが、想定よりもPKが多すぎて客離れに繋がった事で運営が慌てて一旦全域でPvP禁止、後にPvP可能な濃緑エリアを設定した経緯がある。マップ上に不自然な色のラインがあるのはこの為だ。

 なかなかに思い切った変更をしたように感じるかもしれないが、ここの運営は基本ヤベー奴で脊髄反射で生きていると評価されている。


 例を挙げると『セニョリータ』という名前のNPCがいた事で「人名にセニョリータは草。運営は中卒かな?」とBBSで煽られたら「でしたらプレイヤーのグーテンモーゲンさんはどうなりますか、大体ゲームにリアリティーを求めるなどナンセンスでは?」

 などと全く無関係のプレイヤーを絡めて秒で煽り返してしまうぐらいにはヤベー奴なのだ。結果グーテンさんは人気者となったのが救いだが。


 そのやり取りが話題になり、プチバズった事に気を良くした運営は初めから狙ってたネタですけど? と言わんばかりにその後「ミスター」「ハロー」なんてNPCを次々と出したが当然スルーされた。


 ただしPKの件も含めGMコールの対応など、その速度だけは脊髄反射運営と言われるだけに他の追随を許さないレベルであり、総合評価は決して低くはない。一時期はくだらない内容でGMを呼ぶ遊びが流行って「お前は今まで呼び出したGMの回数を覚えているのか?」などというフリーライフ内限定の名言も生まれた。かくいう俺も幾度となくGMを呼び出した。


 ともあれPKに襲われたくなければPvP許可の濃緑のフィールドに立ち入らなければいい。当然濃緑フィールドでしか取れない素材もあるから、割高な素材に金を使いたくなければリスクを取る必要はあるんだけど。


 よし、他にプレイヤーがいるかどうかの確認の為、まずは一旦町に戻ろう。


「…………帰還! ……ブルに帰還!」


「………………転移!」








「…………いや、つーか魔法どうやって使うんだよ!?」


 マップも表示されてないし、以前はショートカットキーを押すだけで発動してた魔法の使い方もわからない。おまけにチュートリアルもないときた。ちょっと不親切すぎませんかねこれ……。GMコール案件だぞ。

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